83話 説明・出発
警備兵に見つかりはしたが、屋根から飛び降りると同時に時を止めて宿へと戻ったので全く問題はなかった。
部屋へ着くと魔法の練習の最中なのか、アリスが机の上で土を両手で挟み込むようにして固まっているのが分かる。
時を戻してアリスの様子を観察する。
「時よ。無よ。土を収納したまえ『トロイメライ』」
アリスは凝りもせずに収納する魔法を練習していたようだ。
(属性が違うから出来ないと言ったはずなんだがな…。)
アリスの後ろにて溜息をついてしまう。
するとその溜息で気付いたのかアリスが後ろを「ばっ」と振り向いた。
「アリス。前にも説明したとは思うが、その魔法を使うのは無理だ。属性が違うというのは何度も言っただろう?」
「出来るようになるかもしれない。」
「(はぁ…)そういったことを魔法で出来るなら、詠唱文が頭に浮かぶはずだが浮かんだか?」
「…浮かばない…。」
「それなら無理だと分かるだろう?それよりも今自分に出来ることを鍛えた方がいい。そのための土属性魔法の強化と肉体づくりをしてるんだからな。」
「身体を鍛えるのは分かるけどなぜ土属性?」
「現状では便利だからだな。土属性を鍛えていればそのうち石を操ることもできるようになる。もし囚われたとしても魔法でなんとかなるってことだ。その年で魔法のレベルがそこまでいっているなんて考えるやつも少ないだろうしな…。ただし気をつけろよ。土属性を持つ者は囚われた際に目を抉られることがある。逃亡を防止するためにな。それに石は操れても鉄までは操れないからそこも注意しておけよ。」
「役に立つ?」
「ああ。勿論だ。」
「わかった。頑張る。」
なんとかアリスを納得させたところで呼び紐を引き食事を頼む。
食事をした後は再度風呂に入ることにした。
今度はアリスも大丈夫そうであったため女湯に入らせる。
「この前のようにのぼせるまで入るなよ。体を洗ってから湯で温まったら出てこい。」
「わかった。」
着替えとタオルを渡してクロスは男湯へと入る。
運動した汗を流して体を洗い風呂に入る。
今回は誰も入ってこなかったので、ゆっくりと浸かった後に風呂を出た。
脱衣場にて着替えて部屋を出ると、そこにはアリスが待っていた。
そんなアリスを連れて部屋へと戻る。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「(ねぇ。2階のドライ家の部屋に泊まっている人見た?)」
「(アインス家の方?)」
「(違うわよ!初日に例の子が粗相をして今ドライ家の部屋に居る人よ!)」
「(見た見た。女の子を連れてる男でしょ?)」
「(そうそう。その男の方だけどさ、連れてる女の子の父親じゃないよね?明らかに若すぎるし。あなたはどう思う?)」
「(う~ん、親子というよりも兄妹なんじゃないの?どうも男の方が女の子の方を世話してるみたいだし。)」
「(でも今日給仕したんだけど、明らかに女の子の方が兄妹に対する接し方じゃないような気がするのよねぇ。どっちもよそよそしいというかなんというか。)」
「(でもでも、兄妹ならではの不仲もあるかもよ?)」
「(それなら普通2部屋とるでしょ?)」
「(高くて取れなかったんじゃない?基本的にここは家名持ちや高ランクの人の宿だから。)」
「(それなら他の宿屋に行って2部屋借りるんじゃない?わざわざ高いところに来る意味が分からないわ。)」
「(ん~それもそっか。それなら……実は禁断の恋の逃避行中だったりして………。)」
「(それで!?それで!?)」
「(初夜は立派なベッドで………!)」
「(キャーーーキャーーー!!)」
「君たちそんな隅で何をしているんだ。掃除は終わったのか?」
「「すいません。すぐ終わらせます。」」
従業員の女性たちは掃除を再開し、宣言通りすぐに掃除を終わらせた。
(はぁ…。彼女らも優秀なのだが、いかんせん二人一緒になると手が止まりやすいな…。新しく入ってきた子は王家からの推薦だし…。頭が痛くなってきたな…薬でも飲もう…。)
従業員に対して悩むことが多い支配人だった…。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「アリス。初めの方で言ったと思うが、明日の明朝から護衛として北の方にある町へと向かう。その間も訓練は行うが、魔法については控えておけ、他にも護衛はたくさんいるからな。基本的に自分の実力は隠すかもしくは誤認させるのがうまいやり方だ。まぁ圧倒的な実力を見せつける手もあるがな。今のアリスでは無理そうだし出来るだけ隠しておけ。」
「わかった。」
アリスに軽く説明した後に二人して就寝した。
次の日の朝、日が開ける前に目を覚ますことが出来た。
日々夜明け前に起きているので、よほどのことが無い限り大丈夫だが…。
呼び紐を引き朝食を注文する。
朝食が出来るまでにアリスを起こして、出しっぱなしにしていた物を魔法で収納していく。
それから朝食を食べてから部屋を出た。
受付にて鍵を返す際に気になったことを聞いておく。
「ここは風呂だけ入ることも出来るか?」
「申し訳ありませんが、宿泊者のみとなっております。」
「そうか…。」
宿泊しなければ入れないことに少し落胆した。
気分を切り替えて依頼者の店に向かう。
外はまだ薄暗くはあったが、人がちらほらと歩いているところを見ると、夜明けが近いことをうかがわせる。
依頼者の店の前には、ホース車が2台停まっており、荷物の詰め込みを行っていた。
その周りには冒険者たちが手伝っていたり、時間が来るまで待っていたりとバラバラだ。
人数を確認するべく店員に尋ねてみる。
「護衛の人数は以上か?」
「おはようございます。護衛の人数に関しては、正確に分かっているのは店長だけです。たぶん増えても後1人から2人くらいじゃないですか?」
店員は、ホース車の周りを見渡しながら言ってきた。
「では待たせてもらおう。」
「はい。荷を積み込むのにもう少し掛かると思いますんで、しばらくお待ちください。」
店の壁に寄りかかり出発を待つ。
アリスも同じようにして壁を背にしてホース車を見ていた。
一部の冒険者が手伝ったからだろう。
思っていたよりも早く終わったようで、夜が明ける前に店の中からパルヒムが出てきた。
「良く集まってくれた。私が今回の依頼を出したパルヒムだ。依頼書にもあったように積み荷となるのはこの2台になる。荷台に乗っても構わないが、積み荷には手を触れないでくれ。では行こうか。」
1台にしては多い護衛だと思ったが、金持ちだからではなく、ホース車が2台だったからだと言われれば納得がいくものだ。
その後護衛するホース車の割り振りを冒険者の年長者のような者が行った。
それぞれのランクを聞かれた際にほとんどがランク3の中、年長者とクロスの2人がランク5だった。
「では君と私がそれぞれのホース車に分かれよう。一応聞いておきたいんだが、…その子は今回どうするんだい?」
年長者の冒険者は、クロスの横に佇むアリスを見て少し困惑しているようだ。
「特に動かせるつもりもない、飯についてもあるから心配は不要だ。」
「いや。そういう意味ではなく………、まあいいか。子守りばかりで護衛を疎かにはしないでくれよ。」
そういうと片方のホース車へと向かっていった。
「アリス。とりあえず疲れるところまで歩きだ。恐らく次の町まで2日ほどかかるから、その間に移動しながらでも詠唱が出来るようになっておけ。物はその辺の土や石だ。但しあまり周りに目立たないようにな。」
「わかった。」
護衛メンバーはそれぞれ分かれてホース車につくと北門まで移動する。
そこで夜明けまで待ち王都を後にした。




