Target:Elisa and Ren/episode03
朝が来た。
今までなら、僕の寝ている隣に女の子がいるなんていうギャルゲ的なシュチエーションは一切なかった。まあ、寝ている間に姉ちゃんや妹、もしかすると恋に夜這いされていた可能性があるかもしれないが、まあ覚えている限り僕にそれが降りかかったことはない。
が、今日は何時もとは、今までとは違った。可愛い女の子が隣に居たのだ。
「……え」
思わず言葉が出てしまう。今は朝だからまだしも、もしこれが夜のペースだとすれば、大変なことになっていただろう。無理もない。エロ本一式恋に管理されているんだから。
「起きた?」
甘いボイスが僕の耳を通る。声は中性的な感じもした。ただ、容姿はとても可愛らしい。姉ちゃんに見られたら大変か。また姉ちゃんに誤解されて妹にまで誤解されたら大変なことに成りかねない。それこそ朝は両親もいるし、夜より大変なことになるだろう。
「……えっと。どちらさまで?」
「エリザ。I am Elisa. Nice to meet you. Rin.」
「え。嘘、だろ?。てか何で英語……」
「いや、私一応昔この街に住んでいたけれど、一回ドイツに行ったからねえ。日本語が喋れないわけでも、理解できないわけでもないんだけど、変な言葉になってたら嫌だし。だから英語で」
「それは別にいい。英語で話したければ話せばいいが、それも苦だろうと思う。できれば日本語で話してほしかったり」
「じゃあ日本語で話してみたり」
「なんで最後に『たり』って付けるんだよって言ってみたり」
「それが面白いからつけてるんだよって言ってみたり」
僕がぷっ、と笑うとエリザもぷっ、と僕を真似て笑った。
「……一つ、聞いていいか?」
「なにかな、ダーリン?」
「なんか僕をダーリンと呼んでる気が……」
「呼んでるからね、ダーリンって。悪かったかな?」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……」
「ダーリンって呼ばれるの嫌? 『ご主人様』とか『旦那様』とか言うべき?」
「……いや、普通に『凛』って呼べばいいと思うけど……」
「それじゃ嫌なの! ていうか、日本は男尊女卑の社会なんだし、愛すべき主人のために、妻はどんなことでも受け入れなければ! たとえどんな惨めなことでも、卑猥な卑劣なことでも! たとえ淫らなことでも!」
僕はエリザからその言葉を聞いた時、「あ」と心の中で悟った。またこの家に変態が増えるということを。なぜ僕の周りの女は殆どが羞恥心を感じないのか。それは女としてありなのか。いや、もしかしたら僕を信頼してくれているのかもしれないけれど、社会に出た時が不安だ。
「いや、淫らだとか卑劣卑猥とかそういうこと僕しないし……」
「嘘だろ、絶対。でも、そういうことをしないのなら少しは安心できるけど。本当にそうなんだか」
「え?」
「これ見てみなよ」
急にエリザの口調が変わった。そして、ノートを取り出し、そのノートを僕に見せた。そのノートはこう書かれていた。
『いやあ、買っちゃったよあのエロゲ。すごい面白いって聞いていたけど……。すんげえドキドキした! もうあの店に行けねえ!』
僕は目にした瞬間に、震えが止まらないほど現れた。
「あわわわわ……」
「これはどういうことかな?」
「いや、エリザ、それは……」
「身体くらい貸してあげるから、エロゲなんかすんな」
「ええええええええええええええええええええええ」
僕は大きな声をあげた。が、これが大きな大誤算となってしまった。階段を駆け上ってくる音が聞こえたのだ。姉ちゃんだろう。ドンドンドンドン、と時が進むにつれて大きくなってくる。
「修羅場か。『僕の幼馴染と姉妹が修羅場すぎる』。いいねえ」
「人の不幸を笑うなああああああっ!」
「んじゃもう一発不幸を」
「え?」
バタン、とドアが開けられた時、僕は丁度エリザに押し倒された。そして、それと同時にエリザの着ていた服がはだけた。
「」
姉ちゃんの顔は蒼白していた。プルプル震えているわけでもなく、ただ真っ白な顔だった。僕は焦った。必死に誤解を解こうとした。しかし、姉ちゃんは一切言葉を口にせず、そこに立ち尽くしているだけだった。
僕の声を聞いて、美来が駆けつけた。が、姉ちゃんと同じシーンを美来にもみられた。まさに『姉妹』と『幼馴染』によってつくりだされた修羅場だ。
「あれ? エリザって僕の幼馴染だっけ?」
「昔の記憶無くなってるの?」
「昔の……記憶? ああ、誰だったかは忘れたが、その誰かと神戸の街に居たのは覚えている。それがお前なのか?」
「神戸の街に居た、それは私だと思うよ」
「そうか。ということは、僕とエリザは幼馴染なんだな」
