Target:Iblis -2nd Satan Chapter./episode44
午前5時すぎ。寒い朝。まだ夜は明けていない。そんな寒い朝だった。学校のグラウンドには、魔王様が降臨していた。それはサタンではなく、違う魔王のようだった。その魔王は独特の光を放ち、辺り一面を照らしていた。
魔力結界を張っているため、少し校庭まで入るのには手間取ったのだが、そこまで時間を取られたりするわけではなく、決してスムーズではない、とは言えなかった。
「会長、遅れてすみません」
「連れてきたか」
「はい。……で、今何処までしたんですか?」
「私が声をかけたのだが、どうしても駄目なんだ。どうやら、私にはそういう攻略だとかの力がないようでな……。前に、凛が言っていた事を思い出すと、やっぱりこういう、話で解決できることは、解決したいじゃんか?」
「会長も考えが変わったんですね」
「そうだぞ。だから、私はちゃんと口説こうとしたんだが、相手が女だからなあ」
「会長って、ぼっちですもん……うぐっ……」
「誰がぼっちだって? ああん?」
「あ、会長、胸あたってますけど……」
「今は関係ないんだよ。……それより名誉毀損、すんじゃねえよ」
鼻を摘まれる。痛い。そして、左手が僕の首に巻き付いてきた。これでは呼吸ができなくなるので、僕が会長の腹部をつねると、会長は拘束を解いてくれた。
「は、はあ……はあ……」
「どうした? 気持ちよかったのか?」
「会長、そういうこと言わないでくださいよ。貴方、女の子でしょ……?」
「私は女の子だけど、普通に下品なこというけどね」
「会長はおじょ……」
おっと。言わない約束だった。これを言うと、僕が死んでしまう。
「ん?」
ほら。会長がこっちをギロっと睨んできているではないか。神戸港の一件もあったし、流石に「はいはい」と流すわけにもいかない。殺されたら最悪だ。僕はまだ18年しか生きていないんだ。もっと生きさせて欲しい。ここで死んだら駄目なんだ。……なんか、かっこいい台詞みたいだけど。
「と、ともかく。会長だって、一応はJKなんですし、そういうこと言わないでくださいよ!」
「はあ……。一つ言っていい?」
「なんですか?」
「男ってさ、なんでそういう『女は下品なこと言わないのが常識』とか思ってんの?」
「いや、恥ずかしくないの?」
「恥ずかしくないけど? それこそ、凛君の彼女であるエリザちゃんだって、いっつも凛君にくっついているじゃないか。凄い可愛い笑顔を見せて」
「そうなんですか?」
「……凛君。君は、エリザちゃんの彼氏だろう? ちょっとはエリザちゃんのことを注目して見てやらないと。後々、嫉妬されちゃうよ?」
もうされてますが。……まあ、そんなツッコミは置いておいて。
結局、僕がいくら『エリザは彼女じゃない』と反論しても、『幼馴染』という特殊な関係上、そう思われてしまうのは無理がないようだ。何しろ、僕自身、エリザに抱きつかれて嫌というわけではないし。……恋の場合、一切抱きついてこないから、新鮮なんだ。
いや。自分で言うのもなんだが、そういうことを楽しんでいる僕が憎い。後々、ナイフを持って、エリザか恋、はたまた会長に殺されるんじゃないか、と思って気が気でならない。それこそ、まるでスクールデ●ズのように、学校の屋上で殺し合いが起こるかもしれないし、僕の顔だけを、首から上だけを切り取られてバックの中に入れられるかもしれない。
この場合、巨乳……ないし爆乳であるエリザが恋を殺す側なのか?
