122話 3日目・不思議
武闘祭3日目ともなると、いつもの時間帯に競技会場に行ったら観戦席には人が溢れていた。
昨日も多いと思ったが、今日はそれ以上に早い時間帯から場所取りを行っているようだ。
いつもの場所にシャルロッテを置いて選手の控える広場へと向かう。
今回の試合にて上位10名が決まり、最低賞金100万が確定する。
ここからはそれなり以上の実力者と当たることだろう。
日の出1刻後に係員が集合を掛ける。
クロスの順番は1番であり、そちらへ向かっていると、対戦相手は既に並んで待っていた。
対戦相手は、昨日最後の試合を行った女性であった。
(魔法合戦か…無理だな…。)
クロスには遠距離を攻撃するような魔法は無い。
とりあえず、魔法無効化が出来るのかを試すことにした。
そこで対戦相手が話しかけてきた。
「本日はよろしくお願いします。私はエミリーと言います。」
エミリーはそういうと手を差し出してきた。
「クロスだ。」
一応握手を交わす。
「黒色と灰色ですか………。」
エミリーはこちらの瞳を見ながらそう呟いてくる。
相手の魔法を警戒しているのだろう。
時属性については警戒のしようがないわけだが…。
「あんたは魔法専門のようだが、俺は近接専門だ。相手の魔法を警戒した所で仕方ないんじゃないのか?」
「ふふふ。そうですね。試合前に失礼しました。この試合が終わったらどこかでお茶しませんか?」
「お誘いはありがたいが、この試合が終わっても、そんなことが言える元気があるといいな。」
「わかりました。あなたが倒れたら私が介抱してあげますよ。」
何が分かったのか不明だが、やる気が出たようである。
全員揃ったのか1試合目が始まった。
エミリーは魔法の詠唱を始めたようだ。
今回から一対一ということで、かなり離れた位置から始まる。
距離にして200メル程だろうか。
クロスも無属性魔法にて魔法無効化を唱えておく。
(さて…これでどの程度軽減されるかな…。)
詠唱は同時に終わったようで、アミリーの方から流水が大きな波となってこちらへと向かってくる。
クロスはその波に向かって突撃した。
結果的にクロスの魔法無効化とエミリーの水属性魔法『ヴォーゲン』は相殺される。
『ヴォーゲン』:一定範囲に荒波を出す【水属性3】
(魔力は互角か…ということは相手の魔力は2だな。)
相殺により消えた魔法無効化を走りながら掛け直すが、相手は既に次の魔法を唱え終わろうとしていたようで、クロスが唱え終える前に、今度は風属性魔法『シュトゥルム』を放ってきた。
『シュトゥルム』:一定範囲に突風を吹かせる【風属性4】
(このままでは次が間に合わないな。)
辛うじて突風が到達するまでに張り終えたが、次の魔法には間に合いそうにないので、クロスは後ろへと下がりつつ魔法無効化を唱える。
2度目の荒波を無効化したが、このままでは近づくことが出来ない。
ここまで魔力が低ければ、使用回数もかなりあると見ていいだろう。
一定距離が離れたことでクロスは身体強化を唱える。
一気に近づかないとあの魔法を突破できそうになかった。
来ると思った攻撃魔法はなく、今回は自分の補助を使ったようで、こちらへの攻撃は無かったが、詠唱が終わったようで次の魔法を唱えている。
(これは魔法無効化の欠点だな。)
魔法無効化は相手が格下の場合は持続されるが、同じ魔力であった場合は相殺されて消されてしまう。
更に言えば、二重に唱えることもできず、消されるのを待たなければならない。
もし、もう片方にて遠距離魔法を唱えることが出来ればいいのだが、クロスにはそれが出来ない。
しかし相手は、一つ目の魔法を放った後に、すぐに次の魔法を放つことが出来るのである。
クロスは勝負を掛けるべく、無属性魔法の『マハト』にて速度を上げた。
そして、多少の被弾を覚悟して一気に駆ける。
エミリーは驚愕の表情をし、詠唱を僅かではあるが止めてしまった。
