Target:Ren_part08/episode39
家に戻る。誰もいない。姉ちゃんは大学、エリザと妹は高校。会長が作っていった昼飯用オムライスがテーブルの上に上がっている。時計の短針が11を指している。後ろに恋を背負っていたからか、背中が少しこってしまった。
恋の部屋に連れて行き、恋をベッドに降ろしたところで、僕は恋を叩き起した。
「な、なにっ!?」
「おはよう」
「いや、病院行ったのは覚えてるから。……何? もう12時なの?」
「12-1時だ」
「11時か」
「そういうことだ。昼飯、もう食べるか?」
「うん。……その前に、体温測る」
「はいよ」
そう言って、僕は机の上の体温計を渡した。
***
「36.9℃だってさ。凄い下がった」
「良かったな。食欲は?」
「何でも食べれそうだよ!」
「ん? 今なんでも食うって……」
「へ、変な意味は無いよっ!?」
「分かってる。……で、一つ言わなければいけないことなんだが……」
「何?」
「オムライス、一つしか無いんだよね……」
「じゃ、じゃあ半分こにするの?」
「……それも一つの案としては悪くないんだけど、それだと腹一杯にならないじゃん? ……僕、伸び盛り終わったかもしれないけど、めっちゃ食うから」
「ある意味の自慢かよ。……食いたければ食えばいいじゃん」
「違うよ。お前の分。それが足りないからさ」
「作ってくれるの?」
「いや、僕はカップラーメン食べるから、オムライスは恋が食べていいぞ」
「ねえ、凛」
「ん?」
「変な薬、仕込んでないよね?」
「な、何でそうなるんだよ!」
「だって、過剰なほどにオムライス進めてきたら、疑うに決まってるでしょ!」
「過剰までは行かないと思うんだけどなあ。でも、お前がそういう風に捉えたのなら、悪かった。媚薬とか、そういう系の変な薬は入れていないぞ」
それに、今日の早朝に会長によって僕が被害にあった。幸い、なんとか自分の理性で抑え、理性が勝利できたから被害は他人に及ばなかったものの、もし他人にまで被害が及んでいたら、今頃僕は警察に御用となっていだろう。
「ふ、ふーん。ところで、路地裏に居た時、色んな女の子が居たけど、あれって何なの? ……も、もしかして皆あんたの使い魔?」
「簡単にいえばそうなるけど……。お前、意外と理解力有るよな」
「学年50位ですから」
「喜べないぞ」
「わ、悪いな! 11月の中間は超難しかっただろ? 現に、赤点取った奴が250人以上も出たんだぞ? 愁とか梨人は当然赤点だったし」
「そのくせに梨人は英語検定頑張っているわけか」
「酷い言い方だね、凛」
「いや、僕は別にバカにしていないぞ」
「どうだか。……で、一つ私からも言わないといけないことが有るんだけど」
「ん?」
「凛から貰ったエロゲ、全部やった。貰ったエロ本、全部見た」
「なに白状してるんだよ……?」
「返して欲しい?」
一気に話が変わった気がする。自分で「見た」とか「やった」とか言って、なんで一気に「返して欲しい?」なんてサディスト風な言い方になってるんだ。サディストでない人がサディストぶると、強がっているだけにしか見えない。
「返して欲しくないんだ?」
「今の僕にエロ本なんていらない。……けど、エロゲは返せ」
「格好良い台詞来るかと思ったら、エロゲは返して欲しいのかよ!」
「悪いな。けど、エロゲーは最高なんだ」
「ああ……。駄目だこいつ。早く何とかしないと」
「頭を抱えるな。男として、性的なものに関心をもつのは当然のことだぞ?」
「私は女だ!」
「じゃあ、男装すればいいじゃないか」
「嫌だよ! またお前『エロゲ買ってこい』とか、変な課題を出す気だろ?」
「出さない。……それと僕は今、新属性であってもいいんじゃないか、っていうのを探しているんだ」
いやいや、そんな事今まで一度も考えたことがないけど。後で今立てたフラグをどう回収するかで、ゲーマーの質的なものが分かるのだろうけれど、別に回収する気はない。……立てたフラグは、そのまま圧し折る。それもある意味、ゲーマーとしてやっていいことなんじゃないかな、って。
