18話 昼食・満腹
店内はこじんまりとしており、昼食時間帯を過ぎ去っているせいか客は居なかった。
イメージとしては、カウンターに椅子とちょっとした喫茶店を思い浮かべる。
カウンターの奥は厨房と洗い場が有り、そこには腹が出た体のでかい男が立っていた。
男はこちら側に背を向けていて、洗い物をしているようだった。
男は扉が開いたのに気づき、入ってきたこちらを見る。
「扉閉めるの忘れちまったな。」
どうやら閉店し忘れたようで、声の調子からもあんまり歓迎されてはいないようだった。
男の声が聞こえたはずのメイは、そんなことはお構いなしという風に話し出す。
「マスター。まだやってますか?」
「今日の昼はしまいだ。店の扉を閉め忘れちまった。すまんな。」
やはり男はもう作る気がないようで、現在の状態を言って謝ってくる。
「マスター。昼定食を一つください。」
しかし、そのようなことを気にせずメイは昼定食を要求した。
(最初の確認は一体…。)
「だから今日の昼は終わりなんだって。」
聞こえなかったのかと洗い物の手を止めて言い直す。
「私たちで最後と言うわけですね。間に合ってよかったです。」
「いや、だから…。」
メイは更に気にせずに言い放つと、背負っていた荷物を降ろしクロスに席を勧め自分も座る。
「クロス様こちらへお掛けください。マスターが今から作るので少し時間がかかると思われますが、目立たない名店で味は保証いたします。」
「はぁ~。」
メイの傍若無人に諦めたのか、誉められて諦めたのか、窯に火を付け準備を始める。
「売り切れて無い分は諦めろよ。特にメインの肉が無いんだからな。」
「無いなら無いなりに工夫して相手を満足させるのが料理人でしょう。」
メイは男を追い立てる。
「まぁあるもんでいいなら作るがよ、一つでいいのか?」
「構いません。」
(メイは既に昼食を食べたのだろうか?)
メイと別れてからの時間的に、あの後セリーヌを屋敷に連れてから探し始めたにしては昼食をとるのは難しい気はするが、一つということはメイは食べたのだと納得する。
男はこちらに背を向けるとフライパンで何かを炒め始め、横の釜でスープを温める。
何が出来るかと待っている間に、メイと今後について話すために向き直る。
「メイはずっと付いて来るつもりなの?ツヴァイ家にいわれたからって気にせずにメイの自由にしていいんだよ?」
「勿論ついていきます。それ以外の選択などありえません。…あの時トール様も言われましたが監視も含まれていることをお知りおきください。」
メイは断言してしまう。
「そ…そう…。」
確かにトールにそのようなことを言われたが、メイが乗り気なのが理解出来なかった。
そんなやりとりをしている間に野菜炒めとスープが出される。
「これが今出せる精一杯のもんだ。」
「わかりました。」
メイは料理を受け取ると自分の前に持って行きスプーンを持つ。
「メイは何をしているのかな?」
メイの行動がいまいち分からなかったので尋ねたが…
「ご安心ください。」
心情的に全く安心出来ないことをしそうなのに、メイはそう言うとスープを飲み、野菜炒めを食べ始めてしまった。
「えーっと。何をしているのかな?」
予想通りとはいえ分からないので再度尋ねる。
「(もぐもぐ)毒見して(もぐもぐ)おります(もぐもぐ)。」
まさか毒見と言う名の食事を始めるとは思わず固まってしまう。
マスターはメイの食べっぷりを茫然と見ていた。
それはそうだろう、もともと俺が食べる為に頼んだのだから。
クロスは固まった状態から復活し、じーっとメイを見つめた。
皿の上の料理が半分程度食べたところでメイの毒見?は終わったようだった。
「味も問題ないようです。」
「半分になっちゃってるよ!」
「必要な処置でした。」
マスターは腹を押さえて声を押し殺し笑っている。
メイは毒見が終わったにも係わらずスプーンを離さない。
「もういいよね!?スプーン頂戴!」
「なりません!」
メイのいきなりの大きな声にちょっとびっくりする。
「なぜ…?」
クロスは何がいけないのか理解が出来ない。
「私がお口に運びますのでお任せください。」
メイはスプーンでスープをすくうと口へ持ってくる。
「えっ?」
「口を開けてください。」
口を開けるとスープを流し込んでくる。
飲み込んだのを確認すると、次は野菜炒めを取り、また口の前へと持ってきた。
「自分で食べれるよ!」
クロスの主張は聞き入れられず、メイは無表情のままさらにスプーンを突き付けてくる。
(食べにくい!マスターも笑わずになんとか言え!)
これ以上イライラを募らせないようにするため、仕方なく時を停める。
「(時よ。停まれ。『ツァイト』)」
メイからスプーンを奪い取り、スープと野菜炒めを食べる。
食べ終えてからスプーンをメイの手に戻す。
味はメイが言っていたように美味しく、料理が半分しかなかったのですぐに平らげてしまう。
時を停めた副作用で満腹感がないため、他に無いか調理場の方を覗いてみる。
調理場には食べ物らしきものはほとんどなく、残飯や料理で使った野菜や肉の切れ端しか見当たらなかった。
ついでにと奥の部屋も確認してみると、テーブルの上に料理が一人分用意してあった。
(これが昼定食かな?肉があるじゃないか…黙ってるなんてひどいな…いただこうっと。)
テーブルの上にあった肉を半分ほどを食べる。
肉はニンニクソースのようなものがのっており、ボリュームも相まって非常においしかった。
食べ終えた後に、料理の状態を見ると見た目可哀想な惨状になっていたので、物量を増やす工作を行うことにする。
この家のキッチンは店の中にしかないようで、食料は調味料しかなかった。
仕方なく食材を探しに店を出る。
(人気のパンをつけてあげよう!)
クロスは中央のパン屋へ行き、パンがないか見てみる。
パン屋は大分客足も落ち着いており、パンの残数もわずかとなっていた。
(二つくらいでいいか。)
パンを二つ適当に取り紙袋に入れて、一万リラ硬貨を引き出しの中に入れる。
(釣りはいらないよっと!)
クロスは紙袋を持ち店に戻る。
店の奥の部屋へと入り、パンを皿に盛る。
その盛った状況を見て満足し、席へと戻った。
席へと戻りカードで魔法力を確認する。
クロス
ランク 1
魔法力 22185/72000
筋力 25
魔力 無10/時5
速度 27
状態 普通
金銭 0リラ
残りは時魔法だけならば時間にして一刻と四分の一くらいがある。
一日最大四刻(4時間)ほどしか今の魔力では維持できないことを考えると、十分の一の24分は残しておきたいため、実際に使えるのは一刻(1時間)を切っていることになる。
(今日は仕返しとかに使いすぎた。土産物見て、買うのは明日にしよう。)
時を戻すと、スプーンの違和感に気付いたメイが不思議そうにしており、クロスが落ち込んでいるように見えたのか慌てていた。
実際は精神的に疲れただけなのだが…。
(そんな表情も出来るんだな。)
そんなメイの慌てた表情を見てクロスは腹胸共に満たされた。