51話 宿屋・メイ
鍵をターニャに返して従者二人の下へと行く。
「宿はとれた?」
「はい。このギルドの前の宿屋にて三人分とる事が出来ました。」
「メイが料理がおいしいっていうし、ギルドに近いからそこにしたわ。」
「渡したお金で何泊出来そう?」
「食事有りで三泊で余り3千リラ、無しならば五泊で余り無しです。とりあえず一泊の食事有りでとりました。」
どうやら一人一泊食事有りで3千リラ、無しで2千リラのようだ。
「そっか。一旦中央の酒場に行こう。ちょっと話したい人も居るし。」
従者二人を連れて、中央広場にある酒場の方へと入っていく。
酒場に入ると、夕刻ということもあり、ぼちぼち人が入っていた。
そこで探していた人物を見つける。
そこには、寝転がっていたはずの酒屋の親方が、カウンターにて水を飲んでいた。
「いたいた。二人はちょっと待っててね。」
従者二人を入り口付近に待たせて酒屋の頭へと近づく。
頭はやっと動ける程度には回復したようだが、まだ顔が赤かった。
「こんばんは。酒屋の親方で間違いないですか?」
「ん?誰だ?」
「本日この酒場へ、親方の酒屋からの酒の配達をした者です。」
どうやら親方は、前回会ったことを完全に忘れているようだ。
首を傾げて思い出そうとするが、頭痛がするのか、顔をしかめている。
「とりあえず報酬の金額を頂こうと思いまして。」
報酬金額については、通常ギルドに渡しておくことになっているが、依頼を出す段階で依頼者にその場での支払能力が無くとも、依頼者及び依頼の内容が信頼出来るものであれば後払いも可能となっている。
但し、報酬についてはギルドが決めるので、その金額を下げることは出来なくなってしまうし、金額は通常の依頼額よりも割高となってしまう。
「あー。今日はそういえば配達日だったな…。あいつも飲んだから運べなかったか…。確かに俺もこの様だしな…。わかった。いくらだ?」
「5千リラになります。」
「あー。小さいのが無いな。まぁいい。1万リラだ。今日はご苦労だったな。」
親方は余計な事を考える思考力もないのか、それとも面倒なのか、懐にあった袋から1万リラ硬貨を出すと、クロスへと渡してきたので、それを受け取る。
「ありがとうございます。またなにかの機会がありましたらよろしくお願いします。」
「あーまたな。」
もう喋りたくないのか、こちらも見ずに返事すると、手を振りカウンターにうつ伏せになってしまった。
報酬は貰ったので二人の元へと戻る。
「報酬は貰ったし宿屋に行こうか。」
「わかりました。」
「早く行きましょ。お腹空いてきたわ。」
クロスは宿屋へと向かう。
今日何が起こったのか…。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
-親方の場合-
今日も、中央広場の酒場である人が来るのを待っている。
数日前に酒屋にて、一緒に行動していた女性が、帰ってきたのでそろそろ酒場に顔を出すはずだ、との話を聞いたので待っているがなかなか現れない。
昼はこちらも色々と時間をずらして食べているのだが、出会えないので我慢できずに今日は、夕刻から一日居ることにしたのだ。
待っていた甲斐があり、その人が酒場に現れた。
その人は以前来ていた時間よりもだいぶ早かった。
どおりでいつも会わないはずである。
勇気を出して声を掛ける。
「よう。げ元気だたったか。」
「…。あぁ酒屋の親方さんね。元気は…あんまりないかな。」
マリーに近づいて分かったが、いつもの笑顔は無く、なにやら落ち込んでいるようだった。
「何かあったのか?」
「………あんまり…話したくは無いかな。」
言いたくないような出来事がマリーの身に起きたようだ。
ここは男として励まさねばなるまい。
「嫌なことは飲めば忘れる!飲もう!」
「…そうね。でもすぐにあなたつぶれちゃうじゃない。」
以前のことをしっかりと覚えているようだ。
「大丈夫だ。」
もうすぐすれば店のやつらが店を閉めてこの酒場に来るだろう。
「では飲みましょう。乾杯。」
「乾杯!」
そこからの記憶は曖昧だ。
一体いつまで飲んでいたのか、目が覚めると酒場の隅で床に寝転がっていた。
酒場には俺一人だけなのか、周りに他の連中は居ない。
体を起こすと同時にめまい、頭痛、吐き気、体の痛みが一瞬にして襲ってきた。
無理やり体を動かして、カウンターに腰掛ける。
「だれか…。」
出した声は枯れていて声量も小さかった。
この声では余程近づかないと聞こえないだろう。
しかし、店の中で物音がしたからか、それとも朝の準備なのか店員がやって来た。
「あれ?親方起きました?起きたらお金払ってくださいね。27万リラになります。」
店員は薄情なもので、心配よりもお金の支払いを催促してくる。
「みずを…。」
「水ですか?先にお金を支払ってくれたらあげますよ。」
なんという業突く張りであろうか。
ポケットに入れていたお金を全て出す。
こういうこともあろうかと30万リラほど持ってきていた。
「では数えますね。」
「み…ず…。」
店員は態となのかゆっくりと枚数を数えているように感じる。
「はい。27万リラ確かに頂きました。水を持ってきますね。」
それから水をコップで持ってこられたが一杯では全く足りなかった。
「もっと…たのむ。」
「(はぁ)仕方ないですね。」
今度は小さな樽で持って来てくれた。
「たすかる。」
