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73話 筋トレ・朝食

 筋トレにて薄らと汗が出始めたころにアリスが目を覚ました。


「起きたか。では部屋を移動するぞ。」


「…なにしてたの?」


 アリスはこちらを不審げに見ている。


「あぁ。筋トレをちょっとな。」


「筋トレって何?」


「筋力を上げるための訓練ってとこだな。筋力をトレーニングするから略して筋トレ。いずれはアリスもしなくちゃいけないんだから、やり方くらいは俺のを参考にしたらいい。それよりも、起きたんなら部屋を移動するぞ。」


 アリスへと言いながら、部屋の奥にある紐を引く。


 しばらくすると従業員がやって来て案内してくれた。


「こちらになります。」


 案内された部屋は中央から四部屋目だった。


「そこの三部屋はダメだったのか?」


 聞いてみると、従業員は申し訳なさそうにこちらへと言ってくる。


「申し訳ありません。こちらとしても、かなり頑張ったのです。一番近い部屋は王族専用となっております。その隣がアインス家で、そちらの部屋がツヴァイ家になります。今回のこの部屋につきましてはドライ家の方がご了承していただきまして使用することが出来るようになりました。通常は使われることを拒否されますので、とても運が良いと思われます。」


 従業員の中央から一番近い部屋が王族専用と言われたあたりから、まさかと思っていたことが見事に当たってしまった。


(ドライ家か…。アイリかな?)


「その時に話した相手は誰か分かるか?」


「いえ。私が交渉したわけではございませんので。すいませんが知りません。もし興味がお在りでしたら確認いたしますがどうされますか?」


「いや。別に構わない。礼を言っといてくれ。」


「はい。かしこまりました。お手数ですが250番の部屋の鍵を頂けますでしょうか?…はい確かに。こちらが部屋の鍵となります。ではごゆっくりご寛ぎ下さい。」


 従業員に鍵を渡すと代わりに203番の鍵を貰えた。


 扉の鍵を開けて部屋に入ると、今まで泊まっていた部屋とは明らかに大きさや調度品が違った。


 今まで泊まっていたのがビジネスホテルだとすると、こちらはスイートルーム並みである。


(これ壊したらやっぱり賠償金取られるのかな?王族の場所ってどんだけすごいんだ?)


 高級な場所に泊まったことが無いため、考えがけち臭くなってしまう。


 部屋を一通り見まわしてベッドへと座ると、今まで寝ていたベッドが床と変わらないように感じてしまうくらいの柔らかさだった。


(さすがにこのベッドはやりすぎじゃないか?柔らかすぎると起きた時に体が痛くなりそうなんだが…。)


 そんなことを考えながらベッドへと体を預けると、アリスが部屋の入口付近で固まったままこちらを見ていた。


「アリス。そんなとこに居ないでこっちに座ってみろ。柔らかいぞ。」


 アリスを横に座らせてみると、体の沈み具合に驚いたのかすぐにベッドから退いてしまった。


「ただ柔らかいだけだ。気にするな。」


 アリスを諭してから本日の予定を考える。


(まずはアリスにある程度魔法を使わせて…風呂に入って寝ている間にギルドの依頼でも見るか。)


 夜食べるのが遅かったせいか、それ程お腹は空いていなかった。


「アリス。昨日の続きだ。」


 大理石で出来たかのような綺麗なテーブル上に、合成魔法にて昨日使用した土を取り出す。


 魔法力が完全に回復していることを確認させてから、昨日と同じように硬貨を創らせる。


「色以外についてはほぼ完璧になったな。気持ち大きさにムラはあるが、余程詳細に見なければ分かるまい。では次に移ろう。次はこれだ。」


 一発で成功させたため、次の物を創らせるべく取り出したのは短剣だった。


「土と木の属性の良いところは、物質としての強度が高いところだな。」


 火や水をなど圧縮しても、さほど圧縮出来なかった上に、更に硬い物にぶつけると負けてしまい壊れてしまう。


 これはアイリとの魔法の訓練で分かったことだった。


 アリスに短剣を渡す。


 アリスは受け取った短剣を色々と感触や形を確かめると、じっと見つめ始めた。


 しばらくしてから、今度は土を見つめて詠唱を始める。


 結果だけ言うと、今回は一発で成功だった。


 さわって感触を確かめるが、少しポロポロと欠けるくらいだが、これについては元の材質が材質なので仕方ないだろう。


「よし、出来たみたいだな。後は何度も使って必要な魔力を減らすことだ。」


 アリスに魔法を使わせつつ、外を見る。


 雨はいつの間にか止んでおり、石畳の上に雨の後である証拠の水溜まりが出来ていた。


(雨の中、外に出るのかと少し憂鬱だったが大丈夫そうだな。まあ一日くらい部屋に居てもいいとは思うが…。)


