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35話 留守番・食材

 日もだいぶ真上に移動した昼少し前頃に、メイがギルドに来た。


 仮眠程度の時間であったのに、既に目の下の隈は消えている。


 あの睡眠時間で足りたのであれば、かなりのハイスペックである。


 横に寝ているときは、こちらよりも起きるのが遅いのが謎だが…。


「おはようございます。クロス様。」


「おはよう。メイ。」


「教会が慌ただしいようでしたが、何かあるのですか?」


 メイは受付カウンター内に入り聞いてくる。


「僕にも何故こうなったのかよくわからないよ…。とりあえずそれは、ギルドマスターとエレンさんの結婚式の準備だと思うよ。」


「それはおめでたいことでございますね。何かしらすることがあるとは思いますが………私たちはいつ(私たちの結婚の)準備をいたしますか?」


「たぶん遅くとも、今日の夕刻くらいから(ギルドマスターとエレンさんの結婚式の)準備をすることになると思う。」


 クロスはメイがニヤリと笑ったように見えた。


 何やら悪寒がするが理由がわからない。


「メイはご飯食べた?」


「そう言えばまだですね。」


「じゃあ先に食べてきて、食べたら受付代わってよ。はい、これ。ここに来る途中にあった宿屋の一階が食堂になってるからね。」


「分かりました。」


 クロスはメイに千リラ硬貨を一枚渡した。


 メイは硬貨を受け取ると礼を言いギルドを出ていく。


 ギルドは昼ということで、人の出入りもほとんどない。


 今のうちに朝に来た依頼書の整理に取り掛かった。


(香草とある程度の量の鳥肉の調達。それとシュトラウスへの手紙。あと…これは何処だろう?)


 手紙の配達先の地名に聞き覚えがない。


(バルトってどこだ?)


 よく見ると、依頼人と差出人が違うことがわかる。


(まさか!あの短時間でここまでやるか!?)


 依頼が来たのは、ギルドマスターとエレンさんが出て行った一刻後である。


 恐らく香草や鳥肉は披露宴の料理で、手紙は今日の事を知らせるためのものだろう。


(食材の調達が明日の昼までって…ギルドに依頼しても間に合うか不明なのになぁ…。)


 依頼書を整理しているとメイが帰ってきた。


 メイに受付を任せて昼食に出る。


 遠目でも分かるが、教会の方で飾り付けをやっているようだ。


(村人総出でやってるんじゃ…。)


 飾り付けの人数は多く、軽く見積もっても30人以上居そうである。


 迂闊な発言には注意しようと気を引き締め、宿屋の食堂へと入っていく。


 宿屋の食堂では、軽めの食事が作られテーブルに並べられていた。


 テーブル上のパンや果物を見つつカウンターへ向かう。


 宿屋の女将は椅子に座り飲み物片手に休憩していた。


「おばちゃん。肉盛り頂戴。」


「はいよ。今日は忙しい日だね。」


 重そうな腰を上げて厨房へと向かう。


 食堂のテーブル上にのった軽食は、どう考えても教会にいた人たち用だと思われる。


 しばらく待つといい匂いと共に、料理が運ばれてきた。


「はい、お待ちどう。」


「はい。お金。」


 お金をカウンター上に置き料理を食べる。


 肉盛りは肉自体に肉汁がたっぷりと含まれており、野菜と一緒に食べることで更に美味しさを引き立てる。


(これ食べてるとご飯欲しくなるな~。)


 残念ながらご飯がないので、肉盛りだけで食べることになる。


 食べていると女将が聞いてきた。


「あんた、ギルとエレンが結婚するって知ってたかい?」


「その場所にいたからね…。」


「ほんとかい!?詳しく教えとくれ!」


 女将はもの凄い勢いで、目をキラキラさせて聞いてきた。


「詳しくって言っても(モグモグ)、今日のモグモグ、僕と母さんの前でエレンさんに(モグモグ)、ギルドマスターがプロポーズしただけだよ(ゴクン)。」


「なんて言ったんだい!?」


 女将は先ほどの勢いをそのままに、こちらへ更に顔を寄せてくる。


「エレンさんへギルドマスターが「結婚しないか?」って言っただけだよ。」


「いいね~。いいね~。長々と言われるより短く言った方がいいんだよ!」


 女将はなにやらウンウン頷いている。


 この話については、おそらく今日中に村全体に広まる事は確実だろうことは容易に想像がつく。


 それ以前に知らない人がいるんだろうか…。


「それにしても、…ギルにしては弱気な発言だね。もっとグイグイいくもんだと思ったんだけどねぇ。やっぱりこういうことには奥手なのかねぇ。」


(確かに。…あれは明らかに冗談だから言えたことだよな~。)


 顔や言い方、雰囲気すら全くと言っていいほど、発言した内容とは合っていない。


 食べながら女将と、ギルドマスターやエレンについて話す。


 その後、食事を食べ終わったので、ギルドへ戻ることにした。


 ギルドに戻ると、中は静かな物で、メイ以外誰も居ない。


 カウンター内に入り、不在の間のことを確認する。


「ただいま。誰か来た?」


「おかえりなさいませ。今のところ誰も来ておりません。」


 おそらく準備で忙しく、それどころではないのだろう。


「この調子だと、誰もこの依頼は受けないかな…。」


 依頼書を持ち依頼板へ持って行きながら呟くと、メイから提案があった。


「香草と鳥だけでも、今のうちにとってこられてはいかがですか?」


「近くだと南の森だしなぁ…。あそこにはベアクローもいるし乗り気がしないんだよね…。」


 今ならベアクローが手傷を負ったばかりなので、襲われる確率も低いとは思う…が、危険なことには変わりはない。


「サッと行って、サッと戻ってくるだけでございます。」


「簡単にいうなぁ…。」


 確かに、魔法で時間を止めて達成すればいいので安全だが、探すのが面倒くさそうだった。


「クロス様は、あの二人を祝いたいとは思わないのですか?」


 メイは二人の結婚の事を持ち出し、まるで行かなければ人でなしと言わんばかりである。


(食堂で洗脳されたんだろうか…。)


 洗脳を受けた場所に思い至る。


「わかったよ…。行ってくるよ…。」


 クロスは、手紙の依頼書を依頼板に貼り付け、香草と鳥肉の依頼書を持ちカウンターへ向かった。


 カウンター上で、水晶板にカードを置き依頼書を登録する。


「はい。この依頼書をそっちの棚に直しといて。というか、受付の仕方ってわかる?」


「はい。昨日既に一通り説明を受けております。」


「それならいいんだ。依頼書の写しはここに置いとくよ。…じゃあ行って来る。」


「行ってらっしゃいませ。」


 クロスは南の森へ食材探しに出かけた。


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