Target:Ren and Elisa +α Ⅱ/episode33
『―――神戸市中央区、現在の天気は雨です。今後の降水量ですが、兵庫県内の一部では、多いところで一時間に50ミリ以上の非常に激しい雨が降るでしょう。運転中のドライバーさんは、早め早めの帰宅を心がけましょう。何か有ってからでは遅いですから、早め早めの行動を心がけましょう』
ハンドルを握る愁。視界は悪くなって行く一方だ。有料道路を使えばいいものの、愁にはそれ以上のプライドが有り、そしてチキンなところもあり、愁は自ら有料道路に乗ろうとはしなかった。
しかし、県道を通っていてもやはり激しい雨は降り続く。突如として雷は近くに落ちた。火は上がらなかった。けれど、煙は上がった。
「……危険だ。早く帰ろう」
「分かってる。分かってるけど、雨の中じゃ無理だ。危険運転はしたくない」
「けど……」
「うっせえ、黙ってろ。……神戸の街が見えねえな。どんだけ激しい雨なんだよ。視界悪すぎだろ……」
「確かになあ」
この山地を降りれば街中にでる。そうすれば、視界は悪くても、ゆっくりと走れるし、大きなカーブも減る。だから事故は起きにくくなるはずだ。けど、その確率は0ではない。
***
やっと県道15号まで来た。ここは有馬街道。この後、国道428号を通って戻っていくらしい。しかしまあ、有馬温泉のある場所も、神戸大橋のある場所も、どちらも神戸市と言われると、「神戸って大都市なのか?」と思ってしまう。それでも、人口に関しては100万人以上いるのだ。政令指定都市でもあるし、大都市なんだろうけど。
「雨強くなってきてるような……」
「確かにな。これはどうしていくべきか……」
ワイパーが左右に動く。けれど、前にいる車は分かるが、2つ、3つ前の車は微妙にわかるくらいで、本当に危険だ。愁も、こんなに強い雨の中運転するのは初めてらしく、愁の心の中も大変なことになっているのだろう。
後ろの方を見てみる。ふと、エリザや恋、姉ちゃんの声が聞こえないので「寝たのか?」と思ったのだ。……それは大正解だった。エリザも恋も寝ていた。しかも、エリザの肩に恋の肩が乗っかっている。まるでそれは恋人の様に見えてくる。なにせ、恋の執事服姿とリンクさせると、恋が執事服着て、エリザがドレスでも着れば、普通に居そうなカップル(主従関係を持った関係だろう)に見える。
そんな隣で、姉ちゃんは何かしていた。やっぱり姉ちゃんは黒縁の眼鏡をかけていた。そして、浴衣を着ていたときは見えなかったのだが、姉ちゃんは黒ニーソを履いていた。紳士からすれば、ゴクリと息を飲むような姿である。スマホを弄りながら、姉ちゃんは耳にヘッドホンを付けて作業をしていた。
「二人共寝ちゃったねえ。本当、可愛いよね、これだけ見てると」
「確かにな」
「あ、そうだ。これする?」
「ん? ……これは」
それはそう、エロゲのソフトだった。確かに、エリザや恋には見せられない。なにせ、そのエロゲは純愛とかそういう類ではないのだ。それはそう、触手という際どいゾーンのエロゲだった。
「……姉ちゃんってこういう趣味?」
「いや、同人誌作るんだったらって貰ったエロゲの中にこれがあった。もしかして、凛ってこういうエロゲしない?」
「しない。僕は、触手なんて大っ嫌いだ。純愛以外はエロゲって認めねえ」
「凄いな」
「そうだろ。だから、触手ゲーはリリースだ」
「そっかー。じゃあ、これは?」
「……これって、近親相姦……」
「あ」
「リリースだ!」
「えー。じゃあ、これは?」
「これだよこれ。学園モノやっときたわ。……ん? 確認していい?」
「どうしたの?」
「これ、R18じゃないよね。だって、Cero:Dって書いてあるし」
「……マジでか」
「マジでだ」
「ごめん、凛。でも、それプレイしてみてよ。私したこと無いから」
「僕が実験台みたいじゃないか。……仕方ないなあ。これするわ。パソコンは?」
