90話 状況・手紙
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「教えていただけますね?」
昨日とは違い喉の掠れはほとんど取れていた。
夜明けとともに入ってきたナタリアに向けて声を掛けるが、返ってきたのは別の言葉だった。
「起きてたのね。では朝ご飯にしましょう。すぐに持ってくるわ。」
メイとしては、今まで寝ていた分、全く眠たくなかったのでなかなかに長い夜ではあったので、すぐにでも聞きたかったが、体が満足に動かない上に無理強いして聞こうとしても簡単に逃れられてしまうので、相手の意見に従わざるを得ない今の状況に歯噛みする。
(とりあえずは体が動くようにすること………これは恐らく長く眠っていたので、体が硬直しているせいでしょう。ゆっくりと慣らしながら動かせばすぐに回復するはずです。)
ナタリアの持ってきた食事を食べて、さあ聞きますよとといった態度を取ると、ナタリアも諦めたのか、懐から手紙を取り出してメイに渡してきた。
「とりあえずそれを読みなさい。恐らく……クロスが書いたものよ。」
メイはクロウでは?とも思ったが、とりあえず大人しく貰った手紙を読むことにした。
手紙は殴り書きのような物で、紙も事務に使われていそうな物だった。
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メイを連れてゼーロー村へ行き養生しろ
500万リラは二人で分けろ
体が戻ったら好きにしろ
ただしクロスは死んだ
証拠はカードを見ればわかる
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手紙はそれだけで終わっており特に二枚目があるわけでもなかった。
とりあえず自身のカードを確認してみる。
メイ
ランク 1
魔法力 400/400
筋力 22
魔力 風10/水10
速度 30
状態 普通
金銭 0リラ
状態欄については自分で見えなくすることが出来る為、今まで言われて消していた部分を出そうとするが出てこなかった。
「そんな………どうして………。」
しばらく試して全く出てこないことに絶望する。
カードの従者などの契約は、双方の合意が無ければ消すことは出来ない。
それが可能になる条件は、どちらかの死によってのみだ。
顔から血の気が引いていくのが分かる。
「しっかりなさい!クロスはたぶん死んでないわ!」
ナタリアがメイを励ますべく声を掛けるがほとんど耳に入らない。
その時にパシッ!………と音と共に、顔に衝撃を受けてメイは落ち込んで行っていた意識を浮上させる。
「世話が焼けるわね。クロスは死んでいないわ。その手紙を書いたのは誰?わざわざゼーロー村を指示しているしシュトラウスでのことを知っている。それに500万なんて大金を簡単に渡すなんて人物は今のところ私たちには一人しか心当たりがないはずよ。」
ナタリアの言葉に考え直す。
簡単に死ぬ人物ではなく、かなりの強さを持っていることを……。
「ナタリア。先ほどからクロスと言ってますがクロウでは?」
とりあえず間違いと、自分を色々と納得させるためにナタリアの言葉を指摘する。
「は?(もしかしてまだ記憶が戻ってないのかしら……?そういえば昔クロウと名乗っていたって言ってたわね……。そこまで記憶が戻っているとなると思い出さない方がまだいいのかしら……?)」
なにやらナタリアは、ブツブツと小声で何かを言っていたが、メイにはほとんど聞き取ることが出来なかった。
「何か間違っていましたか?」
「いえ。何でもないわ。とりあえずこれだけは訂正させてもらうわ。クロウは偽名で本名はクロスよ。」
「え……。」
「今あなたは自分に何が起こったか分からないと思う。出来るなら思い出さない方がいいわ。私が現状で言えるのはこれだけね。」
「昨日説明すると言いませんでしたか?」
「現状なら説明するわ。今はゼーロー村のクロスと私たちが住んでいた家に居るところ。見たことあるでしょ?あなたの部屋よ。次にあなたの体だけど、魔法で大体の治療はしたのだけど、大怪我だったからしばらくはまともに動けないはずよ。あなたも知ってるでしょうけど回復魔法はあくまでその人の治癒を加速させたもの。栄養の取れない状態のあなたでは、これ以上は無理ということで途中からは自然治癒に任せていたわ。それと手紙にも書いてあったと思うけどクロスとの契約は切れてるわ。そしてここにクロスはいない。ちなみにクロスの居場所は知らないわ。他に聞きたいことはある?」
ナタリアは、メイが説明を求めると一気に言い切ってしまった。
「ではクロス様を私は探しに出ます。」
昨日からはだいぶマシとはいえ体が鈍いことには変わりはない。
回復させるのにだいぶ体力を削られてしまったようだ。
なんとかベッドの端へ座ると勢いをつけて一気に立ち上がった。
メイは足に力が入らずプルプルと脚を震わせてその場に立つ。
まともに歩くことが出来そうになかった。
「自分の状態が分かったかしら?分かったらさっさと回復させなさい。まずは鍛えるわよ。」
「えっ?」
ナタリアが何を言っているのかわからなかった。
鍛えると言っても、体力が無くなっただけでメイドとしての技能や経験はそんな簡単に失われるわけでは無いので、なにを鍛えるのかメイにはわからなかった。
「今回のようなことに陥った一因はあなたにあるわ。早い話があなたがクロスの足を引っ張ったと言っても間違いない。今度会う時の為にも足手まといにはなりたくないでしょう?」
ナタリアの言葉にメイは愕然とする。
「まさか………私が原因なのですか……?」
「まあ…あなたが弱かったのが原因ね。でも安心しなさい。この村にはランク5の女性が居るのだから。しかも現役を引退していても確実にわたしたちよりも強いわ。いちから鍛えてもらいましょう。」
ナタリアの言葉にメイは頷くと共に決心する。
「クロス様の足手まといにはなりません!」
「そのいきよ。まずは体を元に戻しなさい。治ったらすぐに鍛えてもらうわよ。話は既に通してあるんだから。」
「わかりました。」
メイはベッドへと戻り体を休め、その間に魔法の練習を行うことにした。
「水はその桶の中に入っているわ。風は……窓を開けておくわね。」
メイの姿を確認してナタリアは窓を開ける。
窓を開けると気持ちの良い風が入ってきた。
「さて。絶対追いついて見せるわ。」
「ええ。もちろんです!」
こうして二人の女パーティーが結成された。
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メイには渡さなかったが、クロスは2枚手紙を残していた。
もう1枚にはクロスの事を忘れることを、手紙の冒頭にまたしても書いてあり、しつこい!と怒りを感じたものだ。
その手紙にはこれから行うことが簡潔に書いてあった。
(手紙配達の依頼の行先は王都、次にバルトね。お金を私たちに500万リラ渡したことから今は100万リラも持ってないはず。ということはお金を稼ぐためにもあの時話題に出した武闘祭に参加することだろう。そこから考えると日数的には二十日しかない。………とりあえず武闘祭は諦めるしかないわね。その後に行きそうなところは………。)
ナタリアは思考を積み重ねる。
メイが寝ている間に、ナタリアはクロスの母親であるノーラから鍛錬を受けていた。
ノーラが働いている間は、彼女は手が空いてしまうので、依頼やこうやってクロスの足取りの考察を行うことに費やしていた。
(早く良くなりなさいよ………。そうすればどちらかがノーラの代わりに働いて鍛えることが出来るのだから。)
色々と考えているナタリアであった。
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