Target:Elisa,Rina and Ren/episode46
「昼飯か……」
昼時12時30分。イヤホンを耳に装着し、テレビの番組を見ながら僕は生徒会室前の廊下へ向かおうとしていた。生徒会室前の廊下には、某有名飲料企業のロゴがバッチリ入った自販機が2台置かれている。しかしながら、右のほうの自販機は、殆ど稼働していない。張り紙が貼られていて、そこには『電気代が掛かるので、大人の事情で使用禁止にします。 教頭』と書かれている。
私立高校ではないものの、やっぱりそういう所は鋭い目を向けているようだ。
「だ、ダーリン!」
と、そんなところへエリザがやってきた。
「ん、なんだ?」
「べ、弁当作ったんだ。良ければその……食べてくれないかな?」
「お、おう……」
恋から貰った昼飯が有るのは僕も重々承知の上だった。正直、エリザの作る弁当が如何なものか、確かめてみたいという気分があった。恋の作る弁当、いや料理は、95%ハズレがない。高校1年の頃は、卵焼きに塩と砂糖を入れるのを間違え、クソ塩辛い卵焼きを僕は口にしたが、それ以来、特にそれといった、吐き気をもよおすような邪悪な料理や弁当を提供することはない。
ということで、殆どの確率で恋の作る料理はハズレがない。そのため、救済策として、もしもエリザの作った弁当が吐き気をもよおすような不味い飯だった時、恋の弁当を食べて紛らわそう、という作戦だ。
「……だ、ダーリン、あげる」
「お、おう」
階段で受け取る。今日は晴れだ。秋晴れだ。少し寒い気もするが、そりゃあ季節的な意味でだ。正直、晴れた日は屋上で昼飯を食うというのもいい。
去年までは10月31日までの期限付きで屋上に登れた。冬は教室で食っていた。たまに、夏でも暑い日は屋上ではなく、教室で食べていた。夏服でも、暑いときは暑い。30℃を超えれば、当然教室で食べていた。それこそ、恋が「肌が」とか言い出すので、夏期は殆ど教室だった。中学生時代は凄い運動少女だったから、そんなの気にしないような女だったが、女子高生になってから、お洒落に興味を持ち、肌とかにも気を使い始めたらしい。
本人曰く、「中学時代にもっと髪や身体等に気を使っていればよかった」との事らしい。男の僕からすると、一々身体を気にすることはないような気もするが。それこそ恋は力も強いし、巨乳というエロい体型だとしても、レイプされてもすぐに相手をしばいてくれるだろう。
「じゃあこれ、後で感想をメールで送るな」
「私携帯持ってない」
「そうだったな。スマホとかは一切持っていないのか?」
「契約してない。白ロム使ってる」
「電話とかは?」
「白ロムでいいから大丈夫。それに、私はダーリンと一心同体だから、いつまでも待つよ。ダーリンはちゃんと私と一緒に帰ってね」
「昨日は一人で帰ったんだろ?」
「昨日は愁と梨人と一緒に帰ったよ。『お前は唯でさえ爆乳なんだから、俺らが守るわ』とか言ってさ。いやあ、胸が大きいのって、そんなに危険かな?」
「ああ。色んな意味で危険だ。お前は恋より力は強くないしね」
「恋は本当に強いの?」
「ああ。お前は見たことがないかもしれんが、相当な強さだぞ、恋は」
「それでいて料理も得意なんだね。あの美貌で」
「言うほど美貌か?」
「私より胸は小さいかもしれないけどさ、なんていうか、凄い家庭的だし」
「まあね。けど、すぐ態度変えるから、会話しにくいと思うけど」
「それはダーリンがいっつも言ってる『ツンデレ』って事でしょ?」
「ああ。確かに恋はツンデレだ。本当、僕がお前含め、色んな人がいるときは凄いツンツンしてるし、『自分はお前を好きじゃない』オーラ出してる。けど、本当は違うんだよね。外はツンツン、中はデレデレ。それがツンデレだ」
「よく意味がわからないんだけど……」
「ともかく、恋はツンデレだ。これはもう決定事項だ」
「だね。んじゃ、後で感想お願いね、ダーリン」
「ああ。わかったよ」
エリザは階段を降りて教室に戻っていった。渡された弁当を持って、僕は生徒会室へ向かう。本当は自販機でジュースを買おうと思っただけだったのだが、教室へ戻るのも面倒なので、生徒会室で飯を食って、ジュースを飲むことにした。
生徒会室に入ると、丁度会長が定位置に置かれた椅子に座っていた。
