Target:Wind and forest fairy sylph, Ariel,Rina and Elisa/episode22
神戸大橋の欄干に手をかけ、彼女は大阪湾を見下ろす。その瞳は街路灯と神戸大橋の光、貿易船の運行による光で輝きを見せていた。
向かい風が北風となって彼女の髪をなでおろす。緑色の髪は大きく揺らされて、彼女が女であるということを再確認させてくれる。
「……君は、ここから何を見ているんだ」
「――風です」
彼女は僕の問いにそう答えた。しかし、その髪を揺らしてはいたがこちらを向くことはしなかった。けれど、彼女はどこかこう、隠している思いなんかがあるようで、僕にはそれがよく伝わってきた。
「風か。……どうだ、神戸の街の風は」
「港町とあって風は心地いいです。けれど、何かこの風には邪悪なものが含まれている気がしてならないのです」
「邪悪な……もの?」
「はい。邪悪なものです。……貴方にはもう、私のことを知られているんですよね。私が、シルフであるということ、四精霊だということ」
「ああ。君が精霊だということは知っているよ」
「それじゃあ、なんで私を殺さないのですか」
「君は、僕に殺されたいのか?」
「魔法少年は、魔族を、精霊を殺すのが仕事。私は先祖からそう聞いています」
「……確かにそういう考えのやつも居る。けれど、僕は違う」
「なんで、貴方は私を殺そうとはしないのですか」
「魔族とはいえ、君は喋ることが出来る。喋ることが出来ない魔族は、つまり聞くことの出来ない魔族。だから討伐するしか方法はない。……けれど、君は喋ること、聞くこと、それが出来るのだろう。なら、何故キミを殺す必要が有る? 『人間として生きなさい』とは言わない。けど、喋れる君達を殺す権利なんか僕にはない。だから僕は君を殺さない」
「……そうですか。それが……攻略というわけですか」
「なん……だと?」
「いえ。『それが、攻略だというわけですか』と私は言っただけです」
「な、なぜ攻略なんてこと……」
「私は四精霊の中の『風の精霊』です。名をシルフと言いますが、私は風に関しては様々な知識を持っているんです。秘密事なので言えませんが、私には今までの貴方、そして後ろにいる魔法少女2名、及び貴方の会話を全て聞くことが出来ます。……難しい話、失礼しました。簡単に話すならば……」
『――私は半径500メートル圏内の話し声、鳥などの動物の鳴き声、もちろん走行中のエンジン音も。全てを聞くことが出来ます』
それはとてつもない能力だった。軽く聖徳太子の能力を超えるだろう。10人もの口にしたことをしっかりと記録できるかは分からないが、もしできるようならば聖徳太子を軽く超える力を彼女は持っているはずだ。
「……凄い力なんだな」
「はい。けど、それ故に様々なことが有りました」
「それは例えばどういうことだ?」
「……言うことは出来ません」
「何故だ」
僕は強く聞く。ここで攻略成功させなければ、会長、エリザから褒めの言葉や、よくやった、などの声を聞くことはできなくなる。別に僕は会長やエリザのためにやっているわけではないが、それでもやはり褒めの言葉を頂いてこそ、自分へのご褒美が初めて与えられるんだと考える。
「……私と貴方は主人と悪魔の関係では有りません。そのような方に、私の秘密事を話すのは、おかしなことだと私は考えます」
「……それなら、僕の悪魔になれ」
「それはできません。私は、風の精霊として影を隠さなければいけません」
「な、なぜだ」
「精霊は死んだ亡霊のようなものです。そんな亡霊に、貴方は表舞台に立てと仰られるのですか」
「……そ、そんなの」
「具体的な理由をもった反論が有りませんので、私の意見に貴方は反論できないとみなしますが、よろしいですね?」
「ま、待ってくれ」
「どうしましたか」
「……僕は精霊がイコール亡霊だと初めて知った。だから反論など出来ないこということが普通なんじゃないのか。人は皆、最初から完璧ではないんだ」
「それは精霊も同じです。皆完璧ではありません」
「ならなんで勝手に話をすすめるんだ」
「――私は貴方に尽くすこと、奉仕することができないと判断したからです」
