85話 世間話・襲撃
「自己紹介がまだだったね。僕はスワードと言う。良ければ君の名前を教えてくれないか?」
スワードはそう言うと、クロスの実力を窺うように見つめてくる。
「クロスだ。…特に馴れ親しむつもりはない。」
会話を終わらせて、ゆっくりとしたいところだったが、そんなことはお構いなしとばかりに話してくる。
「奇遇だね。僕も他の人と馴れ合うつもりはないんだ。」
話しかけて置いて、一体何を言ってるんだと思っていたら、それを察したのか更に言葉を続けた。
「他の人と言ったんだよ。君は含まれてはいない。」
なるほど…と思うとともに、こちらの言ったことが伝わっていないことがよく分かった。
「そちらはそうかもしれないが、こちらはあんたのことも含んで言ったんだ。」
突き放して伝えるが、そんなことは気にしないと言わんばかりに話しかけてくる。
「そう言わずに話し相手をしてくれたまえ。…君は、護衛依頼は何回くらいこなしてるんだい?僕はこの依頼主の護衛を主に受けていてね。他の護衛依頼と違って飯は出るし、町に着いたら宿も手配してくれる。まあ宿と言っても安宿だがね。その代わりに交代で荷を見ないと行けないし、パルヒム氏の部屋の扉前での立ち番はなかなかしんどいものがあるが、屋内な分マシだと思うんだよね。君は外と中どちらが好きなんだい?おっとこの質問だと、誤解を招きそうだ。決して下の話ではないよ。勘違いしないでくれ。だが君の若さならこういった話の方が好きかな?そう言えば、君と一緒にいる子とはどんな関係だい?僕の予想だと妹と睨んでいる。何故かって?それは僕にも妹がいるからさ。たまにどじなところが、そこがまた良いところだね。その妹だが、なんと!あのお姫様と親友なのだよ。これは自慢しても良いことだと思っているよ。やはり、あの素直な性格が気に入られた理由だろうね。少し敬語で話す癖があるが、そこを気にしなければ、とても親しみ易い子でね。…」
その後も延々と喋り続け、結局交代時間までそれは続いた。
その間、クロスは仕方なく神経を集中し、見張りを行う。
「おっと。…もうこんな時間か。長々と付き合わせて悪かったね。ではまた朝にでも。」
そう言うと男は、荷台に掛けていた袋から毛布を取り出して、寝ている冒険者を起こし、自分はあっさりと寝てしまった。
(少し殺意が沸くな…。)
話している間、獣などの襲撃が無かったから良かったものの、そこで更に足手まといであれば、容赦するつもりはなかった。
見た感じはおっさんなのに、喋り方や1人称が僕というのには驚いた。
運動は出来そうだが、戦闘が出来そうには到底思えない。
しかし、ランク5であり、護衛依頼を何度も受けたと言っていたことから、魔法の才能があるのだろうと思い直す。
(あの男の言い分を信じるなら…だけどな。)
どちらにしても、クロスは誰も信用していないので関係ないか…と思い、見張りを行うのだった。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
結局この日は何事もなく、また獣が襲ってくることもなかった。
まあこれだけの人数が居れば、簡単には襲われないだろう。
夜明け前になったので、テント内にて寝ていたアリスを起こし、雨除けシーツと毛布を魔法にて収納する。
その後、無属性魔法にてテントだったものを土へと戻してから、寝ている冒険者を起こすことにした。
ただ、年長の冒険者…スワードは、何を考えていたのか、起こす際に抱きつこうとしてきたのだ。
全くそんな趣味は無かったので、軽くバックステップで回避し、今度は近くの棒でつつき起こした。
(こんなことで護衛依頼など務まるのだろうか…。)
それから依頼主であるパルヒムを起こして朝食を貰う。
確かに食事が出るのはいいが、毎回同じ物というのは飽きてきそうな気がする。
(アリスに食べさせて、自分が持ってきた物を食べるのもいいかもしれない。)
朝食を取り終わり、またひたすら移動を始める。
今まで草原のようは場所だったが、次第に林の中へと入っていく。
今までは見晴らしがよく、警戒も楽だったが、ここからは遮蔽物が多くなりそうなので気を引き締め直す。
周りが明るくなり、視界が確保出来てくる。
林と思っていたが、林ではなく森だった。
道の上部は日を遮る物が無いため明るくて良いが、少し道から外れると草木の生い茂る森の中である。
その森の中で昼食を取ることになった。
この時、食糧を貰った際に森の中から殺気に似た視線を感じたので、隊列の一番後ろに戻り、アリスに食糧を渡してから時を止めた。
少しでも違和感を感じたのであれば、確認しておいた方がいいだろうと思い、視線を感じた方へと進み出す。
視線を感じた先に居たのは、ハンドモンキー…人の食糧などを奪うランク2程度の獣だった。
ただし、群であったためか、結構な数が木の上に居るのが分かる。
(殺気………視線はこいつらか…?かなり腹が減っているようだな…。しかしなぜ森の中で食糧集めをしないんだ?)