「無理。今作業中」
「スマホでやれ」
「じゃあ、いいよもう。ウィンドウ消さないでね?」
「分かってる」
僕は姉ちゃんからヘッドホンとパソコンを受け取った。姉ちゃんのパソコンは、林檎のマークがある。そう、これは有名なあの会社のパソコンである。もちろん、デスクじゃなくてノートだ。OSも切り替えて使用できるようにしてある。
ディスクを挿入し、僕は受け取ったヘッドホンを耳に付けてエロゲを始めた。
「お」
『――春、それは出会いの季節。
夢を追いかけて入学したこの高校で、僕は2人の先輩に出会った。そして、今まで一緒に過ごして来た幼馴染2人も隣にいる。
これは出会いの季節に訪れた、それはそれは不思議な物語――』
絵柄といい、オープニングと言い、どう見てもクソゲー臭がぷんぷんする。
「さてと。プレイすっかな」
13インチのパソコンは、意外と僕の膝の上に収まる大きさで、操作もしやすい。が、膝の上にパソコンを長時間置くと、赤ちゃんの素の作られる量が減るらしい。いや、それが死ぬんだったっけか。
詳しいことはわからないけど、男にとってはあんまり良いことづくしじゃ無いらしい。ヤフーだったかのニュースで見た。
エロゲーをやり始めた時、丁度赤信号で車を停めた愁は、僕に話をして来た。午前中、有馬温泉に行った時には曇っていたが、一応晴れていたので、標識などはちゃんと見えたらしい。けれど、今は晴れていない。だから、「GPSで今何処にいるのか探せ」と言うのだ。でもまあ、別にしてやらないこともない。大切な幼馴染の為である。ああ、別に今のはホモ発言ではない。友人としての意味で「大切な幼馴染」ということを言っただけだ。
「分かったよ。あ、姉ちゃんパソコン返すわ」
「早いな」
「早いね。でも受け取ってくれ」
「はいはい。じゃあ、私も作業に移るわ」
「じゃあ僕はスマホゲーを少々」
「電池減るよ?」
「いいよ、それくらい」
僕はパソコンを返すことは約束したものの、直ぐに返しはしなかった。何故なら、直ぐ返してスマホを起動するにしても、それ相応の時間は掛かる。それまでに赤信号が青信号に変われば元も子もない。
僕は、即座に自分のスマホを取り出して、パスコードを入力して、そしてマップアプリを起動し、現在位置を確認した。
「出た?」
「出た。で、僕の家の住所入力すればいい?」
「ああ。なんかもう、前方車両すら居ないからな。頼むから早くしてくれ」
僕は自分の家の住所を検索窓に入力すると、そこに赤い画鋲のようなイラストのようなもの、僕はそれを『目印』というが、それを立てた。僕自身も、正確な名前は知らない。
「オッケーだ」
今居る場所から自宅までの最短ルートが表示された。最近の携帯、いやスマホは本当に性能が高い。カーナビ陣は、どんどんと衰退していく一方である。なにせ、音声案内してくれるアプリも有るのだから、それを使えば良い話で。でも、日本はそういうのが実装されるのは遅い。なぜか知らないけれど、きっと大人の事情が有るんだろう。
僕は、右手にスマホを持ちながら、信号が青に変わるのを待つ。
「よし、そのまま真っ直ぐに進んでいけばいい。要は、道なりだ」
「わかった。……あ、そうだ。それ、消さないでね?」
「無理。設定でそれできない」
「ないわ」
「うるせえな。一応道なりに進めばいいだろ。……けど、本当雨収まらねえな」
「だよなあ。看板も濡れ濡れだよ。全然見えねえぞ」
「嘘つけ」
「ごめん、嘘だけど。でも、本当それくらい見えないんだってば」
「確かになあ。お前、本当ハンドル握ってるのブルブル震えてるし」
「うるせえ。寒いんだよ」
「……ったく、上着貸してやろうか?」
「馬鹿か。お前、病み上がりのくせになんでそんなこと言えるんだよ」
「大切な幼馴染を守るってのも、元気な人間の使命だからな」
「お前、その言葉そっくり返してやる。病み上がりのバーカ」
