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56話 報告・名前

 町に着いたので、ギルドへと向かう。


 未だに猜疑心満載の目で、ナタリアが見つめてくるが、もう気にならない。


 ギルド内に行く前に、脇道に入り採集してきた滋養草やワイルドボアを出す。


「ワイルドボアなんて今出してどうするの?」


「ちょっとね。悪いけどギルドに運んで貰えるかしら?」


「…わかったよ。」


 これで、多少なりとも機嫌が直ればいいかと、無属性魔法で筋力強化してから、ワイルドボアを持ちギルド内に入る。


 マードックの前でワイルドボアを下ろし、依頼の報告を行う。


「はい。これホーンラビットと滋養草です。」


「わかった。後ろのはどうする?買取かい?」


「いえ。これは彼女のです。」


 依頼の処理をしてもらい報酬を受け取ってから、依頼板にて町中の依頼を確認する。


 今度は、急ぎの依頼は無さそうなので、簡単そうな依頼を選ぶ。


 依頼の中に、剣術相手の募集がまだ残っていたので、それと受ける。


 内容は、二刻程付き合うだけでいいようだ。


「ナタリア。僕は午後から町中の依頼を受けるけど、君はどうする?」


「私は疲れたから、今日は宿に戻らせて貰うわ。」


「では、また夕食にでも。」


 ナタリアと別れて昼食を食べに裏道へと行く。


 今回は、昼間なので営業時間も大丈夫だろう。


 裏道に入り、人混みをかき分けて店へと向かう。


 店の前に入ろうというときに、誰かにぶつかってしまった。


 嫌な予感がしたので時を止める。


 まずは自分の持ち物を調べる。


 今度は所持金は無くなっていなかったが、腰に差していた短剣が無くなっていた。


 溜め息と共に盗んだ犯人を捜す。


 前回と違いぶつかって即止めたので、犯人はほぼ離れていないだろう。


 周囲の人を時計回りで順に調べていく。


 犯人を見つけたのは居た場所から5メル程離れたところだった。


 外套を被り顔を隠していたので、取り除き顔を確認する。


 そこには前回と同じ少女がいた。


(さて犯人見つけたけどどうしようかな。)


 さすがに二度目なのでなんらかしらの対応を考えないといけない。


(アジトまで案内してもらおうかな。)


 一旦その場を離れて屋根の上に上がる。


 そこで先ほどの少女を探し出し、時を戻す。


 そして、少女が動いて見失いそうなところで時を止めるを繰り返す。


 ついて行くことしばし、人通りも少ない町の外円部付近にて、一軒の家に入ろうとしていた。


 鍵を掛けられると面倒なので、時を止めた上で先に家の中に入る。


 家の中には、男が一人居たので、ばれない様に家具の陰になる部分に行き、時を戻して様子を窺う。


 家に入ってきた少女は、中に入ると鍵を掛けて外套を取る。


「戻ったみたいだな。収穫はあったか?」


「短剣です。」


「しけてんな。盗りやすいものといっても毎回財布を狙えとは言わんが、金になりそうなものを盗って来い。」


「すいません。」


「まぁいい。今回のノルマはこれで終わりだ。後は自分の分を稼ぐんだな。」


「はい。」


 どうやら少女は、この男に命令かなにかで仕方なく盗んでいたようだ。


 以前旨いものを食わせるつもりで渡したお金も、この男に徴収されたと思うとちょっと不快な感じだ。


 いい加減隠れていても仕方ないので、顔を覆面で隠し姿を現す。


「話は終わったか?」


「「!!!」」


 二人は驚いていたが、数瞬後に男の方は少女から受け取った短剣を抜いて身構えた。


 少女の方も、いつでも逃げられるようにじりじりと扉へ向けて移動している。


「誰だ?」


「その短剣の持ち主とでも言ったら分かるか?」


「………。」


「まずはそこの少女と、お前との関係を教えてもらいたいんだが?」


「………。」


「ちなみに黙秘及び拒否にはそれ相応の対応が待っている。(『ツァイト』)」


 時を止めて扉へと移動する。


 移動後に、扉へと近づいていた少女の後ろに回り込んでから時を戻した。


「「!」」


 二人がクロスを見失い、油断したところで少女の腕を取り背中に回して完全に極める。


「うぅっ。」


 少女の漏らした声を聞き、男が振り向いたところで再度驚く。


「さて…あまり気が長い方ではないので五数えるまで待つ。それまでに話さなければ勝手にこちらで対応しよう。」


「………。」


「一………二………三………四……「話す。」。」


 五と言うところで男が短剣を鞘に仕舞い話し出した。


「俺は裏ギルドの者だ。」


 裏ギルドなんて始めて聞いたが、二人のやっている事を考慮するとまともな組織ではないのだろう。


「そんなことは聞いていない。お前とこいつとの関係だ。」


「俺が拾って育てている。」


「拾ったというのはどういうことだ?」


 拾ったというより誘拐ではないのかと思うのだが、一応確認のため聞いてみる。


「そのままの意味だ。この裏通りの外円部は貧民区画のような形になっていて、親無しや捨て子がいる。そんななかから俺たちは、自分の手足になりそうなやつを見繕って育てているというわけだ。」


 確かに、この家に入る前に確認したが、家のつくりは普通なのだが、なぜか薄汚く見え、さらに外に出ている人が少ない上に、着ている物もぼろきれの様な物が多かったように思う。


