119話 補強・2日目
「それにしても今日はどこで戦ってたんですか?」
どうやらシャルロッテにはクロスが分からなかったようだ。
確かにあの広い競技会場にて、何グループも同時に行われていれば分からないかもしれない。
「シャルロッテの位置から一番遠い場所だったな。」
「今更ですが勝てたんですか?」
「お前は俺が予選で負けると思ってたのか?」
試合を行っていた場所からかなり遠いとはいえ、負けたかもしれないと思われるのはあまり気分のいいものではない。
「いえいえ。クロスさんも言われていたじゃないですか、自分がどれくらい強いのか確かめるために出られてるんですよね?もし強い人と運悪く当たったら、負けるかもしれないじゃないですか。」
「まあ確かにな。」
自分の言ったことを持ち出されてはさらなる追及出来ないので、諦めて競技会場を後にする。
宿へと戻る途中にてパルヒムの店へと寄った。
「本日は予選勝ち抜けおめでとうございます。」
パルヒムはクロスの姿を見つけると一番に言ってきた。
「耳が早いな。」
「それが商売の基本でもありますので。」
世間話もそこそこに用件を伝える。
「鋼を薄く延ばした板は無いか?なければ銅でも構わないが。」
「ございますよ。持ってまいりますのでしばらくお待ちください。」
パルヒムは店の奥の部屋へと入り数枚の銅の板を持ってきた。
「銅の板ではありますが、このくらいの薄さで構わないでしょうか?」
「そうだな。大きさは丁度いいが、出来ればもう少し薄いものが好ましかったんだが…まあ無い物ねだりしても仕方ないな。これを貰おう。」
「毎度ありがとうございます。」
銅の板以外にもいくつか購入して支払いを済ませて店をでる。
宿へと早速購入した銅の板にてハリセンを強化していく。
これでかなり攻撃力が上がるだろう。
ハリセンの改良を終わらせてから風呂へと入ることにした。
そこへタイミング悪くアインス家の二人に、風呂場前にて鉢合わせしてしまう。
二人はなにやら話していたので、余計なことはせずに軽く会釈のみをして通り過ぎた。
いや…通り過ぎようとした。
「そこのあなた止まりなさい!」
クロスは気付かないふりをして行きたかったが、この女のしつこさは十分に分かっていたので一応振り返る。
「なにか?」
「私に見覚えはないかしら?」
ユフィはどうやらクロスの事が気になっているようだ。
「以前アリスを介抱していただいたときにお会いしましたよ。」
ここで墓穴を掘るわけにはいかない。
「…確かにそうだったわね。もう行って………あら、あなたドライ家の者だったのね。」
ユフィは、クロスの腕を見てそう言ってきた。
「いえ。私はドライ家の者ではありませんよ。これは知り合いに貰ったものです。では失礼します。」
ユフィが何かを言ってくる前に移動することにする。
特に、アインス家の当主であるエルフルトが、怒っているというか睨んでいるように見えたので、さっさと退散することにした。
風呂にゆっくりと浸かり、心身ともにリフレッシュしてから部屋へと戻った。
部屋の中ではシャルロッテが言われたように部屋の中にて筋トレを行っている。
「それが終わったら風呂に入ってこい。帰ってきたら食事を注文して俺を起こしてくれ。」
「わかりました。」
鍵をシャルロッテに渡してクロスは、仮眠をとるためにベッドへと入った。
結局は、シャルロッテが風呂から戻ってきた際の扉を閉める音にて目が覚めた。
食事をとり、シャルロッテには魔法の練習をしてから寝るように言いつけて、クロスは外へと出る。
競技会場に行ってみると、警備員が待機していて中には入れなかった。
競技会場に、細工などされないようにしているとのこと。
(試合する場所も不明なのに細工に意味はあるのか?)