「うっせーな。言葉選べよ」
「幼馴染なんだからいいだろ」
「はあ……」
僕はスマホの照度を最低にして、暖房を付けた。照度を最低にしたのは、電池を節約するためである。なにせ、スマホはガラケーと比べると、どう考えても電池の持ちが悪すぎる。全然コスパが良くないのだ。
「トンネルだ……」
それから少しして、ようやくトンネルに入った。でも、一番危険なのはトンネルだと思う。なにせ、暗いし、上へ煙は上がっていかないから、追突事故などが起こって煙なんかあがれば、処理は大変だ。
「さてと。ここを抜けてもまだ山の道は続くわけだが……」
「分かってる」
それから無言が訪れた。空気が重い。ヘッドホンを付けてエロゲをしようとしたのだが、全然やる気が起きない。
***
10分くらい経ったのだろうか。安全運転で来たため、やっと街中に入った。が、街中の被害は相当なもので、既に大きな水溜りもあった。これは僕の家もヤバそうな気配がする。早く帰らなければ。
しかし、進もうにも、雨あしは更に強くなっていった。
「どうする?」
「早く帰りたいんだけど、仕方ないな」
「ああ、じゃあそう言うのなら、そういうことにしよう」
渋滞してた訳じゃない。でも、普段と比べたら、車の動くスピードは速くない。みんな雨だから安全運転しているのだろう。幸い、こんな時間から暴走族が走っているわけもなく、全然うるさくない。
***
家に帰ってきた。午後4時前。2階のに干されていた洗濯を取り入れに走ったが、家の玄関に着くまでに濡れてしまった。それに、ベランダに来ると、干していた服もそのベランダの床も濡れていた。屋根がないわけじゃなかったのだが、それでも濡れていた。おそらく、風が吹いたせいだろう。
取り込んだものを洗濯カゴに入れ、僕はもう一度車に戻った。傘を持って。なにせ、寝ているエリザと恋が居るわけだし、流石に運んでおかないのもマズイ。
「エリザ、起きた?」
「うん。起きた」
「そか。じゃあ、傘使う?」
「いい。それより……」
「あ……」
恋は咳をあげていた。わざとの咳ではなさそうだ。風邪でも引いたのだろうか。
「ゴホゴホ……」
「れ、恋?」
「ごめ……熱出したっぽい……」
「ダーリン、私こういうの得意じゃないから……」
「やっぱりそうなるよな……」
「ごめんね?」
「いいんだよ、別に。お前にはちゃんといい所あるし。それじゃ、先戻ってゲームでもしていてくれ。あ、エロゲーは無しな。……あと、姉ちゃん」
「は、はいっ!?」
「出ろ」
「……分かったよ」
姉ちゃんは、パソコンをバッグにしまうと、猛スピードで家に戻っていった。その時のスピードは、人を超えた、まるでチーターのような速さだった。
「……恋。風邪移った?」
「かも……。ゴホゴホ。へ、変なとこ……ゴホ……触んなよ……?」
「んなことすっか。はあ。早く咳止め飲ませねえとな……」
「そ、そう……ゴホ……」
僕は恋の背中に手を回す。まずは起こさなければ運べないし。幸い、風は吹いていないので、傘を置く場所はあったのだが、恋を運ぶためには玄関まで雨に叩かれる必要が有る。おんぶするにしても、僕が濡れる。……この際、お姫様抱っこでもしてやるか。
流石はギャルゲー・エロゲー脳。これだから、二次元と三次元を混同してしまうのは嫌だ。スマホの中に入っているゲームの6割がギャルゲーという僕だが、それ相応の攻略スキルなんてものは持っていない。所詮、リアルの世界でゲームの世界の攻略スキルなんて使えないのだ。
「ちょっと熱測るぞ」
「体温計ねえだろ」
「うるせえな。手でいいんだっつの」
「そんなんで分かるわけな……んっ」
熱い。パソコンの熱気と同じくらいか。いや、それ以上だろう。それくらいの熱がある。けど、40℃はいっていないだろう。
「……頓服薬のめ。んで寝ろ」
「さっき寝た」
「冷えピタ貼るか?」
