8話 南の森・遭遇
魔法の練習が始まり三年が経った。
クロスの年齢は九歳になり、家の手伝いをしながらみんなと遊んでいる。
「みんなで南の湖に行ってみないか?」
今日の遊びを決めるときに、エドが提案してきた。
「湖綺麗だよね~。」
「行こう~。」
アイリとリューイは賛成なようなので一応確認しておく。
「子供だけで大丈夫?」
「魔法があるし大丈夫!」
エドが自信満々に答えてくる。
「魔法は乱用するとすぐに無くなるよ。」
「湖まで探検に行くだけさ!」
「分かったよ。」
一度言い出すと、なかなか曲げないエドの説得を諦めて行くことになる。
「せっかくいくなら香草も採らない?」
「うん。採ろう。」
仲良く歩きながら進んでいく。
森に入ったところでエドが提案してきた。
「湖まで競争しようぜ!」
「負けないわよ!」
「しようぜ~。」
「いいよ。」
「転げたりしないでね。」
「よし!よ~い…始め!」
「あ~ずるい!」
「待ってよ~。」
「…。」
「仕方ないな~。」
エドはスタートをきると一目散に走っていった。
アイリも負けじと追いすがる。
リューイは離されないように付いていくだけで精一杯のようだ。
リリーはマイペースで走っている。
(みんなどこまで走るんだろ?離れすぎてもまずいかな。)
「(時よ。回りの時間を引き延ばしたまえ『ツヴァイゼグンデ』)」
『ツヴァイゼグンデ』:世界の時の流れを二分の一にする【時属性15】
みんなに聞こえないよう呟く。
先に走っていった四人がゆっくりになったのを確認し、追いつくために小走りで移動する。
暫くそのままで移動していると、湖が見えてきた。
リリーの後方5メルあたりで時間を元に戻す。
「(時よ。戻れ。『ツヴァイゼグンデ』)」
それから少し走ると湖についた。
エド、アイリ、リューイはかなり疲れているようで、地面に寝転がり息も絶え絶えの状態になっている。
リリーは軽く汗をかいてはいるが、それ程疲労は見えず息を整えていた。
「いち…ばん…だ!」
「私が…勝った…でしょ!」
「いーや!…おれだ!」
アイリとエドは言い争いを始めてしまった。
「どっちでもいい。」
「(リリー…それだと収まらないよ!)」
「(他に方法あるの?)」
「(任せて。)」
コソコソ話をやめ二人に向き直る。
「クロスは私が勝ったと思うよね~?」
「おれだよな!」
「同じに見えたから次の勝負で決めない?、香草を先にここに持ってきた人が勝ちね。」
「よ~し、勝負だ!」
「分かったわ」
「では…よ~い、始め!」
アイリとエドは香草を探し始めると、リューイまで探し始めた。
「さて…のんびりしてようか。」
「可哀想。」
「やる気出してるんだからいいじゃない。」
「そうかな?」
「リリーも座って待ってなよ。」
クロスは草の上に寝転がり日向ぼっこし、リリーはその場に座ると香草勝負の行方を見ていた。
誰かが走ってくる音が聞こえそちらを見てみると、エドが香草を持ってこちらに来ていた。
「持ってきたぞ!俺の勝ちだ!」
「そうだね。」
アイリも遅れてこちらに向かってきた。
「負けた…。」
少し泣きそうな顔をしていたので、抱きしめて背中をポンポンとたたいてやる。
アイリは急に顔が真っ赤になり始めて恥ずかしそうにしていたが、嬉しそうだ。
「(アイリはクロス好きだよね…。)」
「(昔からあんな感じだよな~。)」
クロスはアイリを慰めてからみんなを見る。
「あれ?リューイは?」
「ん~。あそこにいるな。…お~い、リュ~イ~。戻って来いよ~。」
エドが叫ぶと、リューイは香草を手いっぱいに持ってこちらに走ってきた。
「いっぱい採れたよ~。」
「お~。いっぱいあるな。」
「みんなにもあげるね。」
「ありがとう。」
「リューイ、ありがとう。」
「俺も1枚しか採ってないから少しくれよ。」
「私も!」
「いいよ~。」
みんなで香草を分けていると、離れた場所の森の中から大きな獣が出てきたのが見えた。
「!(以前見た奴だ!)」
リリーもそちらを見ていたのか体が固まっている。
「みんな、静かに。このまま村まで走ろう。」
「急にどうしたんだ?」
「いいから!早く!」
リリーが混乱しているためか大きな声を出すと、ベアクローがこちらを見て走ってくるのが見える。
リリーは村へと走り出し、アイリとエドも気付いたのか後を追って走り出した。
しかしリューイは、ベアクローを見て固まってしまい動かない。
「先に行って!」
リューイを脇に抱えるようにして湖に沿って走る。
ベアクローは人数が少ないこちらの方へと、走りながら向かってきた。
ベアクローとクロスたちとの差はどんどん縮まるばかりだ。
(そろそろかな。)
「(時よ。停まれ。『ツァイト』)」
ベアクローが停まったのを確認してから、リューイを抱えてみんなの方へ戻る。
(とりあえずリューイをここに置いてっと。今どれくらい攻撃が通じるかな?)
