130話 3人・
「間に合ってよかったです。先ほど試合が終わったところです。」
係員はクロスに声を掛けると、全員が揃ったということで話を始めた。
「ではお三方につきましては、これより広場に出ていただき試合をしていただきますが、既に組み合わせが決まっています。」
どうやら今回は広場での抽選ではないようだ。
現在残っているのは一番人気のヨハンと二番人気のオスカーそれと人気があると言っていいのか微妙だが、八番人気のクロスの三名である。
ヨハンに関しては、毎度お馴染みのフルアーマーを着込んでおり表情を窺うことは出来ない。
オスカーに関しては、軽装ではあるが、要所要所に金属製の防具を付けており、両腰にはこれまでにも使用してきた剣が装着されている。
表情には特に変化は無かったが、なんとなくで言えば面倒…としか思っていないように見える。
クロスとしても、シャルロッテに言われなければゆっくりと風呂に浸かりたいと思っていることからも、そのような考えになったのかもしれないが…。
次に行われる試合はヨハン対ツヴァイ家とドライ家の両家から派遣された者たち…一対二の闘いだった。
もしこれにヨハンが負けると、自動的に三位が確定し、次の試合であるクロス対オスカー戦が決勝戦という扱いになる。
(まあ、相手が二人とはいえ負けるとは思えないが…。)
クロスとオスカーは係員に連れられ、観客席の一部へと来ている。
決着がつき次第広場へと行くためだろう、狭くはあるが降りる為の階段が付いている。
準備が出来たようで、試合が開始された。
(日の傾きからいって昼過ぎくらいか?腹が減ってきたな。)
日はすでに真上を通り越して午後であることを示していた。
このままいくと、やる気が激減するため、近くに来ていた物売りからパンを買い、それをかじりながら試合の観戦を行う。
試合は一方的なものとなっており、ヨハンが悠々と近づくのに対して相手二人は遠目から魔法にて攻撃を行っていた。
しかし、残念なことにヨハンには全くと言っていいほど通じていないようで、ヨハンの歩みを止めることすら出来ないようだ。
このまま魔法ばかり使っていれば、魔法力切れでヨハンの勝ちとなってしまうだろう。
それにしても、ヨハンの着ている重鎧は不思議だった。
魔法の直撃を受けたにも関わらず、変形や変色が全く見受けられないのだ。
時間は掛かったが、結局はヨハンの勝利にて終わった。
相手二人は離れて魔法攻撃を仕掛けていたが、ヨハンが効きもしない攻撃を気にするはずもなく、近い方の相手から各個撃破されてしまったのだ。
終わった瞬間に凄い音量の歓声と拍手が起こった。
ヨハンはVIP席、そして観客へとお辞儀をすると、勝利者用の扉へ入ってしまった。
(中身はどんな奴なのだろうか。)
クロスはそのようなことを考えつつ、係員に連れられてオスカーと共に広場へと向かう。
この時点で、ヨハンは勝利したため、クロス対オスカー戦は負けた方が三位確定となる。
双方が位置に着き、試合が始まった。
双方始めは様子見…ということにはならず、双方共に相手に向かって駆け出した。
クロスは長剣を片手にて持ち、オスカーは両手に剣を持っている。
速度的には驚いたことに僅かだがオスカーの方が早い。
相対的に二人の間にあった距離はあっという間になくなり剣での応酬が始まる。
ここでも、僅かながらオスカーはクロスよりも剣の腕が上のようで、最初の一合を打ち合った後からはクロスは防戦へと回されてしまう。
(自分が最速だとは思っていなかったが、まさか剣の腕まで上が居るとはね…。)
オスカーはまだ本気ではないのだろう。
クロスが対応できるギリギリの攻撃をしていたが、僅かずつ速度が上がっているように思えてくる。
このままではジリ貧になってしまうため、一旦距離を取るべく後ろへと飛んだが、オスカーはあっさりと追従してきた。
(これはやばいな…。)
少しずつ押され始めたことで、試合で初めてクロスに焦りが生まれる。
クロスもまだ全力ではないが、オスカーは二刀流の上に僅かずつクロスよりも速度、技量共に上の為全力で向かっても同じことだろう。
後ろへと後退しながら捌いてはいたが、マントは徐々に切り裂かれていく。
とりあえず、素のままでは勝負になりそうになかったので、身体強化の詠唱を行うことにした。
しかし、オスカーはそれを感じ取ったのか、同じく詠唱を始める。
「無よ。我が意図に沿いて肉体を強化したまえ。『マハト』」
「無よ。我が肉体を…足から手へとすべからく強化したまえ。『マハト』」
クロスの方が早く詠唱が終わり強化が完了する。
オスカーが完成するまでに行けるか?とも思ったが、先に距離を取ることを選択した。
もし防御されては、オスカーの詠唱が完了する上に、一気に攻められて終わるだろう。
オスカーの使用した強化魔法がマハトの時点でそれが間違いではなかったことが分かる。
クロスは一旦距離を取り、様子を見ようとするが、オスカーはそうはさせまいと更にこちらへと向かってきた。
オスカーは短期決戦を望んでいるようだ。
強化魔法を使ったことからも間違いないだろう。
クロスは受けおよび躱すことに全神経を研ぎ澄ます。
クロスは自分の行けるところまで行こうと、気持ちを切り替えて身体全体で感じるように捌いていく。
時属性魔法を使えば一瞬で終わるだろうが、それでは今回のように自分の実力が分からないままである。
自分よりも上と思えそうなのがヨハンだけだと思っていた時点で間違いだったわけだが、さりとて今回当たったことに対してついてないなどと思ったりはしない。
クロスは久しぶりに自分よりも上の技量の者と戦うことで、自分の技量の底上げを狙っていた。
村で父親に鍛えてもらった以外ではまともに戦ったことが無い。
その父親にも剣の技量では勝っていなかったのだ。
急に身体が成長したからと言って剣の技量まで上がるものではない。
クロスは少しのミスも許されないこの状況を非常に楽しんでいた。
(もっと早く!もっと効率的に!もっと!もっと!)
と考えながら集中していく。
それに対して焦り始めたのはオスカーだった。
最初のあたりで速度も剣の技量もクロスよりも上であることが感覚で分かったので、クロスの上限を見ようと少しずつ速度や狙う位置などを鋭くしていったのである。
それが、少しの時間で徐々にではあるがクロスはオスカーの速度と攻撃に対応してきている。
このままいけばそのうち逆に攻勢へと切り替わってしまうだろう。
オスカーはさらなる勝負に出た。
「火よ。我が目に映る者へと火を灯せ『バッケン』」
『バッケン』:炎にて対象を燃やす【火属性10】
クロスは詠唱が完了する瞬間にその場から逃れようとしたが、オスカーにはそれが見えていたためクロスは炎に包まれる。
炎に包まれた瞬間に剣を緩めたのがいけなかったのだろう。
クロスが炎の中から現れたのに反応が遅れてしまう。
炎の中から現れたクロスはわずかに髪の先が焦げ、顔が煤けている以外は特に大きな怪我のようなものはなかった。
クロスの出てきた炎を見ると、マントだけが燃えているのが分かる。
あの一瞬でマントにて炎を肩代わりさせて多少のダメージは覚悟で行ったのだが、少し焦げた程度で済んだ。
実際は、少しはクロスにも炎が移ってはいたのだが、移動速度にて炎が消えてしまったのである。
攻勢のままオスカーへと攻めたてる。
おすかーが防戦となり後ろへと下がっているときにそれは起こった。