15話 捕獲・選択
店を出て、再び町の中心へと向かう。
広場へ到着すると、先ほど通ったときよりも人が増えていた。
(やっぱり村に比べて人が多いな~。)
広場に集まってきている人だけでも、村の人口を余裕で超えている。
これだけ人がいるのであれば、人がより多く入っている店はさぞかし人気なのだろうと、広場の中心付近の少し高くなった位置から、人の多く入っている店を探す。
一番人の出入りが多いのは北西の店で、出てきた人は手に紙袋を持っている。
次に多いのが南西にある大きな店で大衆食堂のように見えた。
(エドが言ってたのは北西の店かな?客の回転も早そうだし入ってみよう。)
店の行列に並ぶため歩き出す。
この時にクロスを見ていた視線があることにクロスは気付かなかった。
店は予想通りパン屋で、近付くとパンの香ばしい匂いが漂ってきた。
行列に並んでいる間にみんなが何を選んでいるのか聞き耳をたてる。
(大体の人がベースパンにトッピングしてるみたいだ。他がスカイ・アースとエンゼル・ヘルを組合せたパンか…。)
何を買うか悩んでいる間に自分の番が回ってきた。
(とりあえずオススメを聞くか。)
「いらっしゃいませ~。本日は何にいたしますか~?」
美人なお姉さんが聞いてくる。
「オススメは何でしょう?」
「サンドイッチから~甘辛硬柔パンまでありますよ~。」
(この喋り方なんか聞き覚えがあるな。)
顔をよく見ると耳が少し尖っている。
(この人もエレンさんと一緒でエルフなのかな。というかエルフは基本この喋り方なのかな?)
「どうされますか~?」
(エドが言ってたのは多分スカイエンゼルパンだとして、その対極も食べときたいな。)
「スカイエンゼルパンとアースヘルパンください。飲み物は何かありますか?」
「飲み物はお隣のお店になります~。」
「分かりました。」
女性は袋に素早くパンを入れると紙袋の開放口を折りたたみ封をする。
この間5セクほどであっという間だった。
「お待たせしました~。二つで200万リラになります~。」
「えっ!?」
全く予想していない会計を言われて驚き固まってしまう。
「はやく~、はやく~。」
かなりの笑顔で要求してくる。
後ろに並んでいた客が苦笑していたがクロスは気付かない。
クロスが少し固まっていると、横からカウンターに手が伸び200リラがおかれる。
驚いてそちらを見ると昼前に別れたはずの無表情なメイと、その後方ににこやかな笑顔を向けているマリーがいた。
「せっかく初めてみたいだったから遊んでたのに~。」
そう言いながらお金を棚に入れる。
「あなたの悪い癖です。治すことを要求します。」
いつもの無表情でそういうとこちらに向き直る。
「お時間をいただけますか?」
「えーっと、どういったご用件でしょうか?」
(まさかもうばれたのか!?)
内心の焦りがわからないように困ったような表情をする。
「昨日のことについてお話したいことがございます。」
メイは関係ないとばかりに言い切ると、パンの入った紙袋を持ち、クロスの手首を掴みマリーの方へ歩き出す。
(なんか既に確信持たれちゃってるな~。)
「その子で間違いないの?…ふ~ん目が灰色なんて珍しいね。外見はこんな感じだったんだ。」
マリーはこっちをジロジロ見るなり不躾に言ってくる。
「マリー失礼ですよ。」
「わかってる。ではいきましょうか。」
両脇から腕をホールドされ連れて行かれる。
(もう少し警戒しとくんだった…。)
周りから奇異の視線を受けつつ歩き続ける。
美人の二人に挟まれて歩くのは嬉しいが、二人に比べて背も低く、容姿も童顔であるので周りからはイタズラした子供を捕まえたように見えるのだろう。
屋敷までなんの対策も思い浮かばないまま連れて行かれてしまう。
「しばらくお待ちください。」
そういうとメイは離れ門に控えていた男に何事か話すと、男はこちらを見てから屋敷の方へと向かっていった。
「逃げようとしても無駄よ。」
話している隙に逃げようか思案していると、マリーがそんなことを言ってくる。
(顔に出てたかな?)
マリーは逃がさないと言わんばかりに腕に力を込めてきた。
クロスは表情を下向きにし不安そうな顔を作る。
「特に何かした覚えはないんですが、誰かと勘違いされていませんか?」
「ちゃんと丁寧に話せるのね。」
マリーは全く取り合おうとはしない。
「ですから人違いではないかと。」
「声と体格からあなたの可能性が高いんだけど。確かにそれだけなら私も探し人があなただとは言い切れないわ。」
「そうですよね?」
マリーとメイが何を以て確信を得たのかが分からない。
「最初にメイが確認したし、さっき腕を組んだ時に私も確認したから間違いないわ。」
「何をでしょう?」
「メイが昨日あなたに香水を付けたの気付かないの?」
(まさか匂いとは!)
