82話 育成・反省
宿屋にてアリスが起きるのを待った。
アリスが起きた時に確認してみたが、筋肉痛はだいぶ楽になってきたようだ。
アリスが起きたのは昼過ぎだったので、食事をしに外をと出てから宿へと戻ることにする。
さっさと食事を済ませて、昨日と同じように時を止めた中で訓練を行わせた。
終わった後にカードを確認させて聞いてみたが、教えてはくれなかった。
まぁ知ろうと思えば知ることは出来るのだが、アリスの動きからある程度の予想はつくので、今は見ないでおく。
時を止めた中での訓練が終わったら、平原へと出てホーンラビットと戦わせる。
手に入れた筋力や速度を実践にて慣れさせなければ、なかなか身に付かないものだ。
今は体が成長し、転生する前の体と同じくらいの大きさになっているので戸惑いは少なかったが、これが別の種族などになっていれば著しく混乱したことだろう。
以前は倒すことの出来なかったホーンラビットを、今回は倒すことが出来た。
かなりの時間が掛かったが、門が閉まる夕刻前に倒せたので良しとする。
ホーンラビットを見てみたが、特に骨が折れているような所はなく、ただ意識を失っているようだったので、口に薬草を磨り潰したものを入れてやり、巣穴の近くに置いて宿へと戻った。
アリスは今回も筋肉痛になったようだ。
帰るときもゆっくりとしたもので、痛まないように動いているように見える。
部屋についてからは、とりあえず風呂に入るべくアリスに確認してみる。
「アリス。…普通に動けそうか?」
「痛いけど動ける。」
ホーンラビットくらいは軽く倒してほしいところではあるが、まだまだそこに行くまでには時間がかかりそうである。
元々木剣で相対しているので攻撃力が低い上にアリスの筋力では微々たるダメージにしかならないだろう。
とりあえず風呂へは時間を止めて行き、人が居ないことを確認してから時を戻して浴場へと入った。
昨日のように人が入ってきたときのために、湯気で見えなさそうな奥の方へと進む。
アリスを傍らに座らせて体を洗ってやり、風呂に浸からせる。
自分も体を洗ってから風呂に入り寛いでいると、アリスが上に乗っかってきた。
(溺れそうなのか?)
仕方なくそのまま体の上に仰向けに寝かせてそのままゆっくりとする。
しばらく入っていると、また誰かが入ってきたようだった。
(夕刻だし、そろそろ人が入ってくる頃合いか…。しかしまた家名持ちだろうし昨日と同じようにして出るか…。)
シルエットしか見えないが、こちらへと入ってきて湯船のお湯をかぶりそのままお湯へと入ってしまった。
(体を洗わずに風呂に入るとはマナー違反じゃないか?)
そんなことを考えていたが次の瞬間に固まってしまう。
「くはぁ~。」
明らかに女の声であった。
(なぜ女が入ってくる!?………いや、もしかしてそっち系の人かもしれんし、体は男、心は女な人はこちらの風呂に入らないと色々とまずそうだし、……そういうことだろう。そうに違いない。)
無理やり自分を納得させつつ、時を止めて出ることにする。
このまま後から入ってきた人が出るのを待っていたのでは、クロスはともかくアリスがのぼせてしまうし、いつこちらへと来るか分からないからだ。
脱衣場に向かう傍ら入ってきた人物を見ると、それは先日のアインス家の女だった。
(なぜ男湯に入ってきた?そういう趣味でもあるのか?しかし先日はちゃんと女湯に入っていたし…どういうことだ?)
理由が不明なままとりあえず自分の体を拭いて着替え、タオルでアリスを巻いて脱衣場を出る。
(なんだと!?)
確認のために入口の上に掲げられている札を確認すると、札が入れ替わっていた。
(こちらが確認もせずに入ったのが間違いだったとはな…。はぁ…。)
自分の勘違いを反省し部屋へと戻る。
部屋に入り時を戻した。
アリスの体を拭いて下着を履かせてベッドへとうつぶせに寝かせる。
「これで明日は恐らく大丈夫だろう。後は体が発達すれば、今日くらいの動きなら痛みを感じなくなってくる。一度寝ることだ。起きたら飯にしよう。」
「あっ…んっ……んっ…んーーー!!!」
どうやらかなりの痛みを感じているようだ。
(もうすこし優しくしてやるか…。)
「んっ。んっ。んっ。」
「これで最後だ。」
「んーーーーー。」
アリスはそのままうつぶせになり寝てしまった。
昨日もしたのだが、昨日は痛みを耐えるだけで精いっぱいという感じだったが、それとは違い今回はマッサージを気持ちよく感じたようだ。
アリスを寝かせてからクロスは自分の鍛錬を行うために魔法にて黒のローブを取り出した。
黒のローブを被り窓を開け放つ。
外は既に夕刻を過ぎて暗くなっていた。
窓に足を掛けて、魔法で身体強化を施してから他の家の屋根へと飛び移る。
暗くなった中を屋根から屋根へと、極力音を立てないように飛び回っていく。
今日会った王に言われたためそちら方面についても鍛えようと思ったのである。
(少し慢心していたな。時属性魔法があるとはいえ、王様程度に気配を悟られるようではまだまだだ…。今も微かに着地の際に音がしているし、まずはこの音が俺の耳に届かないくらいにはしなくてはな…。)
クロスは王の言葉を完全に鵜呑みにしたわけでは無かったが、説明された内容にて納得せざるを得なかったため、魔法不使用の際の技能も上げておこうと思ったのである。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
クロスが分からなかったのも無理はなかった。
クロスの目が捉えられるのは魔法の発動に関してであり、すでに発動されていた魔法については分からないのである。
それに加えて一定以上の距離(クロスの居る位置から視界で確認できる範囲)となると、クロスの目も反応しないのである。
なのであの場で王が既に魔法を使っており、その魔法にて感知できた事実を知ることもなかった。
家名持ちは魔法力が膨大である事実を思い出していれば、多少は考え方が変わったかもしれないが…。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
クロスは星明りの中を走り、飛び回った。
音を立てないように気を付けながらも周囲の確認も怠らない。
住宅街の屋根を駆け抜けて北門付近まで行き、今度は東門へと向けていく。
こんな夜だからこそわかったが、王都の壁上には警備員が結構な数居ることが分かる。
それというのも恐らく手にランタンを持っているからだろう。
明るい光がゆらゆらと壁の上を不規則に動いているのである。
見つからないようにある程度離れているし、纏っているものも黒の為目立ちにくいが、音を立てるとすぐにわかってしまうかもしれないので気を付ける。
東の方に行くと飲み屋や食堂、一部の店が開いており、結構賑やかだった。
そんな光景を見つつ駆け抜ける。
東門まで来たので、助走をつけて家の端から飛び東門の上の壁を蹴って通りの反対側の家へと着地する。
そして今度は壁沿いに南門へ向けて走ろうとしたところでそれを見つけてしまった。
(この体になってからそういえばやってないな…。しかし、アリスがいつ起きるかもわからない…。明日から護衛だ…今回は諦めよう…。依頼を達成したら来る!いや…その前に護衛で辿り着いた先にあるかもしれないし探すとしよう…。)
クロスは止まっていた上に雑念があったせいだろう。
周囲への警戒を怠っていたため、近づいてくる気配に気づくのが遅れてしまった。
「そこのお前!そんなところで何をしている!」
(あー。完全に油断してたな。こんな黒ずくめの恰好なうえに屋根の上。そのうえ壁からも程よく近いとなれば見つけてくれと言わんばかりだな…。)
反省したばかりだというのに、まだまだ反省することがあると更に反省するクロスだった。