「なぜ、なぜ、なぜだ?」
「貴方は精霊を2体も所持しています。なのに、貴方はその精霊から、いえ亡霊から何一つ話を聞いていないのですか。それでも主人ですか」
「う……」
「精霊を攻略して自分の仲間にするなんて言語道断なんですよ。自分自身の甘さに気がついたら、直ぐに帰って下さい。私はここにいますから」
彼女は一切振り向くことがなかった。そして、「さようなら」と言って、風にのってその姿を何処かに隠した。
「……攻略ってこんなに難しいものだったか?」
自分自身の弱さを痛感した。手を差し伸べて、「待て」と一言でも言えなかった自分が憎いし、彼女を自分の悪魔に出来なかったことも当然憎い。悔しさ、憎らしさ、自分自身の弱さ。マイナス面のものだけを僕は感じた。
「――精霊だって魔族だ。シルフも言っていただろう。精霊は亡霊なんだと。そして、悪魔にしようなんて言語道断なんだと」
「それくらい、さっき聞いていれば分かりますよ。……けど、シルフは全然僕の方を向いてくれなかった。きっと、何か重い思いを持っているんだと思うんです。それを解決すれば、彼女はきっと僕の悪魔になるはずです」
「そうか。……だが、私はそんな下らない話には付き合っていられない。だから、あの精霊を見つけ出して……殺す」
「やめて下さい、会長!」
「問答無用だ。私の友人にひどい思いをさせた魔族を許しておく訳にはいかない」
「……会長、本当にやめて下さい」
「いいんだ。私がやらなくちゃ、君はどうせやらないのだろう?」
「僕がやります。攻略して、あの魔族を……」
その時、僕の右頬を強い痛みが、激痛が襲った。
「会長……?」
「ゲームとリアルを混同するんじゃないよ……。何が攻略だ。何が精霊だ。何が亡霊だ。何が憎らしいだ。……ゲームの話とリアルの話は違うんだ。高校3年生にもなって、お前にはそんなことすらわからないのか。ゲームばかりしているから、貴様のようなクズが生まれるんだ。……身の程を知れ」
会長はとても険しい表情で僕の方をにらみ、そして台詞を言い終わった後に僕の右頬を更に強く叩いた。そして、会長はやりきった感じを出して顔を下に向け、その場を去ろうとした。しかし、去ろうとする会長に僕は一言声をかけた。
「何が身の程を知れだ。……所詮は結果といいたいんですか。所詮は『終わりよければすべてよし』と言うんですか。……会長がそんな人だなんて思いもしませんでした」
「凛、貴様は私を怒らせた。私は貴様を……斬る」
「所詮は格好つけているだけで本当に斬ることはないのが会長……で……す……よ……ね……?」
僕は言葉を失った。魔法少年としての服装の一部が剥がれ落ちた。そして、その部分から鋭い刀の刃が僕の皮膚を通りぬけ、体に回る血を吹き出させる。その血は、僕の身体を赤く染め上げていき、事態がどれほど深刻であるかが見て取れる。
「あはは、あはは……あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
突如として会長の病みスイッチが入った。会長は、鋭い刀の刃に僕の血が付いているのを見ると、満面の笑みを浮かべそして魔法陣を描いて自身の悪魔に僕への攻撃を指示した。
「……貴様は私を怒らせた。罪は重い」
「や、やめてくれ……やめてくれ……」
「所詮は負け犬の遠吠えなんだよ。貴様のような、ゲーム脳のクズに私の仲間として魔法少年の服装をさせるなんて、本当に馬鹿げていたわけだ、私は。ああ、君のようなクズになんて幸せな時間を与えてあげたんだろうか」
「会長、本当にやめてくれ……頼む、頼むから……」
「それなら逃げればいいじゃん。……なんで逃げないの?」
「逃げられないんだよ。ここは結界が有る。どこへ逃げろと言うんだ」
「破って外へ出ればいいじゃないか。簡単なことだろう。……そうなったら、シルフは私が殺すけどね」
「そんなこと、させません……」
「そう。ならいいや。じゃあ、君を殺して私の経験値になってもらうね」
「え……」
「さようなら」
『そうは……させない!』
「だ、誰だ!」