うなだれているとメイが戻ってきた。
「お待たせしました。参りましょう。」
(ドナドナドーナド~ナ~クロスをつ~れ~て~。)
クロスは悲しい顔をしながら心の中で歌を歌う。
「シャッキリしなさいよ。別にあんたは何も損しないんだから。」
メイド二人にまた挟まれ連れ去られる。
敷地に入ると、中は庭園のように整っており、池には魚も泳いでいた。
敷地内には休憩小屋のようなものが点在している。
休憩小屋は壁がない形のもので、真ん中にテーブルがあり、周りにベンチのような椅子が幾つか柱に付くような形で存在していた。
屋敷の入り口では、執事とメイドが並んで待っていた。
屋敷に入ると内部は大きなホールとなっていて中央に二階への階段が見える。
ホールの左右には通路が続き、通路には部屋が幾つもある。
入り口でしばらく待っていると、門の所で離していた執事が何か合図を出し、再度歩き始める。
一階の正面から奥の部屋へと着くと一旦止まった。
「これより奥にはツヴァイ家第一位家督継であります、トール・ツヴァイ様がおられます。失礼の無きようお願いいたします。」
腕の拘束を解かれ、扉を開かれる。
開けられたら部屋の中には、長いテーブルが真ん中に置かれ、テーブルの端に椅子が並んでいた。
椅子には既に二人が着席しており、男の方は初めて見るナイスミドルで、もう一人は見知った顔セリーヌだった。
座っている二人の後ろには、数人のメイドと執事が立っていて、セリーヌの後ろに控えている内の一人のはベルだった。
(なぜわざわざ連れてこられたんだ?)
思案していると横から肘打ちをくらう。
横を確認するとマリーは何もしていないというような顔をして前を向いている。
(しゃんとしろってことか?)
佇まいを正し男に向き直る。
こちらが姿勢を正すと男から話しかけてきた。
「今日はよく来てくれた。私がこの館を預かっているツヴァイ家第一位家督継トール・ツヴァイだ。君の名を聞かせてもらえるか?」
(無理やり連れ去られたんですが…。はぁ…偽名を言ってもしょうがないな…。ここまできてしまったし。)
「私はクロスと言います。」
名乗った瞬間にベルとセリーヌが驚いたような顔をした。
メイとマリーも横を向かないと確認出来ないが驚いていることだろう。
「ふむ。セリーヌこの者に見覚えはあるか?」
「(背丈は同じくらいかと思いますがお顔は拝見出来ていないのでわかりません。)」
かなりぼそぼそと喋っているため聞き取れない。
(一回も話さなかったから喋れないと思ったが…、そうじゃなかったんだな。)
「分かった。メイ、マリー、ベルその者で間違いないか?」
トールはセリーヌに確認を取るとメイドに聞いてきた。
「身体、声、匂いと間違いございません。」
「私もホース車にて聞いた声と一緒でございます。」
「私もマリーと同じでございます。」
三人のメイドはトールの質問に肯定する。
(名前が違うことに触れろよ…。)
「クロスと言ったか?まず聞きたいことが幾つかある。なぜ顔を隠していた?」
(質問責めか…逃げようかな…。)
何かを察したのか、メイとマリーがトールに身体を向けながら、こちらにじり寄ってくる。
「それは私の片目が灰色のためです。灰色は珍しいため面倒に巻き込まれやすく、布で隠していました。」
(こんな風に巻き込まれるのが嫌だたんだよ!)
「それでは…先ほどクロスと名乗ったな、しかしセリーヌにはクロウと名乗ったようだがそれはなぜだ?」
「クロスと言ったつもりだったのですが、聞き取れなかったのかもしれません。」
しれっと嘯く。
セリーヌは頬を少し膨らませているようだ。
ベルも眉を潜ませている。
「まあいい。」
(いいのか…。)
トールは納得したようだ。
「ではカードを全表示で見せてもらいたいのだが?」
「見せたくありません。」
「なぜだ?ツヴァイ家の名に賭けて悪用しないと誓うが?」
まさか断られるとは思っていなかったのか、再度遠回しに要求してくる。
「名前と状態だけでよければ構いません。それ以上は、理由は言えませんが、家族以外には見せたくないのです。」
(家族にも見せたこと無いけど、見せたら聞かれた上で利用されそうだし、見せるわけがない。)
「無理なら構わん。ただ確認がしたいだけだしな。」
「なぜ私は呼ばれたのでしょうか?」
クロスにとっては当然の疑問を出す。
報酬については既にメイからいただいており、何のために呼ばれたのかが分からなかった。
「恩賞についてだ。」
「恩賞?報酬については、既にこちらに控えているメイドよりいただいていますが?(恩賞と報酬って違うのか?)」
「それは移動に関する報酬だろう。こちらが言ったのは救助に関する恩賞だ。」
救助自体についても、体をいただいていたため既に受取済みという認識が、向こうにとっては違ったようだ。
「それも込みの報酬と考えていました。」
「ツヴァイ家の者を助けるということがよく分かっていないようだな。」
(あ~俗にいう口封じなのかな?この金をやるから~的な?)
こちらが納得するような動きを見せたことで、分かったと判断したのか続きを話し出す。
「恩賞として、セリーヌを補佐しているメイド三人から一人を選びたまえ。」
セリーヌが驚いた表情をし、何か言おうと席を浮かせかけたが、トールに見られ何も言わずに俯いて座り直す。
「恩賞なしと言うわけにはまいりませんか?」
セリーヌが可哀想になったわけではないが、クロスとしては気ままにやっていきたいため、周りに余計な人を置きたくないという思いから提案すると、セリーヌが俯いていた顔を上げ、希望に満ちた目でトールを見ている。
「それはならん。このことを郊外しないよう監視の為でもある。」
それを聞きセリーヌは再度肩を落とす俯く。
(さてどうしよう。)