「やあ」
「生徒会室には会長だけですか?」
「ああ、ボクだけだよ。……で、凛君が昨日話していないから言うの忘れたけど、もうすぐ生徒会長選挙じゃんか?」
「そうですね」
「で、今年、新たなシステムを導入しようかなあ、って考えているんだけど」
「どんなシステムですか?」
「文化祭でミスコンテストとミスターコンテストやって、そこから上位2名、んで2年生から、前期末で一位取った奴1名って感じで選出しようかと」
「完全にそれ、『生徒会●一存』じゃないですか。……会長はロリータ体型じゃないんですし、それこそミスコンとかミスターコンとか開きますけど、そこで生徒会の役員を決めるっていうのはちょっと賛成出来ないです」
「そうか……。ボクはこれでイケルと思ったんだけどなあ」
「駄目です。この高校の生徒には、ハーレム目指して上を目指す奴が居るかもしれません」
「いや、それはないと思うぞ? 男2名、女2名だから」
「……なるほど。でも、やっぱり毎年やってるように、演説やるべきでしょう」
「だな。……それはいつにしようか?」
「決まってないんですか?」
「ああ。決まっていないぞ。予定では、文化祭の後らしいけど、宇城先生は『ああ、選挙? 選挙なんて、いつでもいいぞ。12月いっぱいだったら、いつでもいい。いつやるかは会長に任せるぞ。どうせ引き継ぎの時も会長がやるんだからな』って言ってた」
「宇城先生、何してんだ、貴方は……」
その時だった。
「呼んだか?」
噂をすれば影が差す。……まさにそのことわざの通りだ。生徒会室のドアを開けて、入ってきたのは宇城先生だった。宇城先生は、口にパンを咥えて、右手でスマホをいじり、左手で頭を掻いていた。なんという若者スタイル。しかしその顔、その身体のせいで、若者には見えない。
「宇城先生、やめてください。先生は若者スタイルしても、似合いませんよ?」
「ちっ」
「そんなことばかりしているから彼氏ができないんですよ」
「貴様、生徒が先生に歯向かっていいと思っているのか?」
「……すいませんでした」
「罰として、貴様の飯を20%食べさしていただこうか」
「……仕方ないですね」
毒見的な意味も含め、食べさせるのには僕も賛成だった。それこそ、食べて倒れてしまうようなら、それだけ危険な弁当だというわけになるし、そうなったら食べなければいいだけの話だ。……けど、それはそれで作ってくれたエリザが可哀想だ。やっぱり、毒があったとしても食べなければいけないか。
「それじゃあ、頂くぞ」
僕はすっと弁当を差し出す。生徒会室の中にあった箸を持ってきて、宇城先生はその箸で食べ始めた。が、食べてすぐにその場に倒れてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
反応がない。ぴくぴくと動いているだけ。そんなに危険な弁当なのか……。でもまあ、20%食べると言っていたし、もっと食べさせよう。
「先生。生徒が尊敬する先生として、ちゃんと20%食べてくださいね?」
「なっ……」
「食べてくださいよ」
「わ、私は確かに20%と言ったが……」
「約束を破るんですか。……それでも、生徒の手本ですか? 宇城先生」
「……わかった。食べる」
宇城先生は、僕の言うことを聞いてくれた。恐らく、宇城先生はマゾヒストなんだと思う。普通ならここで抵抗するはずだ。抵抗しないということは、別にされても問題がない、ということなんだろう。つまりMというわけだ。少々強引かもしれない。でも、それでも僕は構わない。危険そうだからね。
「改めて思うが、貴様は本当に鬼畜な人間だ」
「先生はそういうことばかり言いますよね。他に選ぶ言葉はないんですか?」
「ない。……正直、この弁当は危険すぎる。爆弾飯とでも名付けていい」
「そんなに危険なんですか」
「ああ。非常に危険だ。DANGEROUSなLunchだ」
「……僕も、食べてみます」
「ああ、食ってみろ。私の言葉の意味がわかるはずだ」
「わかりました」
僕は、副会長の席に座る。そして弁当の中の卵焼きに手を付けた。
「頂きます」
箸を持ち、卵焼きを口に運ぶ。……うん。不味くはない。意外とイケる。恋の作る卵焼きよりは美味しいとは言えないが十分なうま……さ?