 服を引っ張られたのでそちらを見ると、アリスがこちらを見上げていた。


「どうした?」


「あれ戻して。」


 アリスの指差した方向を見ると、幾つかの短剣が出来ており、土が残っていなかった。


「ああ。もう出来たのか。早いな。」


 外を少し見ている間に終わらせてしまったようだ。


 無属性魔法にて再度土に戻して、続きを行わせる。


 20回くらい魔法を使わせてからカードを確認させる。


「残りいくつだ?」


 アリスはこちらをじっと見つめて首を横に振った。


「どうした?」


 クロスにはアリスの行動がわからない。


「カードの内容は誰にも教えるなと言われた。」


「…それも…そうだな。」


 アリスはクロスの言ったことをただ守っているだけだった。


 しかし、だからと言って身近な自分に対して、教えないのは如何なものかと思ってしまうのは仕方ないだろう。


 まあ、見ようと思えば簡単に見れるわけだが…。


「大体今のアリスだと、残り三回くらいになったら止めとけばいい。」


 アリスはカードを見ながら数回魔法を使うと、終わりとばかりにベッドへと座り込んでしまった。


 どうやら魔法力の低下でだいぶ体が眠たくなってきているようだった。


「あとは寝て魔法力を回復させての繰り返しだな。時間的には少し遅いが飯でも食べに行くか。」


「…部屋で休んでる。」


「そうか。」


 アリスを部屋へと残して受付へと向かう。


「食事をしたいんだが、お勧めの店とかはあるか?」


「お勧めの店となると、私どもとしましては当宿の食事をお勧めいたします。この宿の食事が一級品であるのは間違いございませんから。もしよろしければ、お食事を部屋までお持ちいたしますがどうされますか?」


「時間はかかりそうか?」


「軽い物であればそれほどお時間はかかりませんが?」


 クロスは食いに行く手間とお金とを天秤にかけて結局は部屋へと頼むことにした。


「分かった。部屋で待とう。」


 部屋に戻りしばらくするとノックの音が聞こえてきた。


 扉を開けると昨日と同じように台車で料理を運んできたので、今度は部屋へと招き入れてテーブルに並べてもらう。


 並べ終わってからアリスにも席に着くように言った。


 料理は昨日と同じく、素材は普通に見えるが味はしっかりしており、美味しいものばかりだった。


 恐らくこういった場でのマナーなりなんなりあるかもしれないが、そのへんは中途半端にしか知らないため、とりあえずうろ覚えのままにフォークとナイフを使って食べる。


 なぜそんなことをするかというと、料理を運んできた従業員がテーブル脇に控えて立っているからである。


 さすがに人の目があるときに、このような料理を出されたらお行儀よくしなければいけないかな?と思ってしまったのだ。


 そんなこんなで頑張って食べてみるが、カチャカチャと音を出したり、スープを「ずずっ」と啜る音を出しているアリスを見て少々バカらしくなる。


 ナイフを無視してフォークだけで料理を突き刺して食べ、スープは皿ごと持って飲む。


 途中で果実酒を飲んでしまったが、以前飲んでしまった酒とは違い、今度は美味しいと感じてしまう。


(体が大きくなったせいで味覚も変わってきたのかな?)


 料理を堪能して一息つき、テーブル上を見ると明らかに綺麗に片付いている。


 従業員が食べ終わる皿を片づけたり、テーブル上を拭いたりしている。


 アリスの食べ方を見ても表情に出さないのを見ると、教育が出来ているなと感心してしまう。


「本日の料理は北部方面の葉野菜を基本に出来ておりましたが、料理はいかがでしたでしょうか?」


「満足だよ。いつもこういった料理が出ているのかな?」


 明らかにここまでの料理を出しているというのは、元手がとれているのか不明である。


「はい。お客様にご満足いただけるよう日々取り組んでおります。」


 アリスが食べ終わったのを見て片づけてもらうように頼む。


 従業員が引き上げたのを確認してからアリスに尋ねる。


「アリス。今からギルドに行ってくるから休んで魔法力が回復したらまた練習を繰り返すんだ。」


「作り終わった後もとに戻すのはどうしたらいい?」


 アリスは圧縮については得意なようだが、逆に分解する方についてはまだまだ未熟だった。


 それというのも、一度やらせてみた時に、土がはじけ飛んでしまったのだ。


 クロスの無属性の練習もあるが、そういった理由からクロスが魔法の無効化によりもとに戻していた。


 しかしいつまでもそのままではいけない為、やらせることにする。


「とりあえず、もとに戻すのは隅の方でやるんだ。それなら少しは飛び散る範囲が狭くなるはずだから。」


「わかった。」


 アリスに魔法の練習をさせて、クロスはギルドへと向かった。


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