もっとも、そんなこと起きてほしくないのだが。
「そ、そんなことより、あの魔王を口説かないと」
「『攻略』の間違いじゃないの?」
「どっちでもいいです。『口説く』でも『攻略』でも。言いやすい方を言えばいいだけで、無理して言い難く言う必要はないと思いますけど……」
「じゃあ、そういうことなら。……私は女だから口説きにくいけど、凛君なら大丈夫だよね。それじゃあ、攻略マスターさん、よろしく!」
「ちょっ……」
別に攻略に乗り気でないわけではなかった。けれど、肩を押されると、少し不安が募ってくる。……心を落ち着かせればいい話なのだが、この寒さだ。寒さも相まって、心臓はバクバク、バクバク、と鼓動を早めていく。
右手の親指を立てて、ウインクをする会長に見送られると、直ぐに会長からメールが届いた。
『ボクは凛君の味方だからね。なんかあったら、直ぐに相談しろよな? ……あ、エロいこととかも大歓迎だぞ。それこそ、会長が教えてあげようか?(笑)』
ああ、今直ぐにでもこのメールを破棄したい。削除したい。……でも、そのメールには、上の文章から何行も、何行も改行を加えた上で、ちゃんと会長の僕を気遣う言葉も入っていた。『頑張れ』という三文字が。
一応、それだけでも元気が出た。心が温まった。それほど眼の前にいる敵が強いわけではないと思う。でも、攻略のためには、僕がオドオドとしていてはならないのだ。寒さに負けるようじゃ駄目なんだ。
今、僕の心の中に何かが芽生えた。紛れも無い何かが。でも、それはつかむことの出来ない何かで。この攻略が終わったら消えてしまう何かで。
そんな何かを抱えながら、表面上では不安を隠し、僕は攻略に挑む。
「貴様に問おう。―――貴様は、何処の魔族だ?」
「I am Asmodian of Islam.」
イスラム教の魔族か。……会長の説明では魔王、と言われていたが、もしかして自分の存在を隠そうとしているのだろうか。……可能性としては否定出来ない。なにしろ、会長だって金持ちだということを隠していたのだから。重要な事を隠さない人間などいないし、むしろ隠さないほうがおかしいだろう。……一部例外を除いてだが。
「I'm sorry. I don't speak English. Do you speak the Japanese? If it is good, please speak in Japanese.」
英語で返す。……日本人だから英語は苦手なんだ。正直、学校で習う英語は殆どが『発音』とかもするけど、基本的には『書く』のが一般的で、実用的な英会話なんて、ほとんどしない。だから、自分で頑張らなければならないのだ。翻訳サイトへ直行したり、塾の英語教師から話を聞いたり、色々なあらゆる手段を用いて。
「All right.」
わかった、とだけ言うと、魔王は言語を日本語に切り替えて喋り出した。けれど、その話し方は片言の話し方で、本当に外国人のしゃべり方、と言えるような、そんな典型的なしゃべり方だった。それでも、魔王は魔王なりに頑張っているわけだし、バカにするのは良くないだろう。
「貴方が凛ですか?」
「ああ。そうだ。僕が凛だよ。……君はイスラム教の魔王、イブリースだね?」
「私はイブリースではない。魔王だ」
「いや、どっちもいいだろう……」
「どっちでもいい、だと? 日本人は、そんな人間たちなのか? なんでも放り出すような人間なのか? ……少なくとも、私のいたイスラム圏よりは安全な国だ。治安も悪く無い。世界でもいいほう、いや世界一位と行っても過言ではないだろうけど。でもなんか、期待していたのと違うんだよな。……うーん」
片言でしゃべっていた日本語が、もう過去のものになりそうなくらい上達した日本語を披露したイブリースは、胸の前で手を組み、考えこむようにした。
「……それで? お前の言いたいことはそれで終わりか?」
「いや。それで終わりなんかじゃないぞ」
そう一言言った後、イブリースは魔法陣を描き、色々な創作作品を取り出していった。そして、溢れんばかりの量の作品を取り出すと、それを持って僕に言ってきた。
「日本のマンガや小説、アニメやゲームは本当に最高だね。いやあ、イスラムけじゃあ、色々と規制がかかっているからねえ。日本に来て、楽しい思いをいっぱいしたよ。それに、意外と私のことを崇める人が少なくてびっくりした」
「そりゃあ日本だからね。仏教の国だし、イスラム教を信仰している人は限られてくると思うけどね。むしろ、キリスト教徒のほうが多いと思うけど」
「世界三大宗教だからね」
「お前は学習も出来るのか」
「本屋に行ってみてみたんだ。しっかしまあ、本屋も凄いね。なにあの女の子のフィギュアの数。あらゆるところにフィギュアがいっぱい並んでいて、どれもこれも可愛くて。本当、日本って凄いね」
いや、それは少し違うんじゃないか、とツッコもうとしたが、話は先へ先へと進んでいく。ツッコむところを踏み間違えれば、どうにもならないし。それこそ、ツッコんでも反応があるからいいが、反応がなく、しらけてしまえば、本当に悲しい。「あ」と思っても、後悔してからでは遅いのだ。
「あ、そうだ。それで思ったんだけど、コスプレってなに?」
