84話 歩き・野宿
依頼者であるパルヒムは前のホース車の御者の座る位置に、御者と共に乗り込み、御年長の冒険者と数人の冒険者がその荷台の周りを護衛するような形になっている。
後ろのホース車は、御者部分に恐らくパルヒムの店の従業員2人とその横に冒険者、最後尾にクロスとアリスという配置になっている。
ホース車の速度は、荷物を大量に載せているせいか人が歩く程度だ。
クロスたちは一番最後尾ということもあり、アリスにあまり気にせず魔法を使わせている。
魔法を使うと言っても、使った端からクロスが無属性魔法にて消し去っているので特に道の邪魔となるようなこともない。
約2刻程歩いたころだろうか…とうとう限界が来たようだ。
(そろそろかな。)
アリスは頭をフラフラとし始める。
「アリス。俺の背に乗れ。」
アリスはフラフラとこちらの背におぶさるとそのまま寝てしまった。
後方の馬車に護衛についていた他の冒険者は、こちらを見て何か言いたげな表情をしている。
(そんなんで護衛が出来るのかとか思ってるんだろうな…。)
周囲の冒険者はランクこそ3だが、年齢は恐らく30歳は超えているだろう。
恐らく年齢は上だが、ランクが下なので微妙に言いにくいのかもしれない。
他の冒険者は、荷台の端に自分の手持ちのリュックを下げているのに対して、クロスは子供を連れているだけとあれば、周囲の冒険者が不審に思うのも仕方がなかった。
しかし、周囲の冒険者が特に何も言ってはこないので、周囲の視線は無視して歩き続ける。
そのまま昼ごろになり、道の端の方へホース車を寄せると、前からパルヒムがやってきた。
「この辺で昼としよう。飯はこのホース車に積んであるからうちの者から貰ってくれ。」
そういうとパルヒムは前のホース車へと戻っていった。
飯の時間を心待ちにしていたのか、それとも周囲の警戒を解いたからなのか冒険者は喜んでいるように見える。
(飯の最中でも襲撃はあり得ると思うんだがな…。)
クロスはアリスを背負いつつも、周囲には悟られないように警戒心を解かずにいた。
飯を全員に配り終わり、それぞれ元の位置にて食事を始める。
クロスもアリスを前に抱き直し、サンドイッチと飲み物を口に流し込んでいく。
(特に致死性の毒なんかはなさそうだな…。今が大丈夫だからと言って今後も大丈夫かはわからないが…。)
食事も済み、再度移動を再開する。
周囲の冒険者はどうかわからないが、後方に関して言えば、かなりの広範囲に気を配っているとクロスは思う。
現状では特に隠れるような遮蔽物もなく、あったとしても、腰までの岩や草などである。
ただ、人はともかく獣はその小さな遮蔽物でも十分であるためあまり油断は出来ないのだった。
(まぁ向こうにもランク5が居るんだ。向こうは任しておけばいいだろう。こっちは他の冒険者を鈴替わりにして後方に専念すればいいだろう。)
そんなことを考えつつ進む。
夕刻に近づいてきたころだろうか、アリスが起きた。
「起きたか。」
アリスを下に下して、魔法により他の人に見えないように食べ物を出す。
「これでも食べておけ。もうしばらくすれば恐らく野宿の準備をするだろう。」
アリスには歩きながら食べさせておく。
夕刻も近くなると、馬車は道の端に寄せられた。
パルヒムが来るかと思ったが、1人の冒険者がこちらへと歩いてきた。
「ここで野宿の準備だ。見張りの順番を決めるからこちらに集まってくれ。」
ホース車の間にて火を起こし、そこを囲むようにアリスを除く全員が集まる。
「今日はここまでとする。明日は夜明け前に出発を行うのでそのつもりでいてくれ。見張りの順番については話し合って決めてくれ。飯はうちの者に言ってくれれば出す。以上だ。」
パルヒムは必要なことを言うと、またもや前のホース車へと戻っていった。
それにつられるようにして従業員も戻っていく。
しばらく誰も話さなかったが、また年長の冒険者が話を切り出す。
「では最初は前の馬車に居たメンバーで行い、その後、後ろの冒険者と交代するとしよう。交代の時間は2つに分けるのといくつかに分けるのではどちらがいい?」
みんなに聞いているのだろうが、他の者は何も言わなかった。
そのせいだろうか、年長の冒険者はクロスに聞いてくる。
「君はどう思う?」
「……2つでいいだろう。5人も居れば誰かが気付くだろうしな。それに出来ればゆっくり眠りたい。(一応寝る時は時を止めてから寝るがな…。)」
「わかった。みんなもそれでいいな?………次の護衛の交代はあの星が真上に来た頃だ。では食事としよう。」
一応この世界にも時計はあるが高価なため、あまり出回ってはいない。
パルヒムも持って入るだろうが、依頼者から借りるのもどうかと思われるし、大体の時刻であれば星の位置にて把握することが出来る。
年長冒険者の言っていた星も、分かりやすい目印としてよく使用されている星の1つだった。
その後、それぞれが食事を取りリュックなどから寝袋を取り出して寝ている。
寝袋と行っても柔らかそうな毛布に包まっているだけで、動きを妨げるようなものではなかった。
周囲の冒険者を確認し、こちらも寝る場所を作ることにする。
「アリス。ここに合成魔法で囲いを作ってくれ。」
「わかった。」
アリスに魔法を唱えさせると、以前の物とは違い、今度は三角錐のテントらしきものが出来上がった。
「以前とは見違えるほど上達したな。」
アリスの頭を撫でてやり、他の冒険者から見えないようにテントの中で魔法を唱えて毛布とテントに掛ける雨よけのシーツを出した。
テントから出て雨よけのシーツを被せて、飛んで行かないように止めておく。
それを見ていた他の冒険者は、そんな光景をじっと見つめている。
(そんなに羨ましいなら簡易テントでも持てばいいだろうに。)
簡易テントであれば組み立ても楽でそれほど重くは無いが、どうしても荷物になってしまうのは仕方がないところだった。
それに値段も数万リラとぼちぼちする割に、水を少し通してしまうので、あったらいいな程度の認識しか広がってはいない。
テントを仕上げて、時を止めた中で眠りにつく。
十分に眠った後に時を戻して、アリスの魔法の練習に付き合い、魔法力を使い終わって眠りについてからは、テントの外に出て毛布に包まり空を見つつ寝ている素振りをした。
そうしていると、誰かが近づいてくる。
年長者の冒険者だった。
「まだ寝ていないんだろう?」
「………何の用だ?」
「いやなに…。世間話でもと思ってね。」
長くなりそうな感じだった。