「横になってたほうが楽になると思いますよ?」
「そうするよ。」
その場でうつ伏せになり寝ようとすると…。
「掃除をするのでせめて最初に居た隅の方で寝てください。」
まるで邪魔者扱いである。
まぁ確かに宿泊客でもない人間が、こんな時間にいたらそう思われても仕方ないかもしれないが…。
それにしても、一緒に飲んでいたはずの他の連中も酷いやつらである。
親方である俺を放って家に帰ったのだろう。
少し考えただけでも頭痛が収まらない。
言われたとおり元居た隅の方に寝転がり、二日酔いがマシになることを祈って寝た。
次に起きたとき、二日酔いはだいぶマシにはなっていたが、体はまだ思うように動かない。
カウンターに座りなおして、再度水を飲む。
そんなときに、呼びかけられて振り向くと小僧が立っていた。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
-メイの場合-
本日昼から、クロス様はギルドに籠もるとのことで、それまでに宿をとり夕刻までは自由にしていいと言われた。
まずは宿屋にて手続きをするのが先だろう。
この町には東西南北に四つの宿屋があるが、この前食べた料理がおいしかったこのギルドの前の宿屋を言われたときに決めていた。
「メイはどこをとるか決めてる?私はあまりこのあたり詳しくないんだけど?」
メイはこの町の者ではないのでしょう。
私に聞いてきました。
「はい。このギルドの前にある宿屋をとろうと思っています。」
「理由を聞いても?」
「ギルドから近いですし、以前食べた料理がすばらしくおいしかったです。」
「料理がおいしいって言うのは良いわね。」
メイも納得してくれたようです。
宿屋に入り受付に居た方に空き部屋数を確認しますと、部屋は五つは空いているそうです。
その後値段を確認しました。
クロス様から頂いた金額で十分に宿泊できます。
一応今後のことは決まっていないので、とりあえず一泊食事付きでとることにしました。
「さて、三部屋とった訳ですが、ナタリアは夕刻までどうされますか?」
「私はこの町を探索してみようと思うわ。夕刻にまたギルドで会いましょう。」
そういうとナタリアは、宿屋を後にしました。
私は報告も兼ねて、マリーとベルに会いにツヴァイ家へ向かいました。
ツヴァイ家の門にて係りの者にカードを見せて敷地内に入ります。
雇われの者が使用する扉から入り、中に居た執事の方に侍従長への取次ぎをお願いしました。
暫くすると侍従長が来られたので、ゼーロー村で書いた報告書類を渡しました。
侍従長は中身を確認すると、内容について確認してきました。
私は分かる部分は答え、分からない部分については調査を行う旨を伝えました。
概ね満足したのか、報告書類を持って部屋を出ようとする侍従長に声を掛けます。
「侍従長、セリーヌ様、それにマリーとベルに会っても構わないでしょうか?」
「セリーヌ様は既にここにはおられません。ここでお待ちなさい。向かわせます。」
部屋で待つことしばし、マリーとベルが来ました。
「はい。元気してた?」
「こんにちは。メイ」
「充実しているわ。それよりもセリーヌ様はどちらに?」
セリーヌ様はどちらに向かわれたのでしょう?傍付きのはずの二人を置いて。
「セリーヌ様は王都へお戻りになられたわ。まぁ原因がなんであれ、王都の方がここよりも物理的には安全なのは間違いないし…。精神的にはきついところだけどね。ベルはそこへ付いていくことになってるわ。」
「マリーのおかげです。今回の盗賊のことで、マリーが侍従長へ掛け合ってくれたおかげで、セリーヌ様付きのまま王都へ異動になりました。」
「マリーはどうするの?」
マリーは自分の事以外を言うだけで、自分のことになかなか触れようとしないので確認してみようと思う。
「私は…暫くここに残るわ…。セリーヌ様付き従者からは、既に外していただいたの。」
「そうですか…。」
マリーは今回のことで思うところがあったのでしょう、セリーヌ様付きの従者を辞めるそうです。
「そういうメイはどうなの?あれからなにか進展あった?」
今度は私が聞かれる番のようです。
うまく私のことに向かないようにしたと思ったのですが、なかなかうまくいかないものです。
「特に何もありません。」
「ほんとに?」
マリーは含みのあるニヤニヤ笑いに変わり、ベルは何かを見極めるような視線をこちらに向けてきます…二人とも気味が悪いです。
「一緒に生活していただけですよ。特に特別なことは…。」
言い終わろうとすると、目の前の二人はコソコソ話を始めてしまいました。
「いいことがあったみたいね。よかったわ。」
「ほんとに充実してそうですね。安心しました。」
「…。」
私の発言のどこからこういった考えに至ったのでしょう。
全く理解できません。
その後、他愛ない雑談を交えて話していましたが、時間はすぐに過ぎてしまったようです。
もうそろそろ夕刻となりそうなので出ようとしたときに、マリーの方から切り出してくれました。
「ではそろそろ戻るわね。また会いましょう。」
「私も明日には王都に行きますので、行く前に会えてよかったです。失礼しますね。」
「えぇ。また会いましょう。それでは。」
二人に別れの挨拶をして屋敷を出てギルドへと向かいました。
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