「コスチュームプレイの略称だ。日本人は略称をつけるのが得意だからね。最近のラノベなんて特にそうだ。この作品だって『Meta2f』っていう略称をつけているし。世界共通用語なんだぞ、『コスプレ』って。意外だよな。
「うんうん。で、コスチュームプレイって、基本的に何をするの?」
「アニメや漫画、小説のキャラになりきる」
「ほう。それなら、私の超魔法を使えば簡単だね」
「お前、なんか超魔法使えるのか?」
「魔王だからね」
「じゃあ、使ってみろよ」
「仕方ないなあ……」
「衣装変更!」
そのままのことを宣言するだけ。なんか厨二病じみたかことを言うのかと思えばこの有り様だ。まあ、たまにはそういうのもいい。期待したけど大損だった、なんていう件は数多く存在するし。別にいいだろう。
「どうよ?」
「それ、僕になりきったのか……?」
「そうだよ。まあ、なりきりというか、変身というか。変わっているの衣装だけじゃないんだよね、正直。スリーサイズとか普通に変更されるし」
「お前はどこのマ●オだ!」
キノコで身長が伸びたり縮んだりする、赤帽子にMと書かれた20代半ばの兄と、緑帽子にLと書かれた、同じ弟が、爪のある手で鼻をほじくって、金髪の姫を助けに行く、某ゲームの主人公もそうだ。身長が伸びたり縮んだりする。
前に僕は考えてみたことが有る。『なぜマ●オはキノコだけで身長が伸び縮みするのか』と。誰と考えたかは直ぐわかると思う。僕のバカ共とだ。つまり、愁と梨人と僕。その三人で考えたわけだ。
まあ、これがまた色々な意見が出てくるわけだ。『あれは毒キノコ』だとか、『マ●オは変人』だとか、『カメラさんが近くにいるか遠くにいるかの違い』など、あらゆる観点から、くだらない討論に意見が出された。そして僕らはこれを真夜中ぶっ通しで行い、徹夜したのだ。その下らない討論だけで。題名をつけるのであれば、『朝まで生テ●ビ』ならぬ、『朝まで馬鹿騒ぎ』である。
「マ●オ楽しいよね! おじさんからゲーム機化して貰ったんだけど、そのおじさん怖かったなあ。なんか、『ハアハア。イブリースたんのロングの髪が神だよお……。おじさん、イブリースたんをお持ち帰りしたいお……』って」
「やめろ。そういうおじさんには近づくな」
「危険な人だった?」
「ああ。危ないやつだ。そういう男には近づくな」
「え? ……でも、私はこの超魔法で変身できるし、相手になりすますことも出来るんだよ。声とかも。だからおじさんをトイレに行かせて、『帰ってきたら、そこには自分と同じ姿の男が』ってことも出来るんだよ」
「酷いこと考えるな、お前」
20代後半、いや30、40代の自分と同じ身体、顔をした、童貞無職ニートと同じ顔、同じ身体をした人間が前に居たらどうする? ただでさえ、自分の顔がイマイチで、ジュノンワーストボーイコンテストで堂々の一位に選ばれるくらいの顔なのに、そんな顔が目の前に居たらどうする? それこそ、その顔をした野郎が、女声で『大好き』って言ったらどうする? 吐き気をもよおさないか?
少なくとも、僕なら吐くだろう。気持ち悪すぎて見たくもない。
「考えただけで吐くわ」
「ごめんね?」
「いいよ、別に」
「……じゃあ、凛がオススメする男って誰さ?」
「話一気に変わるな」
「いいだろう、別に?」
「……うーん。誰もいい男いないんだよな、僕の周りには」
「でも、凛って意外とイケメンだよね。彼女居るでしょ?」
「いや、いないぞ?」
「またまた」
「いや、本当にいないぞ。腐れ縁の幼馴染と、12年ぶりに再開した幼馴染なら居るけどな。性別は女で。……後者はそこにいるエリザだ」
「さり気なく彼女を見せびらかす……。凛、流石だよ」
「いや、褒められたくもないよ」
意外と内心そう思っていた。さっきから、僕の幼馴染が『僕の彼女である』という風になってしまい、結果的に、「僕に彼女が居る」という風に捉えられてしまっているのだ。このままでは、色々なところに広まっていってしまう可能性が浮上する。……けど、ある意味ではいいかもしれない。エリザからすれば、「僕に彼女が居る、それはエリザだ」というだけで、エリザの嫉妬を抑えられる。言わば、鎮静用の起爆剤になるわけだ。
「……突然だが、僕の悪魔になる興味はないか?」
「有るに決まってんだろ。なんか、凛って色々とアニメとかに詳しいらしいし」
「それ、誰情報だ?」
「会長さんでっせ」
僕は会長の方を向く。顔の前で手を合わせて、小さく「ごめん」と言っていた。「ごめん」で済めば、警察なんて要らないけれど、そうそうリアル世界は上手くいかないのだ。
「じゃあ、僕の悪魔になれ」
「はい、ご主人様!」
抱きついてくるイブリース。ちょろい。ちょろすぎる。絶対何か企んでいるように思うんだが、それも順応性に定評のある僕が解決していけば良い話だ。何事にも順応していくことが、主人公として必要なことだ。そういった基本的なものを持たなければ、僕は本当の主人公として活躍していけないと思う。それこそ、「空気主人公(笑)」とか言われそうだし。でも、この作品は僕視点だから、「空気主人公」なんていう件に関しては、特に問題もないと思われるが……。
まあ、要は順応性だ。どう対応して処理するかで全てが変わりうる。
僕は、イブリースを悪魔にする儀式を終えた上で、魔力結界を解いた。




