4話 出会い・限界
やっとハイハイが出来るようになった。
これで移動範囲も広くなり、家の中を見て回ることができる!と喜んだが、拾い食いしない為なのか手に手袋のようなものを付けられ、思うように物に触ることが出来ない。
(手が汚れないのは良いが、物に触れない…。)
家の中は抱きかかえられて見ると、そんなに広くは感じなかったが、移動するとなると広く感じてしまう。
(食べ物は見たこと有るものが多いけど…色と形が少し違うかな?)
暖炉の横に食べ物が天井からぶら下がり、籠の中からバナナのような物が見える。
(早く歯ごたえのあるものが食べたい…。)
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家の中をハイハイで走り回る体力がついた頃、近くの草原に初めて散歩しにいくことになった。
川沿いの草原に着くと、母親はクロスを下に置いた。
(やっぱり、固い床より草の上の方が気持ちいいな。)
「クロス。今日はここで夜ご飯の材料探そうね。材料は薬草よ。」
川沿いにある草原に置かれ近くの草花を観察する。
(今までまともに見てきて無かったが、いろんな草花があるな~。それにしても薬草ってどんな物なのかな?見たことないから分からないんだけど…。)
色々と草花を観察していると、母親は何か見つけたのか、草を取りこちらに持って来る。
「これが薬草だからね~。覚えておくんだよ。」
そういうと薬草をズボンにいくつか差してくる。
「あ~。(これが薬草か…よもぎみたいでいいにおいがするな~。)」
「今日からクロスに薬草スープをあげてみようかな。」
「あ~あ~。(やっと他の物が食べれる…。)」
自分のズボンにさしこまれた薬草を見て、同じ物がないか探してみることにする。
同じ物は川に近い方に生えていた。
近付くと先程嗅いだ匂いとは違い、少し鼻が刺激されるような匂いがしてくる。
「あっ!ダメだよクロス。これは毒草だからね。」
後ろから抱きかかえられ離される。
(薬草の近くに毒草もあるのか…見分け方は匂いだけかな?分かりやすいからいいけど。)
母親は薬草をいくつか摘むと、家に帰り食事の準備に取りかかる。
夕食には薬草スープが出てきた。
この日からは、パンを砕いて混ぜた薬草スープを食べることが出来るようになった。
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掴まり立ち歩きもボチボチ出来るようになり、家の壁沿いで練習していると、外の方が少し騒がしくなっていることに気付く。
母親も気付いたのか、窓から様子を窺うと、クロスの方へ向かってきてクロスを連れて外に出た。
外に出てみると、他の人は村の入り口の方に向かっているのが分かる。
(何かあったのかな?)
母親も同じく入り口の方に歩いていくと、人だかりはギルド前に集まっていた。
母親は、近くの人に事情を聞いてみると、倒伐対象の大型の獣を一頭討伐したのだが、一緒にいたもう一頭に逃げられてしまったので、注意が必要との事で、今ギルド前でその大型獣を解体している最中らしい。
人の合間を抜けて中を見ると、5メル(メートル)はあると思われる熊のような獣がいた。
そこでは父親が、ナイフと出刃包丁を大きくしたような物で獣を解体していた。
「あ~。(親父の仕事の内容ってもしかして獣の処理屋なのかな?…それにしてもあんなにデカいのを一人で解体するものなのか?)」
「クロス~パパはお仕事してるんだよ。応援しようね。」
母親に手首を握られ、無理やり父親に向けて手を振られる。
父親もこちらの存在に気づいたのか、こちらへ向けて近付いてくる。
「ノーラ。すまないが今日は帰るのが遅くなりそうだ。」
「これじゃ仕方ないわ。二人で先に食べておくね。」
「あぁ。それじゃ解体に戻るよ。」
「頑張ってね。」
父親は大型獣の元に戻ると再度解体し始めた。
母親も返事をし、暫く見ていたが、途中で家に向けて帰りはじめる。
「大きかったね~クロス。(…あまり村から離れない方がいいかな。)」
「あ~。(この世界にはあんなデカいのが生息してるのか…。)」
その日の夜、父親が帰ってきて言った愚痴で分かったが、ランク5の冒険者数人で隣町シュトラウスの倒伐依頼を受け、一頭を倒したのはいいが、もう一頭には逃げられたうえに、大き過ぎてまともに解体出来る人が居なかったらしい。
依頼の内容は二頭の倒伐で、今回倒伐出来たのは一頭であるため、依頼の継続を確認したところ受諾を取り下げた為、四分の一以下の報酬になったとのことだった。
(身の丈に合った依頼をした方が良さそうだ。大きくなったら親父から解体の仕方も習おう。)
やるべきこと、やりたいことがどんどんと増えていくのだった。
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一歳になり、ゆっくりと歩けるようになった頃、昼過ぎに教会へ連れて行かれた。