ベアクローへ近づいてみる。
大きさは3メル程有り、以前見た親のベアクロ-よりもかなり小さく見える。
(ナイフかなにか持ってくればよかったな~、取りに行くのも面倒だし、また木の棒でいいかな。)
手頃な木の棒を拾い上げ無属性魔法で自身を強化する。
「無よ。体を強化したまえ。『ケヴァルト』」
『ケヴァルト』:自分の力が少し上がる【無属性10】
腕の力があがった感覚があり、棒の重さが軽く感じる。
ベアクローへ向けて思い切り叩きつけた。
前の時と違い今度は棒が折れてしまう。
(外傷はみられないか…。)
結果はベアクローの毛が数本取れた程度でダメージを受けたようには見えない。
(ダメか…。)
諦めて距離をおき時を戻す。
時を戻すとベアクローは獲物を見失ったことで急停止した。
(やっぱりダメージについては気にもならないか…。そういえばこれって同じ場所を何度も叩けばどうなるんだ?…試してみるか。)
その後、また時を停め何度かベアクローの後ろ脚を棒で叩いたり突いたりしてみる。
(これで一度様子をみるか。)
クロスは少し離れて茂みの中に入り時を戻す。
ベアクローは急に後ろ脚を見て不思議そうし、クロスが棒で叩いた箇所を舐めている。
(有効そうだ。…あっ!リューイ忘れてた!)
成果を確認したので再度時を停める。
「時よ。とまれ。『ツァイト』」
リューイの元へ行くと、リューイは顔を恐怖で引きつらせたまま、ここに置いたときの状態で転がっている。
(そんなに怖かったのかな?)
リューイを連れてみんなの後を追う。
(みんなちゃんと逃げてるかな…。)
少し行くとアイリが、湖の方を不安そうに見ているところに追いつく。
(アイリは心配性だな。この木の陰あたりで戻そう。)
時を戻し、急いできた感じを出しつつアイリの元へいく。
「大丈夫!?」
「僕は大丈夫だけど、リューイがベアクローを見てショックを受けてるみたい。」
「運ぶの手伝うよ!」
「今は身体強化してるから大丈夫。それよりギルドに急ごう!」
「いいの?」
「大丈夫だって。」
いつまでも押し問答が続きそうだったため、先に走り出した。
それに続きアイリも走り出す。
道まで出るとリリーが待っていた。
「大丈夫?」
「大丈夫。エドは?」
「先にギルドに行ってもらった。」
「僕達もギルドへ行こう。」
身体強化を解く。
「無よ。解きたまえ『ケヴァルト』」
リリーはびっくりしたようにこちらを見ている。
「魔法使ってたの!?しかもケヴァルトって第三階位だよ!?」
「さすがにリューイを連れてだと、魔法を使わないと無理だよ。リリーはアイリを支えてあげて。」
ギルドへ向かいながら説明する。
ギルドへ近づくと、入り口から顔見知りのギルド職員と父親が出てきた。
「無事だったか!他に残された子はいないかな?」
「後はエドが居れば全員だよ。」
「エドはさっきギルドに来たから全員いるな。」
「そうみたいですね。…みんな一度ギルドに来てもらえるかな?」
「「はい。」」
アイリは疲れたようで、まともに返事が出来ないようだ。
リューイに至っては未だに恐怖を顔にまとわりつかせて放心状態になっている。
そのままギルド内に入り、奥の部屋へ通されると、エドとギルドマスターが先に座って待っていた。
「よくき「大丈夫だったか!?」」
ギルドマスターが何かを言う前にエドが声をかけてくる。
「大丈夫だよ。みんな疲れてるだけ。」
「話を聞きたいからとりあえず座れ。アイリとエドとリューイは迎えがきたら帰れよ。」
「なんで私たちだけ!?」
「状況を聞くのにそんなに何人もいらん。見た目疲れてるみたいだしな。」
「私は大丈夫だから残る!」
「…まあ。残りたいなら後ろの人を説得するんだな。」
自分たちの後ろを見てみると、扉の向こう側に女の人が立っていた。
「アイリ!帰りますよ!」
「いや!」
アイリはクロスの後ろに隠れるが、体格差もあり簡単に捕まってしまう。
アイリは必死にクロスにしがみついていたが、力の差も歴然としており、簡単に引き剥がされる。
「いや!クロス助けて!」
アイリが喚き散らしているが、女の人は気にせずアイリを肩に担ぐと一礼して帰って行った。
「アイリの母ちゃんて力強いよな…。」
「そうだね…。」
「アイリちゃんが大きくなったらあんな感じになったりして…。」
(それはさすがにないだろう…ないよな?…考えないようにしよう。)
それからギルドマスターに、南の森で出会ったのが以前遭遇したことのあるベアクローであることや、そのベアクローの大きさなどを説明していく。
「クロス以外は迎えが来てるから帰りな。」
「クロスはなんで帰らないの?」
「クロスは親父がここのもんだから一緒に帰ればいいだろ。」
「僕は大丈夫だから先に帰っていいよ。また明日ね。」
「ん~そっか。んじゃまた明日な!」
「またね。」
エドとリリーは、廊下で待っていた親と一緒に帰って行った。
「クロス。おめぇは魔法を使ったのはえらいが、身体強化とはいえ継続魔法は消費量が激しいんだ。どれくらい使っちまったか確認しとけよ。ただでさえおめぇは魔力が勝手に減っていくらしいからな。」
「はい。(時属性魔法を知らなかったらそうなるよな~。)」
水晶で確認すると魔法力が半分ほど減っている。
ギルドから帰る最中に、今日あったことを父親に話すと褒められたが、家に帰ると母親に怒られた。
(これが飴と鞭か…。)
この日は精神的にも疲れていたので、魔法の練習はせずに早めに寝ることにした。