でもバッドエンドだけはノーサンキューだ。
「新属性?」
「眼帯ツンデレとか」
「……居るじゃん」
「じゃあ、男装ツンデレとか」
「居るかな?」
僕は、心のなかで言った。「お前のことだよ!」と。
意外とこいつ、鈍感なのか。……それとも、気がついているのか。女は男より勘などが鋭いという。僕的な仮説だが、元々男は猟を、女は家事を基本的にしていた。そのためか、家事をする側の女は、生活する上で必要な知恵などを生んでいったんじゃないか、と。そのために、猟をしている、つまり外出している男が浮気したりしていないか見ぬく力を付けたんじゃないか、と。変な仮説だが、僕はふとそんなことを思う。
「他には……何があるかな?」
「さあ? 私そんなに詳しくないから分からないや」
わからないのであれば話についていけないのも仕方ないか。
「じゃあ、昼飯の時間だぞ」
「お、もう食べるんだね!」
「食欲旺盛だな。太るぞ。お前、本当に女か?」
「女だよ! 今更何言ってんのさ!」
「そうだったね」
「なんだその、『今思い出しました』的な言い方は! お前私の幼馴染だろ?」
「ああ。お前の幼馴染だぞ」
「……なんかもう、ツッコむの疲れてきた」
「じゃあ昼飯だ」
「はーい」
「浮かれない表情するな」
「誰のせいだバーカ」
「可愛いな……あ、今のは違うんだぞ?」
「ひ、酷くない?」
「いや、別に可愛くないわけじゃなくてだな、ああもう……」
髪を弄くる。ボサボサとなっていく髪。僕があたふた戸惑う表情を見ている恋は、凄くニヤけていた。その姿を見ると、恋が本当は『サディスト』なんじゃないかな、と思ってしまう。でもそのニヤけ顔は、本当は「イジメて欲しいなあ」という表情の現れかもしれない。僕はそうあってほしいのだが、一体恋はどっちなのか、早く知りたいものだ。
「後で診断するか」
今はネットに『SM診断』なるものが存在する時代だ。流石に、ネットに依存し過ぎるのもどうかと思うけれど、ちょこっとした笑いを得るために、活用するのは悪くないはずだ。
「ん? なんか言った?」
「言ってないよ」
「けど、可愛い。やっぱり、凛は女の子みたいだよね」
「うるせえな! ……じゃあ、女装してやろうか?」
「り、凛って女装癖持っていたの?」
「いや。女装癖は持っていないよ。期待に応えられなくてすまんな」
「す、すまないとかそんなこと……」
「まあ、僕は恋に男装させてエロゲも買わせたわけだ。ここは僕も女装して、償ってやろう、そう思ったまでだ。それとも、恋はやられたままでいいのか?」
「い、いいわけないでしょ! 人にエロゲ買わせておいて……」
「じゃあ、今日の夕方5時までって約束でしてやるよ」
「女装を?」
「いや、それ以外でもいいぞ」
「じゃあ女装で」
「か、変えろよ!」
「そっちが言ってきたんじゃんか」
「だ、だけど……」
「はいはい。ほら、早く女装しろ。……凛って、そういう系の服持ってるの?」
「持ってるわけ無いだろ! 僕が持ってるコスプレ用の衣服は、殆ど男物だよ!」
「じゃあ、中学校の制服貸すよ。流石に高校の制服貸して、凛に変なことされたら困るし。……ああ、そうだ。裏声出せる?」
「裏声……?」
「要は女声。顔が女なのに、衣服が女物なのに、声が男っぽいと駄目じゃん?」
「そ、そうだけどなあ……」
「じゃあ、出してみ」
「……なんて言えばいい?」
「『私は恋様の下僕だにゃ。恋様に従順な下僕だにゃ』。はい復唱」
「お前、僕に色々されたからって調子に乗るなよ?」
「じゃあいいや。エリザちゃんや会長さんに言いつけてあげる。『凛が私の制服を着てムラムラしていた』って。言われたいの?」
「お、お前、脅すなんて卑怯だぞ……」
「じゃあ言え。……じゃあいいよ。言わないんなら、追加であんたの部屋のエロゲのデータ全部消去するし、エロ本を全部エリザちゃんの机の引き出しに入れるから」
「や、やめろ……。データ消去とかはやめろ!」
「流石ゲーム廃人だね。データくらいでそんなに縋り付くなんて。キモ」