「ということは、こいつも裏ギルドの手下というわけか?」


 もしそうだったら二人ともこの町のために処理してしまおうと考えるが、そうはならなかった。


「まだ入っていない。」


「どこまで教えている?」


「一通り盗みや暮らす分については教えている。」


 予定通り事を進めることが出来そうである。


「ではこいつは俺が貰う。何か質問はあるか?」


「…いや、ない。」


「それはよかった。お互いこれ以上不幸なことは起きそうに無いな。次は相手を選ぶことも教えておくことだ。」


「そうするよ。」


 男は諦めた顔をして短剣をこちらへと放ってくるが、クロスは更に投げ返す。


「その短剣は餞別だ。それではな。」


 クロスは少女を連れて家を出た。


〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


 少女の名前を知らないのもあれなので、とりあえず尋ねてみる。


「お前の名前は?」


「………。」


「まぁいい。このまま教会へと向かう。そこで分かるはずだ。」


「………。」


 少女を連れて教会へと向かう。


 場所はこの町の北側にある。


 あまり人に見られるのも嫌なので、脇道を通って極力表通りを通らないように進む。


 なんとかほとんど一目に触れずに教会へ着くことが出来た。


 中に入る前に覆面を取る。


 覆面を取ったときに少女がジッと見つめてきたが気にしない。


 教会の中には、お昼のせいだろう、人がほとんど居ない。


 中に居たシスターに声をかける。


「すいません。クリス神父はいますか?」


「えぇ。居られますがあなたは?」


「私はクロスと言います。数日前に聞きたいことがあれば、教会まで来るようにと言われましたので、その言葉に甘えて来させて頂きました。」


 暫く待つと、クリス神父が奥の部屋からこちらへとやってきた。


「こんにちは。クリス神父。」


「やぁクロス君。数日ぶりだね。何か聞きたいのかな?」


「えぇ。まず確認したいのですが、こちらには黒水晶はありますか?」


「あぁ。あるが何をするんだい?」


 ここで少女に裏通りにて盗まれたことを話す。


「ふむ。災難だったね。ということはその子の状態が知りたいのかな?」


「えぇ、そうです。出来れば私が預かりたいとも思います。」


 神父は意外そうにこちらを見ている。


「いいのかい?以前は選ぶのに渋っていたと聞いているんだが。」


「えぇ。構いませんよ。それとも一般人だとまずいことってありますか?」


「まぁ従者にしなければまずいことは無いが…。元盗賊だった者が基本更正する場合は、奴隷に近い扱いになるんだ…。まぁ農奴で王家や各家に入ることがおおいけどね。一般人というのは珍しくはあるかな。まぁ君はツヴァイ家に認められてるようだし問題はないよ。」


 どうやら予定通りうまくいきそうである。


「では早速お願いしてもよろしいですか?」


「あぁ。ではこっちに来てもらえるかな?」


 少女を連れてクリス神父についていく。


 二階の手前の部屋に入り、黒水晶へと近づく。


「では名前を聞いてもいいかな?」


「こいつ喋らないみたいなんで、強制的に見ようかと。」


「あぁ。そうなのか。ではここに手を当ててみてくれるかな。」


 言われたとおりに少女の手首を持って黒水晶へ手を当てさせる。


「クロス君。あとはいつもどおりに表示を言えばいいだけだよ。」


「それだけでよかったんですか。では状態表示。」


 しかし、状態が現れることが無かった。


「?状態表示というか何も出てきませんが?」


「おかしいな?犯罪者であれなんであれ出るはずなんだが?」


 ここで少女の生い立ちを思い出す。


「もしかしたら世界に登録されてないのかもしれません。」


「それは…ありえるね。」


「両方黒目だったんで、無属性だと思ったけど違ったんだ…。」


 両方黒目だったのは、どうやら生まれてから十日後に行う祝福を行っていなかったからのようだ。


「では登録の前に祝福をしておこう。その後に名前を登録するけど、君には何か気に入った名前はあるのかな?」


 クリス神父は少女へと語りかけるが少女は何も言わない。


「話したくないみたいなんで、こちらで勝手にきめますね。」


 さてなんという名前にしたものか…。


 少女をよく観察してみる。


 髪は金髪のショートカット、顔は幼く表情は窺えない。


 体はあの時から変わらずガリガリで、着ている物はぼろい布製で覆われている。


(やはり見た目外人だし、そっち系の名前の方がいいよな…。)


 少女を椅子に座らせて、神父が詠唱を始めると、少女は気絶してしまった。


 その後すぐに目を覚ます。


 少女は目を覚ますと、周囲を確認しだした。


 恐らく各属性の神と言える精霊に合って来たのだろう。


 目の色は茶と黄のため、土属性と木属性だろう。


「祝福も受けたようだし、登録をするけど名前はいいかい?」


 悩んだ結果、これ以上悩むのも仕方ないという結果に陥ったため、最初の印象で浮かんだ名前にした。


「決めました。」


「では、そこに先ほどと同じように手を当てて名前の後に『ゼーゲン』と唱えてくれればいい。」


「分かりました。」


 少女の手首を持ち、黒水晶へと手を当てる。


「《アリス》『ゼーゲン』」


 少女はそのまま気絶してしまった。


 これで少女の名前は世界に刻まれたので、カードを作成することも出来るだろう。


 黒水晶に少女…アリスの情報が出てくる。



アリス

魔法力 400/400

筋力 10

魔力 土20/木20

速度 25

状態 普通

金銭 0リラ



「状態が普通となっていますけど、今まで行ってきた犯罪についてはどうなるんでしょう?」


「恐らく世界に登録されてない状態だと、人の体に危害を加えない限り認識されないんじゃないのかな?推測でしかないから確実とは言えないけど。」


「なるほど。ありがとうございます。」


「君たちに幸多からんことを。『ヴォール』」


 気絶していた少女は目を覚ましたが、黒水晶を見たままなかなか動こうとしなかった。


「行くぞ。アリス。」


 返事を全く返さないアリスを連れて教会の外へと出た。


 まだアリスという名前に慣れていないせいだろう。


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