59話 決着・観察
今度は姿勢を低くして水平に木剣を振るってくる。
時魔法を解いたことで、一気に速度が上がったように感じて戸惑ったが、クロスの体は反射的に動き出すと、逆にユフィの方へと木剣を垂直に持って倒れるようにして踏み込み、木剣が振り切られる前に、体当たりのような形で反撃する。
ユフィとしても、今度も前と同様に受けに回ると思っていたのか、対応が遅れてそのままクロスの木剣にぶつかってしまう。
クロスはユフィが木剣にぶつかる瞬間に、片手を木剣から外してユフィの肩に置き、先ほどユフィがやったような感じで空中に舞い、そのままユフィの背後へと降りる。
(結構タイミングがシビアだし、相手が自分のバランスをしっかりと保てる人じゃないとこれは失敗しそうだなぁ。よくもあの瞬間に手ではなく剣でやれてしまうのはすごいな。)
ユフィの真似をしてみたが、実際にはかなり難しく、木剣を相手の体に当てて上に飛び上がろうと思ったが、実際にやろうとして自信が持てなかったので、片手を木剣から外しユフィの肩に手を置く方法に変えてしまっていた。
ユフィは恐らく先ほどのクロスと同じだろう。
一瞬茫然としたが、ハッとしてこちらへと向き直る。
今度は距離を取ることもせず、ゆっくりと詰め寄ってくる。
その移動に合わせて、こちらもゆっくりと円を描くように移動していく。
残り五メルの距離からは、ゆっくりとした移動はせずに、 じわじわとにじり寄ってきた。
間合いに入った瞬間に、一気に来るだろう。
クロスは力まずに、木剣を両手で持ち下に下げた状態で待ちに徹する。
ジリジリとにじり寄っていたユフィだったが、途中で動きを止めた。
この間隔がユフィの間合いなのだろう。
(次来るので終わらせよう。長引かせて何が起こるか分からないし。)
今度は、クロスから間合いを詰めようと少しにじり寄ろうとした瞬間に、ユフィは突きを放ってきた。
クロスは木剣で突きの進路を制限し、制限したことで空いた空間にて反転し、そのままユフィに追撃する。
ユフィの首に木剣を当てると、降参と言わんばかりに手を上げた。
「分かってたけど強いわね。」
「簡単にやられるわけにはいきませんから。依頼破棄の罰則がキツいですしね。」
そういいながら、木剣を下ろして距離を取る。
クロスが言ったことが余程面白かったのだろう。
笑いながら教えてくれた。
「あなたまだあれ信じてたの?そんな罰則するはず無いわよ。噂が広がりでもしたら、誰も受けてくれなくなるわ。」
「まあ確かに。」
至極もっともなことを言われて納得してしまう。
「よし!休憩おしまい!まだまだ時間はあるし続きをやるわよ!」
「まだやるんですか?」
少し呆れながら言ってみるが、やる気満々なユフィは全く気にもしなかった。
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それから時刻になる夕刻まで、剣術相手を行い、やっと解放された。
「良い汗かけたわありがとう。」
「いいえ。依頼ですから。ではこちらの書類に署名いただけますか?」
ユフィに依頼書に署名してもらう。
「聞きそびれたけどあなたのお名前はなんて言うの?」
「クロスですよ。」
「ねえ、クロス。」
「なんですか?」
少し嫌な予感がしたが、反射的に聞き返してしまう。
「あなた私と一緒に武闘祭に出なさい。…若しくは私のところに来るか。好きな方を選んで良いわよ。」
「えー。選択肢の幅が狭すぎませんか?」
両方ともに、こちらの都合が全く考慮されていない内容だった。
「そうかしら?冒険者をやっていくよりも生活は安定するし、そんなに不自由はさせないわよ?」
「謹んでお断りします。(前の提案を選ぶとアインス家からの出場者となりそうで、なし崩し的にアインス家に組み込まれそうだし、後ろの提案なんて、それを早めてるだけだ。)」
「残念ね。…参考までに理由を聞いてもいいかしら?」
「まあ端的に言えば縛られるのがイヤだから…ですね。それでは、依頼完了と言うことで失礼しますね。」
これ以上なにか言われる前に、さっさと撤退しようと家の中に入ろうとした時に、後ろから声が聞こえてくる。
「ほんとに残念だわ。」
クロスは気にせずに家へと入った。
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「風よ。土よ。彼の者に眠りを与えたまえ。『トラオム』」
『トラオム』:対象を眠らせる【風属性10、土属性10】
家の中に入るなり、魔法の詠唱が聞こえたので、そちらを向くと、最初に案内してくれたメイドがいた。
メイドの詠唱が自分を向いているのが分かり、反射的に時を止める。
「『ツァイト』」
時を止めたのはいいが、徐々にクロスは眠くなっているのが分かった。
(これが眠りの魔法か…。このままだとやばい…。)
「無よ。魔法を解きたまえ。『ラディーレン』」
『ラディーレン』:一定範囲の魔法を打ち消す【無属性20】
とりあえず、無属性魔法で自分に掛かった魔法を解除する。
眠気が取れたところで、現状把握を行った。
周囲を確認するが、居るのは部屋の隅に居るメイドのみ。
恐らく先ほどのユフィとのやり取りで、なんらかしらの合図を送られ、眠らせるようにでも指示が来ていたのだろう。
そうでなければもっと人数を入れてもいいはずである。
ここに居ては何をされるか分からないため、すぐに離れるべく、扉を開けて外も確認しておく。
扉を開けて確認するが、誰も居なかったので、そのまま家から離れて振り返ると、二階の窓から、何やらロープらしきものを持った男が立っていた。
もしかしたら、失敗したときの為に何かをしようとしたのだろう。
時を止めているので意味が全く無いが…。
カードを確認し、残りの魔法力を見る。
クロス
ランク 2
魔法力 18739/72000
筋力 30
魔力 無5/時4
速度 31
状態 普通
金銭 5,930,000リラ
残りの魔法力も少ない為、いたずらは諦め、表通りを挟んで反対側にある家の脇道へと体を隠して時を戻す。
暫くすると、少し開けっ放しにしていた扉からメイドが出てきた。
その時に二階に居た男がロープではなく網を下に居たメイドへと投げつける。
その後すぐに男は下に居たのがメイドだと気付いたようで部屋の中へと引っ込んでいった。
(なるほど。網で捕獲する気だったのか。)
納得が出来たところで、メイドへのイタズラと、二階に居た男への、今後言われるであろうの叱責に胸がすっとする思いで、その場を後にした。




