Target:Ren_part04/episode15
「お帰り。……おい」
「なんだ?」
僕は家に戻って、恋から買ってもらったエロゲを受取った。帰り道、電車内で寝てしまったエリザを運ぶのには疲れた。まあ、いろいろな意味でだ。
そして、正午も過ぎて、今はもう昼の1時。平日なら昼ドラでもやってる時間帯なわけだが、今日は土曜日。そういう訳ではない。
寝てしまったエリザを僕の部屋に運び、僕のベッドの上に寝かせた。かけ布団は僕の制服を使ってあげた。なにせ、掛け布団が姉ちゃんによって干されていたわけだからな。そりゃあ、それを使ってまで使おうとは思わない。
そんなこんなで、午前は終わった。
そして今。リビングで姉ちゃんとバッタリ会った。右方向には執事服を着た恋の姿が見える。何か問いただされるのだろうか。
「……執事服なんか着せて、お前はそういう趣味か?」
そんなこと聞かれた。要は、僕の性癖を晒せというのか。この姉、なんて酷い姉なんだ。大学生のくせに、エロいことに関しては凄いオープンな姉だ。当然、美化されるような姉でもない。でも、黒ギャルみたいに、ビッチ臭がするわけでもない。姉ちゃんが処女なのか分からないが(聞く気も起きないが)、姉ちゃんは普通の女の人、って感じだ。
ただ、姉ちゃんは姉ちゃんだけあって、人をまとめるのが何気に得意だ。ま、ゴリ押しで通そうとすることもたまにあるわけだが。
「おい、凛。なんでそこでシカトするのだ。姉ちゃんの話を聞け」
「悪い。で、姉ちゃんは僕の性癖を知りたいと?」
「……いや、それは聞いていない。てか、そんなん聞く必要もないだろう。私はそういう性的なことに若干オープンな感じをとっているが、人の性癖を聞くなどということは無いぞ。私はそういう人間だ」
「そうかなあ……。あ、そうそう。アニメイトに美来が居たよ」
「あいつ、部活で遠征じゃないのか?」
「いや、福岡で雨降りだしたらしくてねえ……」
「ははあ……。分かった。もしかしたら、今日の夜辺りから雨降りだすかもな」
「ありえるありえる」
「そして凛。話題を戻そう。なんで執事服を恋が着ている?」
「……」
僕は黙った。別に「喋ろ」と言われれば喋る。しかし、そう簡単に「僕がやれと指示した」なんて言えるわけがない。それこそ、僕が言ったみたいに性癖晒しみたいなものだ。そんなことされたら、エロ本を土の中に埋めてしまうくらい気が動転するだろう。
「話せ」
威圧的だ。僕の首を自分の顔の方に近づける。首が強制的に、姉ちゃんの力で上を向くので、そこが痛む。
「い、いや、あれは僕の指示で……」
「ああ、そうか。だから執事服を着ているのか」
「姉ちゃん、まさかそれで納得したの?」
「ああ。私は別に、凛と恋の恋愛に加担する気はない。人の恋愛を脇から見ているのが、弟の恋愛を側から見ているのが、それが姉の仕事なんじゃないかなってね」
「ぶわっ……」
「なんか顔文字来そうだなおい。まあいい。そういうわけだ。私は飯が出来上がるまで部屋にいよう……。いや、恋ちゃん。作ったらその昼ごはん私の部屋まで持ってきてくれないかな?」
「あ、は、はい……」
菜箸を持ったまま、恋はくるりと姉ちゃんの方を向き、ニコリ、と笑顔を見せた。恋はエプロン姿で、結構可愛かった。……おいおい何考えてんだ僕は。
リビングを後にし、姉ちゃんは自分の部屋へ戻っていった。
「なあ、恋。一体何作っているんだ?」
「フライドポテト。ま、昼飯のおつまみみたいな感じで食えばいいかなあ、なんて。あ、今のってやっぱり敬語で言うべきかな?」
「ああ。敬語で、そして白手袋を渡すから、これも着用な」
「うぐ……。ま、まあでも、今日一日は凛のし、執事だもんね……」
「そうそう。あ、お前眼鏡くもってるぞ」
白くレンズが覆われていた。恋の顔を見ると、汗が出ていた。男の汗は「情熱」的なもに捉えられるが、女の汗ってあんまりいい印象受けない気がする。むしろ、エロ漫画とかで「汗の臭がするよ、ハアハア」的な台詞に出るくらいだ。
「眼鏡拭きは……?」
「ほい。僕のハンカチ。あ、まだ使ってないからな? 未使用品だから、お前にやる。ハンカチなんて家にいくらでもあるし、簡単に買えるからな」
「で、ですね……。じゃ、じゃあそのハンカチを早くボクに……」
「わかった。ほい」
僕はメガネ拭きではなく、ハンカチを恋に渡した。メガネを拭いて、曇っていたレンズは白さをなくした。
「じゃあこれ白手袋な」
「料理に手袋はちょっとありえないんじゃないですかね、凛様?」
「それも執事の仕事だから仕方がないよね?」
「そ、そうやってボクを虐めるのは良くないですよ?」