突然、口の中に激痛が走る。そして、舌が辛い辛いと訴えを出す。
「ああああああ」
「辛いだろ?」
「があああっ! あああああっ!」
「み、水っ!」
会長が自分の飲んでいたペットボトルを僕に渡してくれた。そして、僕はそれを口へ運ぶ。……間接キス、という訳ではないかも知れないが、会長が飲んだ水だ。それを今、僕は口をペットボトルに付けない状態で飲んでいる。
「はあ……はあ……」
辛い。けど、その反面、一気に目が覚めた。顔も凄い真っ赤になっていく。そして、僕は箸をその場に置いて、何度も深呼吸をした。
「大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ……。けど、これは一体なんだ? 唐辛子か? 胡椒か?」
「流石に卵焼きに胡椒はないんじゃ……」
「いや、僕の家には塩胡椒が同じ入れ物に入っているからな。塩辛い上に、超激辛の卵焼きを作ったんだろうな。でもこれ、マジで絶品だよ。色んな意味で」
「……私は食いたくないぞ?」
「会長には食わせませんよ。てか、僕の幼馴染が僕に作ってくれた料理だし、僕が完食してやらないとエリザが可哀想だしな」
「やっぱり凛君はなんでもやり通す人間なんだね。……凄いよ」
「いや、やり通すのはこれと違うと思いますけど……」
「同じじゃないかな?」
同じなら同じでいいのだが、それはともかく。まだまだ弁当は大量に残っている。いつの間にか宇城先生は消えてしまっていった。20%食べるのが無理だと判断したようだ。……これから僕がそれを食べていくのだ。先生は20%も食べていない。精々12%~15%くらいだ。それくらいしか食べていない。
「……むぐっ」
不味い。卵焼きに続き、形は美味そうに見えるベーコンも、とてつもなく不味かった。美味しそうな豚肉の生姜焼きは、タレが超多く付けられていて、めちゃくちゃ辛い。おそらく、漬け込み過ぎたのだろう。でもこれはまだ許せる方だ。さっきのあの卵焼きは本当にひどかった。塩辛い上に辛いという、非常に残念な味を持った卵焼きだったからな。
「ご飯はどうだろうか……」
今度はご飯に手を付ける。これは全然イケる。無理に炒飯などを作ろうとはせず、普通のご飯にしてくれているだけ、不幸中の幸いとでも言おうか。もしも普通のご飯ではなく、それこそ炒飯なんかを作られたら、絶対に食える自信はなかった。何故なら、生姜焼きを食べたからわかったのだ。あいつは、量の配分を間違っているのだということを。
料理が下手な人間は、何故か、凄い発想の料理を作ろうとする。けれど、その創作料理の全てが度肝を抜く味なのだ。2つの意味を込めて。
「さあ次は……きゅうりのピリ辛漬けか」
もうすぐ冬だというのにきゅうりか。……別に悪くないけどね。正直、ピリ辛漬けもなんか危険な匂いが漂ってくるように見えるのは僕だけか?
「むぐっ」
食べる。……やはり辛い。辛すぎる。こんなのピリ辛じゃない。普通に激辛だ。料理名を『きゅうりの激辛漬け』に変えてもいいくらいだ。本当に辛い。辛い……。口から炎が出てきそうなくらいだ。
「水を……」
「凛君……可哀想に」
「その目はなんだ! ……か、辛いいいっ!」
水を求める。貰うとすぐに飲む。100mlはもう飲んだと思われるが、まだまだ料理は残っている。……エリザ、お前は危険人物だ。お前にもう料理は作らせない。こんな危険な料理ばかり提供されたら、僕は大変な症状を引き起こしそうだ。
そう心のなかに決めた後、僕は更に食べ進めていく。
「次は……鶏肉の唐揚げか」
もう無心で頬張る。おお、これは不味くない。いや、この味なんかどっかで……。まさか、これは冷凍食品!? いや、家にはちゃんと冷凍食品の唐揚げが置いてある。僕も唐揚げは好きだ。殆どの弁当で唐揚げを入れている。
「冷食なら旨いのは当然か」
上の段のおかず類を平らげ、下の段のご飯も食べ進める。……が、下の段にはご飯以外にも料理が入っていた。それは……。
「クリーム?」
そう、生クリームだ。ケーキなどで使用されるアレが、何故弁当の中に?