昼間の試合にて、同じ時に行っていた試合について、実際に居た場所に行けば深く思い出せるかも…という考えから競技会場に来てみたが、警備員が居たことでクロスはあっさりと引き返した。
そこまで思い出すことでもないし、それ程の選手は居ないように思えたためである。
夜は何時もの所に行き、リフレッシュしてから宿へと戻る。
宿の部屋へと戻ると、シャルロッテが伝言を預かっていた。
「ドライ家の方から、おめでとうございます…との事です。」
「ああ。わざわざ言いに来たのか。」
「そうみたいですね。それと、明日も勝つように…ということでした。」
「わかった。」
武闘祭1日目はこうして終わった。
朝、夜明け前に朝食をとり早めに競技会場へと出発する。
集合時間は日の出から1刻後であるため、まだ丸々1刻は余裕がある。
今回は、トイレに行きたい時は我慢せずに行くように言い、集合場所を昨日と同じくVIPの近くとした。
日の出から半刻程で、昨日待った外の集合場所へと向かった。
そこでは、昨日貰った証を売買している者が居た。
話を聞いた所、最初の予選では代理の者に闘わせたり、購入している者たちがいるようで、相場は10万リラとかなり良い稼ぎになるようだった。
その為、証を売ることが目的だった者たちは、1試合目だけ勝とうと弱い組を狙っている…と教えてくれた。
その参加証の水晶にしても工芸品と見れば数万リラはするようだが、この国の兵士に見つかり次第没収と聞いてはわざわざ売り買いしようとは思わないだろう。
(通りで昨日のような弱い連中が参加していると思った。)
ただしこれには問題があり、最初に登録した名前を覚えないといけないことと、一度参加して敗れた者たちは参加出来ないとのことだった。
負けた者たちは、水晶に登録され、それが渡された水晶とリンクしているので、負けた者たちが持つと水晶が黒くなってしまい、すぐに分かるようだった。
さらに半刻ほど待つと係員が来た。
「おはようございます。早速ですが、水晶に書いてある番号順に並んでください。私の方から一番でお願いします。」
参加者たちはそれぞれの場所へと移動していく。
クロスもマント内にて水晶を取り出して番号を確認した。
(3か…。)
係員は20名が競技会場の扉から垂直に並んでいる。
クロスは、3番目に並んでいる係員に水晶を見せて列へと並んだ。
ただ、未だに広場の端で参加証の売買をやっているのには少し呆れてしまったが…。
更に半刻程すると、全員集合する前に進むことになった。
端の方では売れ残った物があるようで係員に没収されていた。
今回は一戦ずつ行うようで、中央の広場に続く通路にて待たされた。
通路は後ろは扉だが、そこを抜けると鉄で出来た棒が、牢屋のように張り巡らされ、クロスたちはそこにて待たされていた。
待たされた通路からは広場全体は見えないが、中央付近が見えるだけまだマシだろう。
試合はすぐに始まったが、1戦目はあっさりと終わった。
どうやら一人が突出した強さを持っていたようだ。
VIPの方に手を振っている。
その手にはクロスと同じような腕輪が付いている。
恐らく家名持ちのどこかに雇われているのだろう。
もしくは従者的な者か…。
勝った者は昨日と同じように、VIPの下付近にある扉から入っていった。
次の2戦目は残った2人の実力が拮抗しており、なかなか勝負はつかないように見えたが、決着は唐突についた。
技能的には互角だったようだが、最終的に魔法力の差が出たようだ。
恐らく魔法力を使い切ったのだろう。
最後に風属性魔法『シュトルム』を放つと放った本人が倒れたのである。
残った方はまだ魔法力があったようで土属性魔法と木属性魔法の合成魔法『ツヴィンガー』にて防いだことで終わった。
勝った方は、1戦目とは違い明らかに疲労の色が濃いように見える。
特に勝ち名乗りやパフォーマンスはせずに勝者用の扉へと向かっていった。
「では次の3番目の組は中央へ行ってください。」
そしてクロスは広場の中央へと向かっていった。