そしてふとこの時、昨日の一件を思い出し、僕は恋に感謝した。まあここで幼馴染もののエロ本を見られたらまずいし。でも、エロゲに関して記述してあるノートを見られたのだから、見られても問題ないかもしれない。
「で、義妹さんも義姉さんも顔面蒼白状態だけど、何かあったの?」
僕は黙った。エリザは深く追求することはなく、察したのか話題を他のに移した。
「よーし。ダーリンのお父様とお母様にご挨拶しないとね!」
「だ、だからそういう言い方やめろっての。ダーリンってのは……」
「恥ずかしがるなっての。もう、男の子なんだからもっと強引に行かなきゃ。本当は私を性欲処理の牝犬としか見ていないくせに」
「少しは羞恥心を持てよ! なんで僕の周りの女性陣はこんなに……」
「羞恥心ね……。でも、本心は?」
「聞き返すな! 僕は女性をあたかも性奴隷みたいに思っていない! エリザだって、一人の女性なんだから少しは……」
「私を女としてみてるんだ! やらしい!」
「なんでお前はすぐにそっち方面に直結するんだ!」
エリザが笑みを浮かべた。僕はなんだか自分の言ったことがバカにされている気がしてならなかった。そんな中、僕の後ろに誰かが近づいてきた。
「いやあ、リア充は死ぬべきだね。なんで朝から夫婦漫才やってんだ。しかもこんな可愛い美人な女の子と」
「れ、恋……」
後ろを振り返ると恋の姿があった。
「いや、こいつは『エリザ』と言ってだな……。お前が昨日言っていた例の女の子で……。それに夫婦漫才をしていた訳じゃないし……」
「彼女がエリザちゃんか……。私の予想通り。可愛い。……で、なんで倒れているのかな? かな?」
「その『かな?』って二回言うのやめろ。病んでいそうで怖い」
「病んでないから。病んでないから」
僕は「そうか」と言うと、一度深呼吸をた。もしかしたら深呼吸ではなく、ため息がしたかったからなのかもしれない。そして話し始める。
「いや、姉ちゃんはきっと『ブラコン』だからしょうがないでしょ。美来はどうなんだろう。最近美来と話していないし」
「へえ。兄妹関係は大変なのか。一人っ子だからわかんないや」
僕が恋と話している中にエリザが割って入ってきた。
「ねえねえ。ダーリンと話してるこの女の人は誰?」
「あ、私は『恋』です。恋愛の『恋』です。よろしく、エリザさん」
「うん。よろしくね、恋さん。早速だけど、恋さんはダーリンの事どう思っているのかな?」
「いや、私と凛はただその、普通の幼馴染ってだけで、腐れ縁で、そんな深い付き合いをしているわけでもないし……」
「ということは、私のダーリンってことでOK?」
「なぜそうなっ……」
「だって、『普通の幼馴染』なら、その『普通の幼馴染』の部屋に窓から入ることも、『普通の幼馴染』の恋愛事情に関しても口を出さないはずでしょう?」
「いや、私はそういうわけでは……」
「だって、私と凛は恋人だし。子作りしたし」
「は?」
「ダーリンだもん。もう、凛の子供は身ごもってるし、もう名前も決めたんだよ。しかし、ダーリンは本当に強引でさ……」
「ねえ、凛。少し右手が収まらないんだけれどいいかな?」
「ナイフは持ってないよな? おう、大丈夫だ。手加減はしろよ。急所は狙うなよ?」
「うん、大丈夫。おもいっきり腹に食らわすから」
僕はその言葉を聞いた五秒後、気絶した。目の前が真っ白になった。吐きそうになった。流石柔道を習っているだけ有るな、と僕は只々感じているだけだった。
***
「起きた?」
僕は目を覚ました。恋の声が聞こえた。時計の針は一二時三〇分。八月一五日、という訳ではないが一応ベッドの上に横たわっていた。右隣には何故か鎖で恋の手が僕の手と繋がれていた。
「起きた。でも何で恋の手が僕の手と繋がっているのさ。しかも鎖で」
「違うの。その、何か罰らしくて、今日一日鎖で手を繋ぎ、尚且つ凛の言うことを全部聞け、っていうやつで……。でも何か凛に変なことされたら怖いし……。あと、エリザは学校行ったよ。お姉さんと妹さんもご両親も」
「ということは二人きり……二人きり……?」
「一応今日一日は凛の専属メイドなのでなんでもお申し付け下さい……」
「いや、僕は別にお前に卑猥なことをするつもりはない。安心していいぞ」
そう僕が言うと、「わかりました」と恋は言った。だが、その後僕の耳元で囁いた。その時、少し身体が密着したが僕はあんまり反応を示さなかった。反応を示して何か言われてイジられたくはなかったからだ。
「それってさ、私には魅力がないって事……?」
「いや、そういう訳ではない。ぶっちゃけ、僕は恋を可愛いと思っている。思っているが、それ以上に僕の周りに際どいやつばっかしかいなくてな。中々可愛がってやれなくてごめんな」
ごめんな、と言いながら僕が頭をなでてあげると、「い、いやその……頭なでるな」と言って、恋は少しツンツンしたような感じだった。
「ご、ご主人様……」