そうだ。この執事は『恋』だ。あの柔道家の恋だ。非常に強烈なキック、及びパンチが特徴の言わば、『怪物』だ。それこそ、『怪物を狩る人』を、『モンスターハンター』と言うのなら、恋と闘う人は『暴力女を狩る人』、つまり『ヴァイアランスガール・ハンター』とでも言おうか。
別に恋は暴力をいつも振ってくるわけではない。ただ、僕も梨人も愁も、恋の柔道での強さ、喧嘩での強さを知っているので、中々手出しせず、『暴力女』と呼んでいるだけなのだ。クラスの中では、むしろ暴力することはない。だから、中学校時代のその汚名は消された。
「そうだな。だが、お前が執事だと僕のボディガードは完璧だな」
「ボディガード……。いや、凛様にはいらないんじゃないでしょうか」
「そうかなあ。ま、それならそれでいいが。で、フライドポテトどうだ?」
くるりと恋が後ろを向いた。その瞬間、恋は大きな声で叫んだ。
「うわあああああああああああっ! 焦げたあああああああああああっ!」
五月蝿い。焦げたからってはしゃぐ問題じゃないだろう。
「すみません、凛様。焦がしてしまいました」
「じゃあ恋、土下座な」
「う、うう……」
恋は、そのまま、火を止め、菜箸を近くの棚の近くにおいた。そして、膝を崩して、土下座の体勢をとった。が、恋は頭を下げる前に僕に一言言った。
「え、えと。その、頭を足でなんたらかんたらとかはやめてね?」
「いやいや。そんなゲスな男じゃないよ僕は」
「ほ、本当ですか……凛様……?」
上目遣いで見上げる恋。この構図、遠くから見ていれば、僕が恋をいじめているようにしか見えないだろう。しかし、僕にその気はない。僕が恋を虐めるはずがない。『イジる』と『虐める』のは違うのだ。
「じゃ、じゃあ、ごめん……なさい……」
渋々と頭を下げる恋。僕は、そこにしゃがんで、恋の頭をなでた。
「……え?」
「ありがとな、恋。どうせこんなこと、嫌に決まってるのにな。エロゲ買わせるのだって、僕が一方的に言ったのに、それをそのまましてくれるし。もしかして、僕に対してその気があるのかな、なんて思いそうになったじゃんか。つか、お前本当執事服着てると女か男か判別つかなくなるよな」
「……凛様がメイド服着たら今度は女かと思ってしまうんじゃないですか?」
「僕が女々しいってか。それエリザにも言われたんだよな……」
「凛様は女々しいですから。特に顔が」
「……お前、今日一日執事なんだよな……? ということは、お前の事は僕が一方的に支配できるんだよな? じゃあ、なんでそんなこと言えるのかな? かな? かな?」
「やめてください。『かな?』って連続で言うと、『ひ●らし』を思い出してしまいます。ここでパロディネタはおかしいですよ」
「そうかな。あはは。でも、そういうツッコミは何時もの方がいいかもな」
「つまり、敬語でツッコミはおかしい、と?」
「ああ。大正解だ。じゃあ、引き続き料理をしてくれ」
「でも焦げちゃって……」
「マジかよ。じゃあ……僕が作る」
「いや、凛ってそういう設定だっけ? 料理作れないよ……みたいな男の子キャラだったよね? あれ? なにこれバグ?」
「おい、敬語じゃなくなってんぞ。つか、いつ僕が『料理作れない』と言った? いや、言い方を変える。『いつからそうだと錯覚していた?』」
「……り、凛様! でも料理は執事が作るもんなんじゃ……」
「だから、僕は今、執事であるお前を助けてやろうとしてんの。レディーファースト。お前も女なんだろ。柔道しているくせに、所々ドジで。……幼馴染ってのは、ご近所に住んでる奴らを指すんだろ。じゃあ、助け合わなくてどうするんだよバーカ。……さて、ご飯あるか?」
「う、うん。結構あります。……朝食べなかったんですか?」
「ああ。姉ちゃんは朝はまだ寝ていたからな。食べたのは僕とエリザだけ。しかも、カップラーメンを食ったからね。ご飯が残っていたとは思いもしなかったよ。じゃあ、そのご飯で炒飯作るか」
「お。男の料理ってもんですか、凛様!」
「ま、簡単にいえばそうだな。作れる料理のレパートリーと言ったら、それほど多くはないが、出来る限りの美味しさを追求するよ」
僕はそう言うと、恋の付けていたエプロンを借り、手を丁寧に洗った。そして、エプロンを着用し、フライパンの中の焦げたフライドポテトを取り出した。
棚から、もう一つのフライパンを出し、僕は冷蔵庫の中にあったベーコンを取り出した。そして、そのベーコンを包丁で適当な大きさに切った。
「ベーコン使うんだ……」
「まあ、肉が冷蔵庫の中にあれば、それ使う主義だからね。無ければ魚肉ソーセージでもいけるし。スーパー行けば買い物できるし。しかも安いし」
「主夫じゃないですか。でもなぜそこまで分かっているのに、いつも自分で料理作らないんですか?」
「面倒くさいのが一つ。ま、『技術面ではそれなりにあるんだから……』っって家庭科の先生に言われたこともあるがな。そういうのも優秀な人間のもとになってるわけよ。ま、お前に言う言葉を選ぶとすれば、『あなたとは違うんです』って感じかな」
