128話 準々決勝・試合後
この日の武闘祭は王からの挨拶で始まった。
長くなるかと思っていたが、あっさりと終わり、続いて抽選が行われる。
本日1試合目はルチアとクロスだった。
ルチアは最初に名前を呼ばれて所定の位置へと移動する。
次にクロスの名前が呼ばれた。
その名前を聞いた際にルチアは顔を青ざめてさせていた。
そんなことは知らずにクロスは所定の位置へと移動する。
「さて本日の第1試合を始めます。北にいますのが、6番のルチア選手。フィーア家の従者です。」
それにより観客席から歓声が上がる。
「続きまして南にいますのが、1番のクロス選手。ランク7の冒険者です。」
ルチアの時とは違い歓声は小さかった。
観客は昨日の試合を思い出しているのだろう。
「それでは………はじめ!」
その言葉を合図にしてクロスはゆっくりと歩き出す。
それを見てルチアもゆっくりと近づいてきている。
ルチアを近くで見た限りでは風属性と土属性を持っていた。
恐らくある程度近づいた段階でどちらかの属性の魔法を放ってくるつもりなのだろう。
その時点で魔力がどの程度か知れてしまうのだが、これが罠であることも低いがあり得ないことではない。
徐々に近づいていき、残り50メルといったところでルチアは詠唱をしていたようでそれが完成した。
(こちらが気付かなかったということは、俺に向けた魔法ではないな…。ということはここまで影響しない範囲…この範囲となると魔力的には3~5くらいか。)
最初に相対した選手で魔力2の水属性の範囲が100メル程度だったことを考えると、それ以下であるのは間違いがなかった。
クロスは無属性魔法にて魔法無効化を張り、一気に近づくことにしたが、途中で止まることを余儀なくされる。
ルチアは土属性魔法にて自分の周囲の約30メル程を柔らかい土へと変化させたのだ。
クロスは魔法無効化を張ってはいたが、それは魔法にて造られたものもしくは魔法の影響を消し去ることしか出来ない為に、既に魔法にて柔らかくされてしまった土に対してはどうすることも出来なかった。
ルチアは更に風属性魔法にて自分の居た場所から移動してさらに柔らかな土の面積を増やしていく。
(このままではさすがにまずいな。)
どの程度まで沈むか分からなかったため、クロスは魔法無効化を解いて身体強化へと切り替える。
一気に勝負を決めるべく『マハト』にて速度を上げてハリセンにて一撃を加えようとしたが、さすがにそう簡単にはいかなかった。
ルチアには見えていたようで、辛うじてかもしれないが防いで見せたのである。
その代わりに防いだルチアは端の方へと吹き飛ばされる。
派手な吹っ飛び方からして後ろへと飛んだのだろう。
クロスの攻撃を受け止めなおかつその攻撃を後ろへと飛んで流されたことで、クロスもやる気になった。
今までが今までだっただけに、クロスの速度に…しかも魔法をつかった速度についてこれる動体視力と身体能力に対して、やっとまともにやりあえる相手に巡り合えたと思ったのである。
クロスが次への攻撃に移ろうという時に自分の状態に気が付いた。
うれしさのあまり失念していたが、下半身…足の根本付近までが土に埋まっていたのである。
しかも、更に足を付けているしたの地盤も柔らかいようで踏ん張りが効かない状態だった。
相手を見ると、ルチアは自分の状態の確認を行うと、こちらを見てほくそ笑みながら魔法の詠唱をしだしている。
クロスは一旦『マハト』を『ムスケル』…筋力を上げる魔法に切り替えた。
筋力にものを言わせて脱出しようと試みたのだが、踏ん張りが効かないせいかそれも意味がなかった。
その時にルチアの魔法が完成し、土砂が上空から降ってくる。
魔法ではなく広場にあるものを使ってくるあたり流石としか言えない。
そして土砂が全て落ちきったときに勝負は決まった。
「えーー。………ただいまの試合1番クロス選手の勝利です。」
しかし、この時もまた、開始時と同じように歓声はあがらなかった。
勝利したクロスはマントを羽織ってはおらず、手にはハリセンを持ち、ルチアの隣にて、ルチアを支えながら立っていたからだろう。
クロスの腰にはあるはずの長剣もない。
観客は皆クロスの姿を初めて見たことにより拍手や歓声よりも、姿をよく見ようと集中していたためだった。
実際にあの時に起こったことは単純なことだった。
土砂が落ちてくるまでに剣を抜き放ち、それをマントで包み込んで地面に立てて足場にして、ルチアへ向けて飛んだのである。
そのせいで父親から貰った長剣は土砂の中に沈んだままだった。
勝負が一瞬でついたとは言え、手放しで誉められるものでもない。
土属性魔法を放って油断していると思っていたら、案の定クロスが土から飛び出し攻撃してきたことに対して、ルチアは対応してきたのである。
クロスはある程度予想はしていたので方針を変更し、防御の姿勢を取っていたルチアの手を掴んでそこを起点として力を掛け、ハリセンにて攻撃したのだった。
ただ終わった後が情けないものだった。
身体の半分が土に埋まったままなのである。
しかも、あの衝撃のままにしておけば、ルチアも沈んでしまうと思ったため支えざるをえず、結果して少々情けない恰好となっていた。
「おい。起きろ。」
クロスは気絶したルチアを起こすべく頬を叩く。
何度か揺さぶりつつやってみるとルチアは目を覚ました。
「おはよう。」
クロスに抱かれたままのルチアは、起き抜けに挨拶をすると周囲を確認し始めた。
「負けちゃったか…。」
「作戦はかなり良かったと思うがな。」
「ありがと。」
ルチアは自分の状態に気付いたのか、クロスから顔を逸らして礼を述べる。
ルチアは地面の上に横たわるようにして、上半身をクロスに抱きかかえられているような状態だった。
「礼はいいから、地面を元に戻して、地面…あのあたりだが、埋まってしまった長剣を掘り出してくれないか?」
「ちょっと待ってね…。」
ルチアはそういうと土属性魔法の詠唱を始める。
詠唱が完成すると、地面が揺れだし、暫くすると地面から長剣が姿を現した。
その後は周囲の地面を元の固さへと戻していく。
周囲の地面が元に戻ったところでルチアを地面に降ろし、クロスは片手を地面に付けて一気に地面から抜け出した。
クロスの抜け出した穴をルチアが埋めていく。
クロスは長剣を拾い勝利者用の扉へと歩いていった。
「ちょっとまってよ。」
そしてルチアまで勝利者用の扉に入ってしまったのだから係員もどうすべきか悩んだ挙句、忘れることにしたのか、次の試合の抽選を始めることにした。
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「何?あいつフィーア家のやつちょっと調子に乗ってるみたいね…。」
「アイリ。声が漏れてる。」
「ん?どうかした?」
「なんでもない………。」
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「なんであの者までこちらの扉に入ってきたのです?最初の説明ではあちらから出るべきでしょう?」
「そんなこと言われても~。あいたっ。なんでそんなもの持ってるんですか…。」
「クロス様より調教中とお聞きしましたので、クロス様が居ない間は私が指導を承りました。」
「そんな…………。」
「それよりもクロス様が心配です。私は先にクロス様の元へと向かいます。」
「そんなことをして行き違いになったらどうするんですか~?あいたっ。」
「あなたにはやはり誰かがついていないといけないようです。クロス様が居る時はほとんど出なくなったとお聞きしたのですが、居ないところではまだまだのようですね。」
「人の世界は厳しいところです………。」
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