「れ、恋。それ以上言ったら……」
「凛が言い出したんじゃん」
「くっ……」
着々と僕がマゾヒストに向かっている気がした。ああ、今分かったよ。恋はサディストだ。そしてマゾヒストだ。普段は、SとMが3:7の比率くらいなんだろうが、こういう時に限ってSとMが入れ替わるんだろうな。
何を言っているんだ、僕は。
「れ、恋。分かった。データを消さない、エリザの引き出しにエロ本を入れない、それを約束してくれるか?」
「約束してあげよっかなー? しないでおこうかなー?」
「や、約束してくれ!」
「……それじゃあ、頼み方が有るよね?」
「た、頼み方?」
「学年で一位の成績とってるなら、それくらい当然分かるはずだよね?」
「な、なんて言えばいいんだ……」
「ヒントは言ったはずだけどな……。忘れちゃったんだ。じゃあ、約束はなしだね。それなら、早く女装しなよ。……エロゲのデータ消去するから」
その威圧感は凄まじいものだった。こういう時、エリザとかが居ればまた状況も変わるんだとは思うけど、今はエリザは学校で勉強中だ。逃げ場はない。ここは恋の部屋。僕の部屋に行こうにも、きっと窓の鍵が閉まっているはずだ。
いや。それよりもなにも、「恋が一体何て言って欲しいのか」が重要なところだろう。一体何て言って欲しいんだろうか。でも、恋の話では、僕が聞いた話の中であったらしい。要は僕は聞いた情報を漏らしたのか……?
(思いだせ。思いだせ……)
考えこむのだが、一切浮かんでこない。絶対に何か聞いているんだということは僕には分かるのだけれど、一体何を言ったのかわからないのだ。
「言えないみたいだね。それじゃあ……」
「ま、待て!」
「ん?」
「れ、恋様。ど、どうか僕のエロゲのデータやエロ本などを、壊さないで、データを消さないで、人に被害を与えないで下さい……」
「よくわからないな……」
「恋様! エロゲのデータを消さないで下さい! エロ本を人の棚に入れないで下さい!」
「そっか。じゃあ、約束聞いて……あげない。あともう一声欲しいな。言ってみなよ。『僕に女装させて下さい』って」
「……そ、そんなの言えるわけ」
「それじゃあ、いいんだよ? エロゲのデータ消すから」
「……やめろ。本当にそれだけはやめてくれ……!」
「じゃあ、言えるよね? 『僕に女装させて下さい』って」
「じゃ、じゃあ言う。言ったら言わないんだよな?」
「『言わない』じゃなくて『やらない』が正解だと思うけど」
「じゃ、じゃあ……」
唾をゴクリと呑む。そして、息をいっぱいすって吐く。そして、目を少し閉じて、5秒くらいして口を開くと同時に目を開く。
「――ぼ、僕に女装させて下さい!」
「分かった。……変態だね、凛は」
「ぼ、僕は変態じゃな……」
「女装するんでしょ? それに、今の凛は私に従順な雄犬なんだよ? それじゃあ、私をどういうか分かるよね? ほら、なんて言うの?」
「ご、ご主人様……」
「よく出来ましたね。……ド変態なマゾ犬なのに」
屈辱だ。幼馴染にマゾ犬とか言われるなんて、本当に屈辱だ。安易に言わなきゃよかったと後悔しても、やっぱり遅いんだ。今更って事なんだ。
「ねえ、マゾ犬。そこにうつ伏せで寝なさいよ」
恋はベッドの方を指さす。
「や、やらなきゃ駄目なのか?」
「口答え、するんだ。凛は今、自分の立場分かってるんだよね?」
「……ぼ、僕は口答えなんてしていな……」
「それを口答えっていうんだよ。ほら、そこにうつ伏せになりなさいよ」
僕はため息をつき、恋のベッドにうつ伏せで寝た。嫌々ながら。見下され、侮辱され。こんなの嫌なんだ。それでも仕方がない。仕方がないんだ。全てはエロゲのデータを守るため。全てはエロゲのデータを守るため……。
「な、何をするんだ」
「凛って、絶対ニーソ萌えでしょ?」
「は、は?」
「ほら、凛の好きなニーソだよ。これで……踏んであげる」
「うぐっ!?」
痛い。よかった、ベッドの上で。もしもこれでアレが潰れたら最悪だ。ベッドなら、確かに痛いけど、若干の柔らかさがあるので、それで和らぐ。不幸中の幸いのようなものだ。