「それって、日本の元首相F氏の言った名言ですよね……」
「ああ。そうだ。名言だよ。『あなたとは違うんです』っていうのは」
「もう……。じゃ、早く作って下さい、凛様」
「おい。執事がそんなこと言っちゃ駄目だろ。ま、言ってもいいけど」
「どっちなんですか!」
「言ってもいいっての。はあ。飯作るのも何か面倒くなるな、話していると」
「ひ、昼飯抜きなんて認めませんよ?」
「執事なんだから、主人の言うことに従順なのが普通なんじゃないかな」
「くっ……。そんなこと……」
「執事といえば、お金がもらえるだけで、やってることは殆ど奴隷と変わらんだろう。それこそ男装執事なんて、そうそう居ないしね……」
「あ、そうだ。お金って貰えるんですか?」
「ふっ。くれてやろう。何円がいい?」
「100万円……」
「ああいい……って、そんな大金あるか!」
「じゃ、じゃあ5000円は……?」
「5000か。ああいいぞ。ただ、しっかりしろよ、今日一日」
「何すればいいかわからないけど……。で、でも、だからって、えっちいことは駄目だよ? そんなことしたら、即効辞めるからね?」
「はいはい。うーし。じゃあ、お前もちょっと運ぶかな」
「ど、どこに運ぶの!?」
「いや。別に『どこ』に運びはしない。お前をおんぶしたいから、してみるだけだ。それとも、高い高いってされたいか?」
「そんな子どもじみたことされて嬉しくなるわけ無いだろバカ凛!」
「だから、敬語使えよ。……ああもう、これすらいうの嫌になったわ。もういい。敬語使うのが無理ならいつものお前でいい。ただ、従順になれよ?」
僕はギロっと恋の方を見た。ビクビク震えている。柔道しているなら、動じない、力強さがあってもいい気がするのだが、それではやっぱり女の子らしさに掛けるか。やっぱり力強くないほうがいいかもしれない。それが『ギャップ萌え』に繋がるんだろうな。
勝手な想像。行き過ぎた妄想に悩まされる僕。ああ、本当に僕は何故何時もこういう風に、話をどんどん変な方向に持って行ってしまうのだろうか。
「じゅ、従順になります……。だから、その、敬語やめていい?」
「わかった。敬語じゃないほうが恋らしいし。さてと、昼飯作るか」
「じゃあ、凛頼むよ!」
「おっすー。そのほうがやっぱりお前らしいわ」
そう言った時の恋の顔は火照っていた。とっても可愛かった。……僕って勝ち組なのかな、って思ってしまうくらいだった。二次元以外はクソだと思っていた頃の自分もいた。しかし、今思えばここはハーレムじゃないか。
しかし、そう簡単に攻略は行かない。なぜなら、誰しも一つ以上トラウマを持っているからだ。そう、トラウマがその人自身の自制心を脅かし、時に狂気を持って殺しに来るかもしれない。そういうことが起こりうるのが現代社会なのだ。
たとえ『マイエンジェル』と言っていても、いつかその言葉は『天使』ではなく『堕天使』という言葉に変わるだろう。
何を言っているんだろうか。そんなフラグみたいなもの、立ててどうする。
***
僕は炒飯を作り終えた時、ため息を付いていた。
自分で作った炒飯は消して不味くなかった。姉ちゃん、エリザ、恋からも決して不評ではなかった。しかし、ため息を付いていた。それは不評があるなしに関わることではなかった。
僕のあの行き過ぎた考えを僕はまだ引っ張っていたのだ。
***
昼飯を摂った後、僕は食器類をかたし、リビングで寛いでいた。エリザはまた寝ると言い出し、結局僕の部屋で寝た。姉ちゃんも自室に戻った。寝たのかどうかはわからない。そして恋も、エリザ同様寝た。疲れたらしい。あれくらいで疲れるっていうのもなあ……、と思いながら、エリザの寝顔を見て、エリザの頬をツンツンする僕がいる。
が、そんな土曜1時を満喫していた僕に、一本の連絡が入った。それは電話ではなくメールだった。そして、そこに書かれていたメールは以下のとおりだった。
『トラウマと鬱が交差する時、人の理性は崩壊する――――。
君に一つ、言わなければならないことが有る。
本日、三○○○《みいまるまるまる》に、神戸市北東六甲山付近に、魔法少年の姿で来たまえ。君に大切な話がある。秘密の暗号は「FR1MJ9A」だ。
それまで私は待っている。トラウマと鬱が交差する時に起こる悲劇を君はまだ知らない。そう、あの日見たトラウマを君はまだ知らないのだ。
神戸の六甲山で待つ。話はそれからだ―――』
不可解なメールを受け取った僕は、そのメールの特徴に気づく。
「あれ……。消せない……?」
そのメールは―――
####このメールデータは破損しているため、読めません####
―――もう、閲覧ができなくなっていた。




