78話 家名・内容
風呂に入るべくフロアの中央へと向かう。
新しく移った部屋にも風呂は備え付けられていたが、浴場にあるものよりも明らかに小さい。
その為中央にある浴場へと向かったのだが、そこには1人先客がいた。
今度はアリスを女湯の方へと行かせ、昨日と同じように風呂に入り、出たらこの入口で待ってろと言い含んである。
なのでこちらもひとりだ。
焦ることはないと思い直して桶を取る。
先に入っていた男は、中央にある一番広い風呂に入っていたので、端にある風呂へと向かった。
掛け湯をし、体を軽く洗ってから湯へと浸かる。
(客居たんだな…。)
ある程度湯に浸かり堪能した所で出ようとすると、男が声を掛けてきた。
「待て。」
クロスは振り返りそちらを見ると、男は少し怒っているように見えた。
「何か?」
「何か?ではない!いつ挨拶をしてくるかと思えばいつまでたっても言う様子が無いから、こちらから声を掛けてやったのだ!」
(風呂場では挨拶するのが普通なのか?この世界はよくわからんな。まぁ後から入ったのはこっちだしとりあえず挨拶でもしとくか。)
タオルを肩にかけた全裸の状態でどうかと思いつつも挨拶をする。
「改めて。私はクロスと言います。それであなたは?」
「うむ?家名持ちではないのか?…まぁいいだろう。私はアインス家当主であるエルフルト・アインスだ。」
「アインス家の方でしたか。それは失礼いたしました。恰好が恰好ですのでこれにて失礼させていただきます。」
「うむ。こういった場所に泊まるのであれば家名持ちの顔くらいは知っておくことだ。」
「ご忠告痛み入ります。それでは。」
とりあえず穏便に話を終わらせて脱衣所へと進む。
それから着替えて入口で待つが、なかなかアリスは現れなかった。
まさか!と思い時を止めて女湯へと入る。
中では誰かが誰かの体を洗っていた。
湯気で見えにくかったが、近づいてみると、アリスが洗われているのが分かる。
洗っている相手を見ると、シュトラウスの町であったアインス家の女性だった。
(名前なんて言ったっけ…。)
模擬戦をしたのが印象過ぎて全く名前が思い浮かばない。
まあいいかと思い直して、脱衣場に戻ると、そこには入り口横に女性が2人立っていた。
明らかに腕が立ちそうな感じである。
そんな横を通って浴場の入口にて再度立ち待つ。
しばらくすると、アインス家の女性と一緒にアリスが出てくる。
「こちらの者が迷惑を掛けたようだな。」
「いえ。それほどでもないわ。………どうして私が何かしたって思うのかしら?」
(藪蛇だったか…。)
先ほど男風呂の方で先に声を掛けろと言われたので、こちらから声を掛けたつもりだったが、内容がまずかったようだ。
とりあえず適当な言い訳をでっちあげる。
「それはあれだ。入る前と違っていい匂いがするからな。特にそういったものを渡した覚えもないし使ってくれたのかなと思っただけだ。それじゃな。」
アリスを従えて部屋へと戻っていく。
「ちょっとお待ちなさい!まだ話は終わっては!」
そんな声が届いてくるが我関せずとばかりに部屋へと入る。
「ふぅ。今日は碌な女に会わないな…。」
ひとりごちていると後ろに居たアリスに小突かれた。
「ん?」
アリスの方を振り返ると、アリスはじっとクロスを見つめている。
何をしているのかわからなかったが、先ほどの発言を思い出す。
「アリスは別だ。きちんと言われたことと、更に向上心があるからな。うるさくないのがなおよい。」
アリスはうれしそうな顔をして、土の方へと向かっていった。
(やっと笑うようになってきたか…。)
アリスはまた魔法を使う気のようだ。
やる気は買うのだが、いざという時に余力がないのでは困るので一言だけ言っておく。
「何が起こるかわからないから、俺が居ないときにはある程度の警戒はしておけよ。今日のように相手が家名持ちであっても油断はするな。それと魔法は3回くらいは使えるようにして、眠くなる前に寝てから回復したほうがいい。その方が気絶…昏睡状態じゃないから周りの音で起きることが出来る。」
アリスはこちらを見て頷き魔法の練習を再開した。
クロスも受けた依頼の内容を再度確認する。
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ランク 3以上
依頼日 03/01
依頼者 パルヒム
報 酬 100.000リラ
期 間 03/07日明朝からアルテンへ到着するまで
依頼内容 ・依頼者および積み荷の護衛
・対人経験もある者
補 足 ・依頼の破棄はギルド罰則を適用
・積み荷の損害があった場合は報酬額から差し引き有り
・護衛中の飲食あり
・護衛内容によって報酬の追加有り
受託者 クロス03/04
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依頼書を見て確認した内容を思い出していた。
(確か罰則は報酬額と同額で、積み荷の損害については最大で報酬額までということだったな。飲食についてはどんなものが出てくるのかね…。うまければいいんだが…。期間は書いてはいないが3~4日もあればつくということだったな。それにしても10万リラで10人ってことは100万リラだよな…。それを賄えるだけの物を運ぶということは結構な貴重品を運ぶってことか?何も起きないことを祈るか…。)
そんなことを考えているとアリスがこちらに近づいてきた。
「お腹すいた。」
「お!そうか。では奥のあの紐を引いてきてくれ。」
アリスに紐を引かせて依頼書を魔法にて収納する。
待つことしばし、従業員が尋ねてきたので食事を頼む。
本日の料理は中華だった。
確かにうまい…が、この世界に来て中華料理など出している店を見たことが無いので、この宿の料理人のレベルの高さに驚きが出てしまう。
アリスと食べ終わり、一服するために飲み物を頼むと、暖かい紅茶が出てきた。
(これで普通のお茶が出てきたらそれはそれでびっくりだな。)
紅茶を何度かお替わりして食事を終える。
アリスは前と同じように、従業員が出て行ってから魔法の練習を始めた。
クロスも風呂に入ったばかりではあるが、軽く剣術と体術の訓練を行う。
部屋としては広く短めの剣であれば十分に振ることは出来るが、もしものことがあっては困るために、剣を持っているイメージで訓練を行う。
一通り訓練を終えてアリスの方を見る。
途中で見えてはいたが、アリスは魔法を使いすぎたようで、フラフラとベッドへ入っていった。
クロスも汗を軽く拭いてからベッドに横になる。
(さて…明日は何をしようか…。)
明日の事を考えながら眠りについた。