ハンドモンキーは食糧などを奪うことで知られてはいるが、それは単独行動をするようなものに限り、こういった群れで移動する場合は、餌場を数箇所持っているので、人を襲うことは滅多にない。
(まあこの程度なら、襲ってきた段階で返り討ちにすればいいか。)
違和感の正体も突き止めたので、元居た位置に戻り時を戻す。
「アリス。ハンドモンキーが襲ってくるかもしれないから用心しておけ。」
「わふぁっふぁ。」
食べながらであったためか、はっきり発音出来ていない。
一応警告するべく、他の護衛にも伝えたが、半分くらいは信じていなかった。
(信じる信じないはそいつの勝手だしな。後で難癖付けられるよりはマシだろう。)
クロスが隊列の一番後ろに戻ったときに、森の中の気配が動くのが分かった。
「さて、アリス自分の身は自分で守るんだ。とりあえずこれを渡しておく。」
アリスに短剣を渡してから、積み荷と依頼主を護るべく中央付近へ移動する。
移動が完了した瞬間にそれは起こった。
食糧を持っていた人に向けてハンドモンキーが襲いかかったのである。
身体強化を施し、依頼主…パルヒムに襲いかかったやつを軽く追い払う。
パルヒムは、ハンドモンキーが木の上から襲いかかってきたことで一瞬目を閉じ、衝撃が無いことを不思議に思い、目を開けると、目の前にクロスが居たことに驚きを露わにしていた。
どうやら、人を襲うのは陽動のようで、最初の襲撃以降護衛の攻撃範囲には入らずに挑発を繰り返し、荷車から人を離そうとしているようだ。
そんな挑発にはだれも引っかからないだろうと思っていると、昼食を盗られた一部…というか半数の護衛が引っかかり、森の奥へと入っていく。
森へ入っていった護衛は、クロスの言葉を信じていなかった者がほとんどであり、クロスとしても自業自得だと感じていた。
「次の町…若しくは森を抜けるのにどれくらいかかる?」
現状から脱するべくパルヒムに確認する。
「大体後二刻もすれば森は抜ける。」
「では森を抜けるまで………ホース車を動かしてくれ………。何時までも………相手にするのは面倒だ………。」
話している間にも、護衛たちの隙間から、荷車へと辿り着いたハンドモンキーを叩き落とし、移動を促す。
そこに余計な事を言ってくる1名がいた。
「待ってくれ!森の中に護衛が入っていったんだ!彼らを待ってくれてもいいんじゃないか!?」
「護衛依頼を放棄するような奴を護衛とは言わないんだよ。…行ってくれ。」
クロスはパルヒムに向けてそう言うと、パルヒムは頷き、御者に合図を送りホース車を走らせた。
スワードの森へと入った者たちへの叫びを引きずりながら…。




