55話 エルクの森・文句
エルクの森に入ると、最初は明るかったが、奥に進むにつれて段々と薄暗くなってくる。
森の奥へと進んでいる途中で見つけた薬草や香草なども、ついでとばかりに持って行く。
そして一定量溜まるごとに、魔法で収納していった。
目的である滋養草は、この森の一番奥…中心部に生えている。
だが、その付近には単体としては弱いが、群れだと手強いファングドッグが居るらしかった。
ランクとしては3なので魔法は使わないが、群れになるとランク4になるので注意が必要になる。
「そろそろ最深部に近づいてきたから注意してね。」
「何かあるの?」
「ファングドッグが居るみたいなんだ。」
「そんなところに行くわけね…。」
ナタリアは少しの間呆れていたが、気を引き締め直し警戒心を高めた。
しばらく進むと、周囲は少しずつ明るくなり、ついには草原が広がっている場所に出た。
この広場の植物には、風が優しく回るように吹いていて、日の光もたっぷりと注がれている。
「なかなか気持ちのよさそうなところだね。」
「風もあるし、日もある。生えている草も柔らかくて寝心地がよさそうなところね。」
ナタリアも認めるほどの場所である。
広場の中央付近に歩いていくと、図鑑で見たものと同じ、滋養草が生えていた。
「発見っと。結構生えてるもんだね。」
「そうね。」
ナタリアと共に滋養草を多めに採取し、町へと戻ることにする。
再び森へと入ろうとすると、何かの視線を感じた。
「クロス…。」
「分かってる。」
ナタリアも視線に気付いたようだ。
緊張しているようで、声を抑えてこちらに言ってくる。
恐らくファングドッグだろう。
救いなのは、現在居る場所が広場で日に当たっていることだ。
ファングドッグは薄暗く、更には空けた場所よりも、樹林などが密集していて隠れやすいところを好むし、明るいところにはなかなか出てこない。
自分が有利な場所でしか襲わないところを見ると、なかなか賢いように感じる。
ただ、このままここに居ても、夜になってしまっては、結局ファングドッグの行動範囲になってしまうので抜けることを考えなければならない。
一旦採集した滋養草を魔法で収納し、ナタリアに声を掛ける。
「ナタリアたぶんファングドッグだと思うんだけど、抜ける自信ある?」
一々時を止めて、隠れているファングドッグを探して殺していくのはとても面倒であったので、一気に突っ切って行きたいと思うが、ナタリアがついて来れるか不明である。
「多分行けると思うんだけど、あなたは?」
ナタリアが行けるというので任せることにして、最悪自分で抱いけばいいかと気楽に考えることにした。
「僕の心配は無用だよ。無属性魔法で突っ切るだけだから。心配なのはナタリアの方かな。」
「そう…。一応念のために短剣を貸してもらえるかしら?」
「わかった。」
魔法で愛用の短剣を取り出す。
「これをあげるよ。古いけど手入れはしてるから切れ味はあると思う。ただ耐久力が余りないから、叩き斬るんじゃなく切り裂く方で使ってね。」
「確かに、これだけ薄いとそっちの斬り方の方がよさそうね。一応もう一本あったら貰える?」
もう二本短剣を取り出し、一本をナタリアへ渡して、もう一本を利き腕とは反対の腕に取り付ける。
「んじゃ、行こうか。」
「ええ。いつでもいいわよ。」
クロス
ランク 2
魔法力 40007/72000
筋力 29
魔力 無5/時4
速度 30
状態 普通
金銭 5.960.000リラ
ナタリアには無属性と言ったが、使うのは時属性の魔法である。
魔力は時属性の方が低いので長時間使うことを考えると、時属性の方がいいのである。
「(『アインスゼグンデ』)」
『アインスゼグンデ』:世界の時の流れを四分の一にする【時属性10】
ナタリアには聞こえないように詠唱し、森へと進む。
軽く走っただけでも、移動速度が単純に四倍になる上に、時属性を使用している間は疲れないのでお得だ。
夜に移動速度を変える練習をしているので、ある程度速度域は自由だ。
今の速度だと、無属性魔法の『フリュー』くらいのレベルだろう。
体感では、最初の速度の1.5倍くらいのイメージである。
『フリュー』:自分の動きが少し早くなる【無属性15】
後ろを振り向くと、少し離れてナタリアがついて来ている。
表情から、ナタリアが全力で走っているのが分かる。
ナタリアは全力で走っているとはいえ、軽く走っているクロスについてくるということは、クロスが考えている以上にナタリアの速度数値は高いのかもしれない。
森へと入り、更に速度を上げて進む。
周りには、来た時には無かった気配をいくつか感じる。
しかし、クロスの警戒を余所に、周囲の気配はこちらには向かわず、後ろのナタリアに狙いを定めたようだ。
慌ててナタリアの方を振り返ると、ナタリアとの間に結構な距離が開いている。
少し薄暗くはあるが見える感じだと、ナタリアに対してファングドッグが攻撃しているようだ。
立ち止まりナタリアの方へと向かう。
ナタリアは両手に短剣を握って走っている。
何回か攻撃を受けつつ来たのだろう、服がところどころ破れているようだ。
そんなナタリアは、クロスを見て一瞬であるが油断してしまった。
樹の陰から飛び出してきたファングドッグに気付いていない。
(世話が焼ける…。)
全力疾走でナタリアへ向かい、飛び出してきたファングドッグに対して剣を振り切る。
振り切った剣は、簡単にファングドッグの首を飛ばしてしまった。
そのまま剣を払って鞘に仕舞い、樹をいくつか蹴って反転しナタリアの背後に迫る。
走っているナタリアを、追いついた勢いのまま抱き上げて森の外を目指す。
(最初からこうすればよかった。)
ファングドッグはそのまま追って来ると思ったが、クロスのスピードについて来れないと判断したのか、気配は離れていく。
油断は出来ないので森の外へ出るまで速度は緩めない。
森の外へ出てから後ろを確認し、更に周囲を確認してからナタリアを下ろす。
「たぶん、もう大丈夫だね。」
「………。」
ナタリアは放心しているようだ。
両手をクロスして短剣を握ったまま、下ろした場所から全く動かない。
ナタリアの服が破れている部分を重点的に見て、怪我が無いことを確認する。
「さて、大きな怪我もないようだし、目的の物は手に入ったから町に戻ろう。短剣は危ないから仕舞ってね。」
「………。」
「(はぁ)そろそろ正気に戻って欲しいんだけど?」
「…今のは…一体何?」
「ファングドッグだよ。説明したじゃないか。」
「そうじゃないわ!さっきの速度よ!最初に会った夜は私の見逃しだと思ったけど今回は違う!明らかに速過ぎるわ!」
ナタリアは、興奮もしくは混乱しているのか、クロスへ詰め寄ると一気に捲くし立てる。
「これも最初に言ったけど、無属性魔法だよ。ほら、行くよ。」
説明する気も無いし、さらに言えば対応が面倒なので無視して町へ戻ることにする。
「ちょっと!待ちなさい!まだ納得できないわ!ちょっと!聞いてるの!?もうっ!」
その後も、なにやらぶつぶつと文句を言いつつ付いてくるナタリアを後ろに、クロスは町へと戻ることにした。




