Target:Miku and Haku(Rin sistar)/episode02
幼馴染の恋、愁、梨人と僕は昔から共に過ごして来たということはもう伝えたはずだ。
僕らが初めて出会ったのは小学校の入学式だった。入学式の入場の際には、二人組で手を繋いで入場したが、その時手を繋いだのが愁であった。まあ、特に深い意味があるわけでもなく、今朝抱きつかれたから話したまでだ。
丁度入学式が終わって教室に戻った時、僕らは席が近かった。それにその帰り道四人で一緒の道を通った。家も席も近かったのだ。
とはいえ、男三人に対し女一人。恋愛の争いが起こらないわけではなかった。まあ、小学校在学中は一切そういう出来事は起きなかった。恋を女として意識しだしたのは、小学六年生の時に四人とその家族で和歌山県の白浜町まで旅行に行って泳いだ時だった。
言って悪いが、胸が小さいくせに『女だから』という理由で、大人の(胸が小さい女が付けるような)水着を付けていた。それが初めて恋を女として意識しだした瞬間である。
中学校に入って、僕は恋に告白したことがある。尽くフラれたが。
まあ、今となってはいい思い出であると僕は思っているし、それこそそれが初恋だった。
高校生に入ってもなお、僕らは関係を絶っていない。家が近いし、関係を絶ったところで仲を良くしなければ、また謝らなければいけなくなる。近所付き合いというものがあるからだ。
そして今日も、学校から帰路に着く……わけでなかった。丁度僕は、校内放送で生徒会長に呼ばれ、「はいはい」と呆れたようにため息を付いて生徒会室へと向かったのだ。『特に理由なき場合、自身の仕事をとことんする』というのがこの高校の生徒会規約的なものだ。ただ、そういう厳しい部分がある以上に、出来ることは多いから助かっている。例えば、休み時間は何時でもジュースを飲めるとか。そういうやつだ。特に夏は助かる。
***
「さてと。いやあ、涼しくなってきたよねえ、今年は。まだ十一月なのに」
生徒会の仕事を殆ど終えて、家についてダラっとしようとした時、テレビを見ていた姉が僕の方に声をかけてきた。僕はうとうとしていたが、その声を聞き逃しはしなかった。
「だねえ。てか眠いから寝ていい?」
「凛……。いいよ。寝なよ。私がしっかり起こしてあげる」
「―――その目はなんだ、その目は」
なぜか姉の目は輝いていた。ただ、その輝いている目を見ていると自然と恐怖が僕を襲ってきて、耐えられなくなったので姉に本心を伝えた。
「姉ちゃんは信用出来ないから寝ないわ。自分の部屋で寝る」
「ちょ、酷くないか? わ、私はそんなに信用出来ないような人間なのか?」
「うん。姉ちゃんは姉ちゃんが思っている以上に信用されてないよ、僕からは」
「う……」
「言い返せないんか。バーカバーカ。で、匂いからして夕飯できてるん?」
「ああ、できてるよ。食うか? でも美来まだ帰ってきていないし……」
「いいよ別に。どうせ美来は部活じゃん。剣道部。先食おう」
「ええ。私腹いっぱいなんだけど……。凛の子種で」
「なあ姉ちゃん」
「なに?」
「そういうアダルティな発言しないでくれ。ここで掲載できなくなる」
「またまたメタ発言を」
「いや真面目な話、そんなことを堂々と言えるなんてビッチくらいしかいないんじゃね?」
「びっ……」
何故だろう。『子種』という言葉は簡単に言えるくせに、何故『ビッチ』という言葉で反応するのか。いや、反応することがいけないわけではない。それこそ、ビッチと何回も連呼するような姉が居たら流石に引く。姉弟でも引く。
ただ、顔を真赤に染め上げた姉を見て悪い気はしなかった。
「さて。姉ちゃんが変なところで反応を示すのが可愛いわけですが、早く飯食おう」
「か、かわ……。今かわいいって……」
「うん。可愛いじゃん。姉ちゃんは別にスタイル悪くないし、顔も悪くないし、性格悪いけど。あと胸もないけどね。豊胸手術でもすれば?」
「……凛。流石の私でも許せないことが有るんだ」
「わかってる……。姉ちゃんは僕を好きすぎるから、ツンツンしちゃうんだよね……」
「違うよ、何いってんの凛君」
「いや、ツンデレ『ド貧乳』姉というジャンルの話をしようかと思いましてね……」
「ド貧乳て……。私の胸の大きさを言うなああああああああっ!」