「まあいい。後で聞けば良い話だ」
そう言って食べ進めていった。
***
ヒントはご飯の下にあった。小さなビニール袋に包装された厚紙には、『味見して、全体的に辛かったからクリーム付けときます』と書かれていたのだ。
「……おい」
その発想はなかった、と僕もその文字をもう一度じっとみた。そして、ご飯を全て食べ、クリームをすべて食べたあと、会長から水を全て飲ましてもらって、僕の昼飯は一応終了ということにした。
「美味しかった?」
「不味いです、正直」
「ボクが今度作ってあげようか?」
「会長、料理上手そうなんで考えておきます」
「おお、オムライスでボクの魅力を分かってくれたのか!」
「そういうわけではないですけど」
「そっか。でもまあ、この前は美味しかったろ?」
「はい」
「んじゃ、また今度作りに行くわ」
「修羅場になりそうなんでやめて下さい」
「『僕の幼馴染と生徒会長(年下)が修羅場すぎる』ってか」
「やめてください。タイトルをパロディにするのやめてください」
「えー。面白く無いじゃん」
「会長はもっと仕事して下さい」
「仕事してるよ?」
「魔族討伐ですね、分かります」
「おお」
そんなこんなで昼休みは終わった。意外と早いものだ。会話していると、ついつい時間の流れというのを忘れる。やはり人は何かに没頭すると、何かを忘れる生き物なんだな、と改めて感じさせてくれる。
***
夕方。生徒会はないそうだ。昨日、色々と決めたらしい。文化祭の出し物とかを。僕も参加したかったなあ、と思っているが、終わったことに口出ししても何も変わらない。
そんな夕方、僕は職員室で生徒会室の鍵を貰い、生徒会室へ直行した。恋の作ってくれた弁当を食べていないからだ。僕は部活をしているわけでもないし、そこまで腹が減っているわけでもなかった。それでも、この夕暮れ時に、昼飯を食べておこうと思ったのだ。それは、作ってくれた恋へのお返しも含めて。
作った料理が、ほとんど残されたままで帰ってきたら、絶対に悲しむ。それは僕もわかっていたんだ。12年来の仲だから。高2の時、恋が作ってくれた昼飯を僕は食べなかった。その日の深夜、恋は泣いていた。かろうじて見えたカーテンの向こうに、パジャマ姿で泣いていた恋を見た時、「本当に悪いことをした」と思った。それ以来、僕は人が作った弁当を残したりはしない。捨てたりはしない。そう誓った。例えそれが不味い弁当でも。
「ここに、居たんだ……」
「れ、恋……!?」
生徒会室へ入ってくる恋の姿。夕陽に照らされる彼女の姿は、本当に美しかった。箸を置き、僕は恋の方を見て、弁当の感想を言い始めた。
「この弁当、うまい」
「有り難う。作りがいが有るよ」
「……泣かないでくれ」
「え?」
「高2の時、僕が残したから泣いたじゃんか、お前」
「まだそんな時のこと覚えてんのかよ」
「悪いか」
「まあ、感動シーンだからな。……で? なんで今食べているんだ?」
「お前こそ、なんで生徒会室なんかに……」
「お前の場所を先生に聞いた。そしたら、『生徒会室の鍵持ってった』って言ってた。あの先生は確か宇城先生だった気がするけど」
「バレるなそりゃ」
宇城先生は、生徒会の顧問である上に、学校の敷地内全ての鍵を管理する役である。だから、宇城先生の机には、予備用の鍵があるらしい。本当かどうかは僕も知らない。一応、予備をなくすと大変だからな。バラさないんだろう。
「で? 私の質問に答えてよ?」
「……エリザの飯、食ったんだよね」
「昼に?」
「ああ」
「美味しかった?」
「味は絶句するほどの味だった」
「じゃあ、相当美味しいってことか」
「逆だ」
「え?」
「不味かった」
「マジかよ……。でもやっぱエリザは向いてないね、そういう家事系の事」
「だな」
「じゃあ、なんで私の弁当を今?」
「また泣かれると困るしね。……言い方が悪いかもしれないけど、口直し的な意味も含んでる。お前の作る弁当には、99%ハズレがないって知ってるし」
「1%はなんだよ?」
「塩辛い卵焼き事件、昔あっただろ?」
「……ああ。懐かしいね、それ」
「本当だな」
会話が止まった。終始無言で貫かれる。何を話すこともなく、ただ外の風の音が聞こえるだけだ。その風の音から察するに、外は相当寒いようだ。
「ね、帰ろうか?」
「だな」
会話が止まったので、直ぐに帰ることになった。
なぜエリザが居ないのかちょっと不安になってきたが、先にどっかにいったんだろう。もしかしたら、恋が話をしているのかもしれない。色んなことが有る。あまり口を出さないでおこう。
そう思いながら、夕陽が差す階段を玄関の有る1階まで、降りていく僕と恋だった。