「変態はこれくらいが丁度いいよね」
「ぼ、僕は変態じゃない……」
「自分から女装したいってせがんだくせに」
「せ、せがんでなんか……。そ、それはお前が言えって言っただけだ……」
「……ご主人様でしょ?」
「いい……いっ!?」
「まあ、これくらいにしておいてあげるよ。これ以上やって訴えられたら嫌だし」
「お、お前……」
「ああ、言い方も元に戻していいよ。変態」
「だ、だから僕は変態じゃない……」
「うるさいなあ。早く認めればいいのに」
「認めるわけな……うむっ……!?」
口を抑えられた。そして、そのまま僕の身体は恋に持ち上げられ、仰向けにされてベッドの上で僕の身体が飛び跳ねる。
「お、おい恋。あ、危ないじゃないか……」
「ごめんね」
「そ、そうだ。今のは危ない」
僕は立ち上がった。が、背中に違和感を覚えた。おそらく、恋の格闘技の影響なんだと思う。凄い痛い。クソ痛い。「……湿布がほしい」
「湿布? 仕方ないなあ」
恋は優しい表情になっていた。さっきまでのあの恋とは大違いだ。本当にさっきの恋がどれだけサディストなところを見せていたのか、それがよく分かる。それだけ違うんだ。
恋に湿布をもらうと、恋に張ってもらった。こういう頼れるところがあるくせに、あんなドが付くほどのサディストな姿を見せられたら、二重人格のように見えてくる。……正直、二重人格は一番怖い。それに、恋は格闘技も使えるため、相当危険なんだ。それこそ、神戸港で会長に刺された時、あの会長の顔は発狂していた顔だった。恋のさっきの顔は伺うことは出来なかったものの、それなりの顔になっていたとは思う。
***
昼飯に僕はカップラーメンを、恋はオムライスを食べた。そして、僕は休みを4連休にして、その最後の連休の午後を過ごした。
女装の件については、恋は「もういいよ」と言い、呆れていたようだった。なぜ呆れているのかは分からないが、きっと僕の態度に呆れたんだろう。いや、それとも女装の件は僕をイジメるのが目的だったのか? やっぱり自分の制服を貸すのが嫌だからやめた、というのも考えられるが……。
そんなことを考えながら、火曜日の午後は過ぎていった。恋はエロゲーに熱中し、僕も恋が回復したので自分の部屋に戻ってエロゲーをやった。僕も恋も、エロゲに熱中するとは、呆れたものだ。
***
そして午後5時。昼飯後、恋と一切話すこともなく、僕は会長に会いに行くため、まずは携帯で電話をかけた。
「もしもし?」
『ん? 凛君?』
「はい。凛です。で、会長。魔王攻略成功したので、午後6時からデートお願いします。あ、会長が約束聞いてくれたので、当然キャンセルしないですよね?」
『ああ、キャンセルはしないぞ。ボクは約束を破る女じゃない』
「そうですよね。それじゃあ、午後5時半花時計前でお願いします」
『わかった。ああ、そうだ。デートは割り勘なしだぞ?』
「いいですよ。僕が払います」
『本当にいいんだな?』
「高額商品提示したら、会長から任された仕事もうしません」
『ひ、酷くないか?』
「冗談です。でも、高額商品提示しないでください」
『オッケー』
「それじゃあ、午後5時半、花時計前で」
『じゃあね』
「じゃあ」
電話を切る。そして僕は花時計前へ急いで向かう。流石に、人が多い時間帯にビル裏まで飛んで行くのはどうなんだろう。見えなければ問題じゃないんだと思うけれど、見られたらアウトだ。それこそ、早い時間帯から飛んでいっても、結局は寒い外で待たされるだけだろう。会長が飛んでこない限り。
「仕方ねえ。飛んでいこう」
男として、誘ったデートに女を待たせるのは論外だということは、ギャルゲやエロゲを幾多も全ルートを攻略し、オールクリアを達成した僕にすれば、それは常識のようなものだ。
家の窓から僕は三宮駅付近にある花時計まで飛んでいった。制服を着て行くとわかりやすいと思うが、それだと「何で休んだんだよ」とか言われそうだから、パーカーでいい。どうせ寒いのだから。
飛び立つと、外は冷たい風が吹いていた。