ポカポカと叩いてくる。少しうるうるとしているのがわかった。何度も言うが姉ちゃんは可愛くないわけではないんだ。むしろ、彼氏が居ないという事実の方がおかしい。貧乳というのが玉に瑕だが、『ステータスだ、希少価値だ』と宣言していけば、未来には貧乳好きの彼氏が待っているだろう。生憎僕は胸の大きさなど気にはしないが。
「そろそろ夕飯食べよう? ね?」
「可愛い女性をけなして面白がっているような凛君のいうことなんか聞きません!」
「無い乳を強調しても、可哀想なだけだよ?」
とうとう姉ちゃんの堪忍袋の緒が切れたようだ。ピキピキと、僕には目に見えない炎が何故か見えたのだ。その炎は、家をも燃やしてしまいそうなくらいだ。
「ふーふーふー……」
僕は姉ちゃんに押し倒された。そして姉ちゃんは荒い息をあげていた。身体が密着してしまい、何かとキケンな雰囲気がリビングを包んだ。
そして丁度その時だった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんってそういう―――」
「ち、違う! 違うんだ! 姉ちゃんに押し倒されただけなんだ! 僕は断じて……」
「でも、姉弟でそういう関係っていうのは私もおかしいと思う……」
「ねえ、美来。凛君は、私の身体のニオイを嗅いで、いい気分になっていたんだよ」
「違う! 美来、これは違うからな? 断じて僕はそういう……」
「変態。変態。変態。変態……」
美来は、自分の部屋へ駆けていった。最悪だ。なんで妹に誤解されなければいけないんだ。最悪だ。本当に最悪だ。この姉のせいで……。
つのるイライラ。それを自制して、僕はなんとか手を出さないように保った。
***
その日の夜。誤解はなんとかといたが、未だに姉ちゃんの機嫌は直っていなかった。とはいえ、妹の誤解をとけただけマシだ。誤解がとけていなかったら、一体どうなっていたことやら。
ため息を付いて宿題を片付けようと自室へ入ったとき、何故か人影を感じた。
「え」
思わず僕は声を出してしまった。何故か、僕の部屋に愁と梨人が居たのだ。これには本当に驚いたし、腰が抜けそうになった。なにせ、突然「おい」と言われたのだから。
「怖いわ。何勝手に人の部屋入ってんだ」
「幼馴染だろ俺ら。いいじゃんか別に」
梨人は僕の右肩に手をおいて笑顔でそう話す。
「悪いだろ常識的に考えて。それに、僕なんか姉に押し倒されて妹に誤解されていたんだぞ。大変な一日だったんだからな、今日は……」
「へえ。俺からしてみれば、『大変』と書いてラッキーと読めるんだが?」
「それはお前がドの付く程のMだからだろ」
「……」
梨人は言い返せずに居た。
「おいなんか言えよ。なあ、愁?」
「お、おう……」
少し静かになった後、居ても居られなくなったのか、愁が口を開く。
「取り敢えず、これから恋が来るんだとさ。お前に重大な話が有るらしいぞ。俺も梨人も頼られなかったんだ。お前が全てを読み取ってやれ。お前が出来ないようなことに肥大化したりしたなら、俺も梨人も手伝うからさ」
「愁―――」
僕が感謝している時、丁度隣の恋の部屋の窓が開いた。そして、そこから僕の部屋の方へ恋が飛んでこようとしていた。まあ、普通に考えれば危ないと思うが、そこまで危ないわけではない。何しろ、僕の部屋と恋の部屋は一メートルも離れていないのだ。元々、この家は一つの家だったらしく、今過ごしているこの僕の家と、恋が住んでいる家は一つに繋がっていたのだ。
だから土地は元々は一つ。今は二つに分割して使っているだけだ。
そういうことだから危なくはない。
そして、恋が窓を開ける音が聞こえた瞬間に、愁と梨人は僕のベッドの下に隠れた。まあ、僕の周りには姉と妹がいるし、ベッドの下というベタな場所にエロ本を隠してはいなかった。
「……健闘を祈るぞ、凛」
「お、おう」
ベッドの下から右手でグッジョブと親指を立てて梨人がサインをくれた。
恋が僕の部屋に入ってきた。そして、僕の目の前にキョトンと座ると、下の方を向きながら『話があるんだ』と小声で僕に話した。
「な、なんだ?」
「……明日から、凛の家にドイツから幼馴染が引っ越してくるっていうの聞いた?」
僕は初耳だった。そんなこと、姉の口から聞いた覚えはない。もちろん妹の口からも聞いた覚えはない。本当に初耳だった。