教会につくと神父に挨拶をし、ある部屋に入っていく。
部屋の中には、見た目同じくらいの子供達と女性達がいた。
「おはようございます。皆さん」
「おはようノーラ。」
「おはようございます。」
「おはよう~。」
「おはよう~。」
「クロスが先日一歳になったので、早速連れてきました。」
積み木などのおもちゃがある区画があり、子供達はその中で遊んでいた。
母親は挨拶を一通り終えると、子供たちのいる区画のほうに行き、そのなかにクロスを置くと、大人たちの会話に入っていく。
クロスは区画の中に置かれ、しばらくぼ~っとしていると、一番近くにいた子供が近寄ってくる。
「あい、あげりゅ。」
皿の上に積み木をのせた物を貰えたが、上手く持てず落としてしまう。
「あう~。(まだ上手く指が使えないな~。)」
「あーーー。おとちたーーー。」
子供の大声を聞きつけた母親と女性が近寄ってくる。
「ごめんねアイリちゃん。まだクロスは持てないみたい。」
名前から女の子だとは思うが、男の子に見えたため驚いてしまう。
「アイリ!あんたが大きな声を出すから、クロスちゃんがびっくりしてるでしょ!…相手のことを考えて、お皿は前に置いてあげなさい。」
アイリは、女性に言われ泣きそうな顔をするが、言われたとおり置き直す。
「大丈夫よ。この子滅多に泣かないから。夜泣きも無くて…、周りから聞いて身構えてたのに拍子抜けな感じなの。」
「ほんとに?アイリなんてもうすぐ二歳なのに、未だに夜泣きするわよ。」
二人はそのまま世間話を始めたため、座って泣きそうな顔のままのアイリに近づき、頭を撫でてやることにする。
「!」
頭を撫でるまで気付かなかったのか、頭を撫でられてびっくりしたようだが、徐々に笑顔になっていく。
周りの子供を見てみると、積み木で遊んだり、疲れたのか寝ている子供までいた。
しばらく回りを見ていると、本棚があることに気づき行ってみることにする。
しかし、機嫌のよくなったアイリに捕まり、ままごとに付き合わされることになった。
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日も傾き夕方近くになると、この集まりも終わりのようで、皆帰り支度をし始めた。
帰り際までアイリとままごとをしていたせいか、帰る時にアイリに抱きつかれ「いっちょにいる!」と泣かれてしまう。
(耳元で泣かれるとかなりうるさいな~。)
無理やり剥がされ泣き叫ぶアイリをよそに、クロスは母親に抱かれほっとした。
(子供相手はかなり精神的に疲れる…。)
ぐったりとしつつ眠りについた。
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それからは数日に一度は通うようになり、アイリがいるとその度にままごとを強要された。
一度無視して他の子と遊んでいると泣き出してしまう。
その泣き声を聞いて、母親たちが来て「クロス仲良くね。」「アイリと遊んであげてね。」と言われ、どうすることも出来ず、仕方なくままごとをする事になった。
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一歳半になると、拙いながらも喋れるようになり、ままごとでも相づちを求められるようになった。
他にも子供が二名いたのだが、クロスがいる間は他の子供と遊ぶ気配はない。
他の子も近付くと、半強制でままごとになるため、自分でやりたい事がある時は近付いて来なかったり、飽きたら他のところに行ってしまう。
(絵本読んだり他のことがしたいんだが…。)
家には絵本がなく、文字を覚えようと思ったら、教会でやるしか無いのが現状である。
(そういえば…前の世界みたいに時を調整出来るってことだったけど…今出来るのかな?…悩んでても仕方ないしやってみるか!)
時を止めようと念じてみると言葉が頭に浮かぶ。
『ツァイト』:時の流れを止める【時属性5】
「ちょきよ、ちょまれ。『チャイト』」
拙い喋り方でも、周りの皆が固まっているのが見え、成功したことに喜んだ。
(成功したはいいが、何か体から抜けていく感覚があるな。あっちの世界では感じなかったが、もしかしてこっちでは時間制限がある?もしくは何か必要なのか?とりあえずやれるとこまでやってみるか。)
早速絵本を見て文字を覚えることにする。
絵の内容は、寝るときに母親がよく聞かせるものであり、そこから文字を類推する。
文体的には、日本語と同じであるが、アルファベットのような文字で出来ているため、単語を覚えれば大体何が書いてあるか分かるような感じであった。
数冊読み終えたところで、急に眠気が襲ってくる。
(これってもしかして時を止めた反動?…やばい…寝てしまう。とりあえず元に…。)
『ちょき…にょ…。』
最後まで言い終わる前にその場で眠ってしまった。