正義のヒーロー的な登場の仕方をしたのは、紫色の炎に包まれたエリザだった。外から見ると、髪だけはまだ茶髪で、紫とはあっていないようにも見える。しかしながら、エリザは僕への攻撃を自身のハンマーで止めた。
「ハンマー……だと?」
エリザは右手にハンマーを、左手に斧を持ち、髪の毛を風になびかせていた。それはまるで、先ほどのシルフのようだった。
エリザは右手に構えたハンマーを高く振り上げ、とてつもないの速さでそれを会長の刀に振り下ろした。そして、次の瞬間、その刀は一瞬にしてドロドロに溶け、そして砕け散っていった。
「―――嘘だろ?」
「嘘じゃないです。会長、ゲームとリアルは混同させるなといっていましたね。それは、半分正解で半分不正解です。確かに、ゲームで起こることがリアル世界でも起こるかというと、それは違うかもしれません。しかし、リアルで起きたことがゲームで起きたことと同じだということもあるんです。……エロゲをやったことのない会長にはわからないでしょうが、私はダーリン、いや凛に教えてもらいました。エロゲへの抵抗感なんてストーリーの出来の良さで吹き飛ぶんですよ。所詮はギャルゲの延長線。……会長、何も見ていないのにバカにしないでくださいよ。そういう人こそ、屑なんじゃないですか?」
「わ、私は……クズではない……」
「いい加減認めてくださいよ。私のダーリンを、傷つけたのに」
「……それは」
「頭に血が上ったから斬った? そんなのが通用するとでも思っているんですかね。仮にも貴方、生徒会長でしょう? そんな常識的なものもわからないんですか。傷つけることで、全てが解決するとでも思うんですか?」
「……」
「確かに傷つけなければ解決しない問題も有りますが、ほとんどの問題は傷つける必要はないんですよ。例え、時間が少なくたって、傷つけずにやり遂げた時に味わう感覚は、悪く無いでしょう。傷つけてやり遂げたときは、相手を思って、ついつい悪い感覚に陥るでしょう。……日本人ならそれが普通なんですよ」
「……」
「論破ですか。負け犬は消えて下さい」
「や、やめてくれ。なんで私が……」
「殺しはしません。気絶させるだけです」
エリザは会長の頭をハンマーで叩いて、その場に倒れさせて気絶させた。会長の頭からは一切の血が流れてはいなかった。斧でやっていれば、確実に会長は血を流して死んでいただろう。
「邪魔者は消えた。……さ、ダーリン、攻略始めようか! ……あ、会長さん悪魔にできるんであれば、ダーリンの悪魔にしちゃいなよ」
「それは無理だってばきっと」
「えー。……ま、良かったね。あの会長さんは狂気じみていて本当に怖かったけど、二度と見たくないね、あんな会長さん。……さて、シルフはどこ?」
「話飛び過ぎじゃないか? ……うーん。風で消えていったからなあ。ここにいますと言っておきながら、神戸大橋にはいないし。何処行ったんだろうな」
「さあね。けど、近くにはいるんと思うけどね」
「そうか。まあでも、会長気絶したし、取り敢えず回復させてあげるか」
「いいの? でも、どうやって回復させるの?」
「オールジュエル……あ」
「どうした?」
「ないわ。……レヴィアタンがこの時間になると来るんだけど、オールジュエルは一体のモンスターを初めて倒した時にしか貰えない貴重なやつでね」
「じゃあ、今無いのか」
「ああ。……回復させれる悪魔とかいればなあ……」
と、その時エリザが僕の左手に魔法陣を描き、『集合』と叫んだ。当然、ニュクス達が僕の周りに集まってきた。そして、エリザはニュクスらに聞いた。
「精霊の中で、魔族を回復させられる力を持っている精霊って誰?」
「シルフですね」
「シルフです」
「シルフじゃないかな」
皆シルフと答えた。ニュクスは更に助言を加えた。それによれば、シルフ以外の精霊は、シルフ以上の強い回復スキル的なものを持っていないようだ。また、気絶となると、強い回復スキルが必要らしく、自ずと次の僕のやらなければいけない課題が浮かび上がってきた。
「ということは、シルフを攻略しなければ……」
「会長は気絶から回復しないというわけか」
「はい、そういうことです、ご主人様」
そうして、僕とエリザは神戸大橋の周りでシルフ探しを始めた。けれど、そう簡単に精霊が見つかるはずもなかった。




