118話 勝者・セーフ
案内された扉の奥には、幾つか(といっても4つだが)の扉があり、係員の案内もそこまでだった。
「好きな扉にお入りください。ただし一度扉を開けると、変更は出来ません。それと一番左は、既に定員となっているので選べません。」
「分かった。」
クロスとしてもわざわざ変更する気も無かったので了承する。
クロスは適当に選んだ真ん中の扉へと入ることにした。
適当と言ってもただ一番近かっただけだったりする。
中には未だに数名しか居らず、前に出て行ったグループ数を考えると少ないように思われた。
先ほど係員が言っていたが、一番左側の部屋に行ったのだろう。
(迷ったときの左手の法則か?)
通路などで迷ったときには、左手を壁につき壁沿いに歩くことが、この世界でも割とポピュラーな話ではある。
部屋の中には椅子やテーブルもなく非常に殺風景だった。
扉の前にて立っている訳にもいかず、クロスは部屋の隅の方へと移動する。
部屋には、入ってきた扉以外にも扉があった。
興味本位でその扉を開けようと手を掛けたときに、扉の横にいた人に声を掛けられる。
「どうかされましたか?」
「この奥がどうなっているのか気になってな。」
「この奥はトイレなどがあります。他に用が無ければ通らないでください。」
どうやら通してくれる気はないようだった。
クロスは時を止めて扉の奥へと進む。
扉を開けると通路になっていて、扉を出てすぐのところにも人が居り、どうやら監視されているようであった。
通路は構造的に他の部屋とも繋がっており、トイレ以外にも、外へと繋がっていることが分かった。
定員と言われた部屋を覗いてみると、人数は21名…1人係員だとすると20名で定員であることがわかる。
調べ終わったクロスは部屋へと戻り時を戻して人数が揃うのを待つことにする。
時を戻してすぐは、係員がこちらをチラチラと見ていたことから、少し警戒させてしまったのかもしれない。
しばらく待っていると通路の方から人が来るのが分かる。
これだけ響くとすぐにばれてしまいそうだった。
誰かが誰かを諫めつつ、扉を開ける音がして、足音がどんどん近付いてくる。
どんなやつが来たのかと、扉の方を見ていると、ユフィが蹴破るように荒々しく扉を開けて入ってきた。
ユフィはこちらを見ると歩いてくる。
「ちょっとあなた立ちなさい。」
クロスの前に立ったかと思ったらいきなり命令してきた。
ユフィの後ろでは、2人の(おそらくは)従者が一生懸命引き返すことを提言していたが、ユフィは気にもしていないようだ。
それ以前に本当に聞こえていないのかもしれない。
クロスが無視していると、ユフィはいきなりフードを剥がそうと手を伸ばしてきたので、ハリセンで叩くと、ユフィは手を押さえてこちらを睨んできた。
「やっぱりあなただったのね!」
「敗者がいまさら何の用だ?」
クロスの言葉にユフィは一瞬怯んだようだが、気を取り直し言い返してくる。
「あんたのせいで、私が弱いと思われたじゃない!」
「実際弱いから負けたんだろ?」
「あんたには負けたけど他の奴に勝つかもしれないでしょ!」
(負けたのにポジティブなやつだ。)
負けたことは認めているので、後は納得するだけなのだが、クロスには自分よりも弱いことに問題があるのかと疑問に思い首を傾げる。
「分かってないみたいね。あんたが最近流行っているそんなおもちゃで、私を倒したことを問題視してるのよ!」
「別にこれじゃなくても出来るんだが…。まあこのハリセンは厚手の紙で特注品だから気にするな。」
これ以上喋ると、人体の構造まで説明しなければならないような気がしたので、ハリセンが特注品ということで通すことにした。
「そこまで言うなら、この後もずっとハリセンを使うのよ!分かった!?」
「それは相手によりけりだと思うが?」
「返事は、<はい>か<分かりました>しか受け付けないわ!」
理不尽なことを言い始めるユフィに、どうしたものかと思案していたが、部屋に入ってきた人物により中断された。
「ユフィ様。当主がお待ちです。」
「…わかったわ。」
ユフィは入ってきた男性に頷き、こちらへ振り返る。
「いい?もし他の物を使おうものならもう一度来るんだからね!」
ユフィは、こちらが返事をするまえに従者と共に部屋を出て行った。
ユフィと話したことで、周囲の視線を集めていたようだが、ユフィが去ったことで視線は他へと散っていった。
溜め息をして周りを見渡すと、既に十数人はいるようで、もう少し待てば定員であることがわかる。
そうやってしばらく待つと、定員の20名に達した。
定員に達したことで部屋は閉められ、明日の武闘祭の日程と順番について説明を受けた。
「と言うわけで、こちらの箱の中に明日の予選の順番を記した棒が入っています。この棒がそのまま次戦の参加証になっていますので、無くさないようにしてください。番号についてはこちらでは管理しませんので、予選が始まるまででしたら、他の方と交換していただいて構いません。」
そういって一本取り出して見せた棒は、水晶で出来ているようで複製を作るのは難しそうであった。
棒には細かく細工も彫られており、棒の端に数字が見えた。
「これを引き終わりましたら、一応お名前を確認します。確認が終わった方から、そちらの扉から出ていただいて構いません。ではどうぞ。」
係員は箱を差し出したが、誰も行こうとはしなかった。
その中で、先に動いたのはクロスだった。
クロスはシャルロッテを待たせていたので、さっさと行くかと進み出たのである。
「お名前よろしいですか?」
「クロスだ。」
「はい。クロスさんっと…はい。こちらから引いてください。」
箱から棒水晶を取り出しマント内にて時空間に放り込む。
クロスは数字を禄に確認もせず、要件は終わったとばかりに部屋を出た。
部屋を出た先については、最初に調べたときに出口を把握していたので迷わずに進む。
進んだ先はVIPの近くであり、シャルロッテを迎えに行くのに丁度良かった。
シャルロッテは最初に分かれた位置にて待っており、何やら俯いているようだった。
「シャルロッテ帰るぞ。」
シャルロッテはクロスの声に顔を上げる。
その顔は苦しそうにしており、今にも死にそうであった。
「どうしたんだ?」
「まっ…てまし…た。すいま…せん。トイレに…。」
どうやらクロスがいつ戻ってくるのか分からずにトイレをずっと我慢していたようだ。
その後はシャルロッテをトイレへと放り込む。
トイレは共同であり、男女の別はないので、こういう時は楽で助かる。
「漏らすところでした。助かりました~。あうっ。」
「油断するな。」
シャルロッテがすがすがしい顔にて間延びした声を出したので愛用のハリセンにて一撃を入れる。
「わかりました…。」
シャルロッテを連れて競技会場を後にした。
本日は楽な試合だったが、明日からはそれなりの強さのやつが残っているだろう。
自分の力量がどれくらいなのか分かるいい機会なのでとても楽しみなクロスだった。