その僅かな時間がクロスには十分な時間であり、速度差もあるので軽くハリセンで胸を叩く。
速度は基本的な数値の5倍程出ているので、軽く振ったとしてもかなりの威力になる。
エミリーは胸を押さえてうつ伏せに倒れた。
ここで、係員のカウントダウンが行われると同時に歓声が沸き上がった。
昨日はまばらに拍手が起こるだけだったが、今回の音量はなかなかすごいものがある。
周りに気を取られたせいだろう。
頭に浮かぶ詠唱文で、まだ終わりでないことが分かった。
エミリーを見ると、先ほどまで倒れていたのが嘘のように立ち上がり、こちらを見て詠唱していた。
この場に止まるのは拙いと判断し横へと駆ける。
その数瞬後エミリーの方から、先ほどクロスの居た地点を波が襲っていった。
更に移動を繰り返し、今度は後ろから背中目掛けてやや強めに振り抜く。
どうやらクロスの速度にはついていけていないようだった。
今度こそカウントダウンが終わるまで見ていようと思い、エミリーを見てみるが、結局カウントダウンが終わるまで起き上がることはなかった。
(なんだったんだ?)
クロスは不思議に思いつつも、無属性魔法を解除し、勝利者コールと歓声、拍手に見送られながら広場を後にした。
今回は、飲み物だけではなく食べ物も準備されていた。
食べ物と言ってもサンドイッチだが、昼前の軽食としては丁度いいのかもしれない。
椅子に座りサンドイッチと飲み物にて腹を満たしていると、係員が明日の説明をしてきた。
「お疲れ様でした。入賞おめでとうございます。早速ですが明日からの予定をお伝えしたいのですがよろしいですか?」
「ああ。」
「明日ですが、本日と同じ時間に集合していただき、開始となります。順番については、王家の方が箱の中から引いた水晶玉にて決めさせていただきますので、今持っておられる水晶玉はそのままお持ちください。ここまではよろしいですか?」
「…ああ。」
口に含みながら聞いていたので、多少返事が遅れるも係員は嫌な顔もせずに説明を続ける。
(どこかでみたような顔なんだが…。)
クロスは、口を動かしつつ、係員の顔をじっと見つめていた。
そんなクロスに構わず説明は続けられる。
「………ということなのですが聞いておられましたか?」
「………。(もう少しで思い出せそうなんだが…。)」
考えていたせいで無言になったのだが、係員はそんなクロスを見て微笑むと顔を近づけて囁く。
「また夜お待ちしていますね。」
「!」
ここでクロスは思い出したが、係員は説明は以上とばかりに部屋を出ていった。
(そうか…。あそこまで髪型や化粧で変えれるものなんだな…。)
しみじみと思いながら、軽食を食べ終わったのでクロスは部屋を後にした。
ハリセンとマントを仕舞いシャルロッテの方へと向かう。
「お疲れ様でした。」
「ああ。………少し聞きたいことがある。」
「なんですか?」
早速シャルロッテに今日の試合について聞くことにした。
「俺の相手だが、倒れたはずなのに起き上がったのはどういうことだ?」
振りぬいた強さからいえば、肋骨の骨がいれていてもおかしくないくらいの衝撃は与えたはずである。
それが何事もないように立たれたのは不思議だった。
「あれはですね。途中で展開していた風属性の『ラーゼン』という魔法のおかげです。」
「確か『ラーゼン』は移動速度の補助的なものではなかったか?」
「そうなのですが、詳しく言うと風を体に纏って体を軽くし、移動を楽に行うことが出来るんです。」
「なるほどな………。その風で俺の攻撃がある程度緩和されたわけか………。」
「はい。それに加えて倒れた後に回復魔法で癒していましたから、油断した所を仕留める気だったと思います。」
「更に回復魔法まで使っていたとはな…。まあ油断した俺が悪いな。続きを観戦するか。」
不思議に思っていたことが解決したことに満足したクロスは、試合観戦へと意識を向けていった。