「おい無理すんな。別に『ご主人』とか言わなくてもいいぞ。僕は普通の恋の方が好きだしな。それより、ゲームしないか?」
「ゲ、ゲームって……。まさかエロゲ?」
「ああ、朝の話聞いていたんか」
「ごめんね、朝は。ちょっと怒っちゃって……」
「いやいや。別にいいっての。強いて言えば、朝はもう少し力弱ければよかったかな。気絶することもなかっただろうし」
「本当に、ごめん……」
「いやだから謝るな。こっちが謝りたくなる。それに、『ダーリン』とかエリザは言っていたりしてるけど、あれ全部嘘だぞ? 幼馴染ってのは本当だけどさ。あとエリザには僕がエロゲ持ってること知られたし」
「マジか。じゃあ、私の部屋に置いてある『幼馴染もの』のエロ本は返してあげた方がいい?」
「いや、今は別に返さなくていい。そうだ! エロ本読みに行くのも兼ねて恋の部屋へレッツゴーだよ!」
「うわ。もしかして私を妊娠……」
「させないから。恋、お前も羞恥心持て」
「は、はい……ご主人、様」
「おう。んじゃ、お前の部屋行くから俺に抱きつけよ」
そう僕が言うと、恋は『ふぇ?』と言った。突然の僕の言葉に驚いたのだろう。鎖には鍵がかかっていた。だから鎖で僕が恋を引っ張って窓から窓への移動を危険なものにしてしまうんではないか、そう思ったのだ。
「抱きつけって。特に深い意味は無いがな。一応、鎖がついていて危ない。繋がっている鎖を万が一僕が引っ張ってしまって、恋を傷つけたら大変だ」
「そ、そっか。そうだよね……」
「おう」
素直に恋は僕の指示を聞き入れた。
***
僕の部屋から恋の部屋へ移動した。窓から窓への移動の時、腹の筋肉が伸びて、余計に腹に食らった痛みを味わってしまった。
「ねえ凛。凛はエロ本を見るためにこの部屋に移動したの?」
「違う違う。断じて違う。そういうのも無いわけではないが、本心はゲームがしたいだけだ。別に恋とエロゲしたいなんて一言も……」
「おお。エロゲしたいんだ。別にいいよ? 何度も言うけど『一日メイド』なんだし」
僕は言い返せなくなった。クススと恋が「図星か」と言った時に何故か背筋に電気が走った。でも、何故かバカにされて嬉しくなってしまったのだ。きっと僕のS心の中にMの心が秘められていたのだろう。
「そ、そうだよ! お前とエロゲをしたいんだよ! 悪いか!」
「だと思った。だって凛の持ってるゲームは、今エロゲしか無いもんね!」
また僕は黙った。そうさ。エロ本の中にエロゲを隠しているんだから。きっと、エロ本の搬送作業中に恋に見られただろう。
「黙るなっての。んじゃ、やるか?」
「お、おう。変な気分になっても知らないからな!」
「何が変な気分だ! そんな気分になりにでもしたら、この部屋を抜け出し……。いや鎖ついてるからどうにもならないし……まさか」
「違うよ。僕は恋を変なふうに見てはいないからな? な?」
「嘘つけえっ!」
「いや本当だ。確かに舐めまわすような目で見たことはあるけど、そういう気分になったら我慢する。だから、僕を犯罪者みたいに呼ばないでくれ」
「誰が『犯罪者』だよ。誰が。まあいいよ。ほら、エロゲするんでしょ?」
「おう。じゃあ、エロ本の中にエロゲあるから」
そういうと、エロ本の中から恋が適当に選択し、その選択したエロゲのディスクを僕に渡した。が、僕はディスクを求めていたわけではなかった。それに、そのディスクは初回限定盤でついてくる特典アニメのDVDだ。
「ごめん、それ違うわ。USBメモリあるっしょ?」
「あ。USBメモリのデータ消した」
「てんめえ! まあいい。USBなんて、バックアップ用にとっておいただけだからな。本当のはしっかり僕のパソコンに入っている。さあ、僕の部屋に戻るぞ。ちっ、全くお前のせいで」
「ごめんなさい! 本当、あのメモリの中のデータはそんな大切なモノだとは思わなくて! 本当にごめん!」
僕は『データ』という言葉に不吉な何かを感じながら、自分の部屋へ恋を連れて戻った。戻り方は恋の部屋へ行った時と同じだ。
戻ってパソコンを付け、フォルダを見ていた時、僕は思った。
「なあ、恋。朝殴られた分殴っていい?」
「こ、こ、怖いよ?」
「USBに入っているデータ、あれバックアップ用のじゃないわ」
「まさか……」
「PCに保存してあるはずのファイルが見当たらねえんだよ!」
「ということは、USBにデータを完全に移してしまったと……」
「お察しのとおりだ。というわけで、頭を叩かせてもらう」
「やめ! 馬鹿になっちゃう!」
「問答無用!」
「あううううううっ!」
そうしてもう一度僕はエロゲをインストールし直すことにした。幸い、パスコードは失われていなかった。インストールし、パスコード入力するだけの簡単な手順なのだが、インストールに手間がかかってしまった。
結局、プレイしている頃にはもう時計の針は昼の一時半を回っていた。