「昨日は私がやったのに、今日は私がされるなん……ゴホ……てね」
「喋んなくてもいいぞ、無理してまで。つか、本当早く寝ろよ。それとも、僕が一緒に寝たほうがいいか? ……お前が昨日してくれたからさ」
「……出来ればお願いします……」
「なに敬語になってんの」
「うるせえ……ゴホゴホ……」
「はあ。早く行くぞ」
「え、ちょ……」
さり気なく逆お姫様抱っこする。背中を上に、腹部を下にして。……これすると、余計に咳ごんできてしまうようだが、それも少しの辛抱だ。
「アホ……なんで逆にしてんだ……ゴホ、ゴホゴホ……」
「ごめん、僕の視界にお前の尻が見えるんだけど」
「死ね!」
「残念。……つか、暴れると余計に咳出るよ?」
「凛、お前絶対に許さな……ゴホ……ゴホゴホ」
「ほら、早く休まんと」
「やめ……ふあっ!? もご……」
僕の服に恋の顔を密着させる。そして、少しして、それを離す。
「ゴホゴホ。ゴホゴホ……」
「ごめんな」
「馬鹿か。私は咳を出しているのに、なんでそういう時だけ……ゴホ……密着させてくるんだ。咳が出るぞ馬鹿」
「悪い悪い。……で、女って口に体温計入れるんでしょ?」
「それ基礎体温……ってこらあっ!」
「ん?」
「なに言わせてんだ!」
「基礎体温くらい、別にいいんじゃない?」
「……は、破廉恥だ。男から『基礎体温』なんて言葉が聞こえてくるんて」
「基礎体温って、あれでしょ? 生理周期見るために測るやつだっけ?」
「うるせえよ! ……ゴホゴホ。声張れねえ……ゴホ」
「はあ」
僕は溜息をつくと、階段をダダダと駆け抜けていった。
部屋にはいると、当然エリザが居た。「ゲームしてろ」と言ったのは僕だから、居るのは当然なんだけれど、流石にこれを見られたのはマズイ。
「ダーリン、やっぱり……」
「違う。誤解しないでくれ」
「だって、その持ち方、お姫様抱っこの逆じゃん……。ま、私出て行くね」
「なにその『空気読んでます』的な発言」
「いいだろ。ま、二人お幸せに。それじゃ、冷えピタ持ってくるね」
「頼む」
エリザは、「子供」とかそういう言葉以外に興味がないようで。普通にリビングに向かっていった。冷蔵庫から冷えピタでも持ってくるんだろう。
僕は、エリザが部屋から出た後、ベッドに恋を寝かせ、布団をかぶせた。そして、パソコン用の車のついた椅子に座って、恋の近くに移動し、もう一回恋の額を手で触った。
「本当、熱いな。……体温計使う?」
「使う」
僕は、自分の机の引き出しから救急箱を取り出し、そこから体温計を取り出した。脇の下に挟んで使うタイプで、決して基礎体温を測るための、口に入れるタイプのものではない。
「ほらよ」
恋に受け渡したのだが、恋はデレてしまったらしく、僕に「測れ」と命令してきた。
「……それってつまり……」
「え、えと……脇の下触っていいぞ……」
なに? こいつ僕を誘惑しているのか……?
「い、『いい』って、そんな簡単に言えねえだろ……」
「いいんだよ。どうせ、熱出してりゃ風呂も入れないしさ、誰かに世話してもらわないといけないし。……家事出来るのは凛かお姉さんだけだけど、私的には凛にしてもらったほうが嬉しいかな……?」
「咳、やんだ?」
「ちょっと、良くなったと思う……けど……ゴホ」
「駄目じゃんか」
「あはは」
恋は、少し笑みを浮かばせて、目を閉じた。けれど、寝たわけではなかった。なにせ、昼寝をすましたのだから流石に寝にくいか。
「ダーリン、冷えピタ来たよー」
「お」
エリザが帰ってきた。エリザは今度はリビングには戻らず、僕の部屋で待機した。ヘッドホンを付け、再びゲームを始めたのだ。
結局、今度は僕じゃなくて恋が風邪を引いてしまった。……僕は吐き気だけだったのだと思うけど、恋が元気になったらもう一度聞こう。
***
―――時刻は午後5時を過ぎていた。雨は一向に止む気配を見せなかった。