「……しかしドイツか。なんていう名前なんだ?」
「エリザ。上の方の名前か下の方の名前かは覚えてないんだけど、聞いた話によるとそういう名前らしい。あと、エリザは凛、あんたの部屋で過ごすんだってよ」
「えええええええええええええっ!」
「たまげすぎだろ。でも、これはお父さんから聞いたことだから、きっと間違いではないんだと思う。お父さんも、何か隠しているようではなかったから、いい人なんじゃないかな? ……あ、だからってエロいことすんなよ?」
「だ、誰がするか!」
「でも私、凛が自分の机の中にライトノベル置いてある奥にエロ本置いてるの知ってるから。ちなみに、それは私が管理してるから」
「は? ……いや、なんでそれを知って……あ」
「バーカ。バレバレなんだよ、凛のエロ本の隠し場所なんか」
「うぐ……」
「でも、私は人の物を勝手に捨てたりはしないし、壊したりもしないから安心していいよ。ま、凛が見たいなら、私は見せてあげるし。それこそ、エリザちゃんに『エロ本』の存在知られたら嫌でしょ?」
僕は自分の大切な物(今回はエロ本)が他人に管理されることがこんなに苦だとは思いもしなかった。それこそ、持っていたエロ本が見られたということは、自分自身の性癖を知られたいうことでもある。
「確かに見られるのは嫌だ。が……お前、いいのか? 僕の見たらわかると思うがその、僕の持っているのは全部……」
「う、うん。見ちゃったっていうのはその……ね、言わなきゃいけないね。うん、見た。見ました。まさか七割が『女幼馴染との純愛物』とは……」
「気持ち悪い、だろ?」
もう僕は、恋に嫌われてしまったというのは知っていた。中学で告った時もこんな感じだった。でも、幼馴染同士の恋愛というのに憧れを持っていたのも事実だ。それこそ、初恋の相手と付き合えたら、なんていう思いも僕は持っている。
もう恋には絶交されても構わないと心を決め、恋に問う。
「……普通に、言ってくれ。本心を言ってくれ」
「ま、まあ、ああいう本は私的には持っていても悪くは無いとは思うよ? それに、幼馴染ものだとか、そういうジャンル的なことについても私は別にいいし、それこそ中学時代のことなんか忘れていいよ、ね?」
「恋……ありがと。僕のために……」
「……いいよ。ま、まあエリザちゃんに手出したら容赦しないけど」
「だろうな。エリザっていうのが一体どんな奴なのかわからないけど、恋の話を聞く限り女で可愛いんだろうな」
「そうそう。可愛いよ。茶髪と金髪の中間の髪の色だったけなあ。めっちゃ可愛い」
「楽しみだわ。……で、エロ本は何時読みに行けばいい?」
「エリザちゃんが居ない時に読むべきだね。お風呂入っている時とか」
「なるほど。じゃあ、そのころになったら、お前の家に入るわ」
「女の子の家に強引に入るなんて……何が起こるんでしょうかねぇ?」
「そういう言い方すんな。お前、一応魅力的だし、可愛いと思うから、そういうの気をつけろよ?」
「んなっ!」
所々、恋のことを褒め称える。恋との長年の付き合いを経て身につけた、僕なりの恋との会話術だ。
「ちなみに、話はそれで終わりか?」
「おうよ。終わりだ」
それを聞いて、ベッドの下から愁と梨人が出てきた。
「まさかお前、まだ恋の事諦めていなかったのか」
「ち、違っ……」
「恋と凛って何か似てる所あるよな。本当に夫婦って感じ」
「ふ、夫婦じゃねえし……」
愁と梨人は、自分の好きなようにコメントをした。ちらりと恋の方を見ると、照れているわけではなかったが、笑って本心を隠しているように見えた。
「さて。帰るか」
「だな。んじゃ最後に一言恋と凛に……」
愁と梨人は、少し間をおいて「リア充爆発しろ」と声を合わせて言った。元々、ネット関連に僕らは強いし、僕も恋も意味は分かっていたから、困ることなく笑った。
愁と梨人が先に窓から恋の部屋に向かった。その後、「おやすみ」と恋は僕に告げて、自分の部屋へ帰っていった。
僕は『エリザ』という幼馴染が新しく来ることを突然言われ、戸惑ったが、考えてみれば幼馴染はこれで僕含め五人になるのだ。そう思うと、うかれてしまって、寝ることが出来ずに僕は月を眺めていた。
時計を見ると、もう日付は変わっていた。