117話 初戦・ハリセン
扉の前に辿り着くと、丁度係りの者が人数合わせを行っていた。
振り分けについては、係りの者が扉に近い者を適当に集めているようで、クロスが近づくとこちらへと並んでくださいと指示された。
「このグループについては…今4人ね。………あと1名足りないな。よし。そこの人こちらへ。」
クロスの周りには既に3名が居た。
そこで、あと1名ということで近づこうか離れようかしていた内の1名が選ばれる。
このグループ五人の内の二人は近寄ったり離れたりしていた男たち(クロス視点から見ると弱そう)、一人はクロスと同じようにマントを被っており顔などは分かりらないが、クロスよりもだいぶ背は低いようだった。
背の高さ的には以前のクロスよりも気持ち高いくらいだろうか。
そしてもう一人は、完全に見た目女の子であった。
というよりもこの年で参加しても問題ないのだろうかと疑問に思ったほどだ。
しかし、自分の年齢が実際は12歳であることを思い出し、更にアリスもある程度は鍛えていたことからそれもありかと思い直す。
その女の子は見た目10歳にも満たないのではないだろう。
恐らくアリスと同い年のようにも見えた。
もしかしたらさっきの二人に関しては、この二人を見てこのグループに決めたのかもしれない。
そんなことを考えつつクロスが待っていると、係員に呼ばれて所定の場所へと移動した。
案内された場所はVIP席から最も遠い位置となった。
周りの状況を見るに、勝ち抜けた者はどこかに行かなければならないようで、敗者とは違う扉に進んでいる。
(しばらくは様子見だな。)
同じグループにそれほど気をつけなければならないと思える人物はいないようなので、クロスは視線を同じグループに向けつつ、意識を周囲で行われている戦闘に向けた。
試合の開始の合図が鳴ると同時に、クロスの思惑に反し、想定外なことが起こる。
開始の合図と共に男二人が協力したかのように女の子を倒し、更に背の低い方…クロスでは無い方のマントへと向かったまでは理解出来た。
おそらくどちらかが残る為に、協定でも組んでいるのだろう、このグループの中で一番弱そうな者から倒していこうというのも分かる。
また女の子にしても、いきなり二人から攻撃を受けて戸惑っている間にやられたように見えた。
しかし、次に背の低い方のマントへと攻撃を仕掛けた際に、マントの中から現れた細身の剣にて、二人とも打ち据えられ倒されてしまったのである。
意識が周囲に散っていたとはいえ、あっと言う間に一対一の構図になったことに唖然とする。
(せっかく様子見しようと思っていたのに台無しだな…。)
クロスは仕方なく相手へと意識を向ける。
武闘祭では、殺し以外は何でもありの為、武器についても色々な種類に分かれるが、マントの人物が持っていた細身の剣は、今までこの世界では見たことがない物だった。
おそらくは特注にて造ったのだろう。
クロスは、マントの中にて外からわからないように木剣を取り出して右手に握る。
クロスの筋力では、最悪相手の身体を切り飛ばしかねないため、力加減を見極める為に集中して相手を観察することにした。
二人して間合いを計っていると、突然側方にて爆発音が響いてきた。
誰かが魔法を使用したのだろう。
その音を合図にしたかのように、マントの人物がこちらへと迫ってきた。
(この速度は相手も様子見なのかな?)
向かってきた速度はなかなか早いものではあったが、クロスと闘うには不十分と言えるものだったので、力を抑えていると思ったのだ。
クロスとしても様子見であるので、相手の力を見極める為に攻撃を回避することに専念した。
対戦相手は始めは片手にて剣を振っていたが、当たらないと見るや両方の手に剣を持ち二刀流スタイルにて攻撃したてきたのだ。
クロスも最初は少々驚いたが、慣れてしまえば避けるのはそれほど難しくはなく、相手が本気を出すのを待った。
ただ、ここにてまたしても想定外が発生していることにクロスは気付いた。
それは対戦相手が当たらないことにイライラしだしたのか、攻撃が単調になりだし遂には文句を言い出したのである。
「何で当たらないのよ~!」
クロスはその間延びした言葉に反応してしまい、腰に付けていたハリセンにて相手の頭を叩いてしまったのである。
その時に、マントのフードが外れて顔が露わになった。
対戦相手はなんとアインス家にて練習を求められた相手…ユフィ・アインスだった。
ユフィはハリセンにて叩かれた衝撃にて立ち止まってしまっていたが、相手の武器がハリセンと分かると、イライラしていた顔が赤く染まり怒ったような顔をしてしまった。
対戦相手が自分の事を馬鹿にしているとでも思ったのだろう。
ここにて更に単調な攻撃へとなってしまうのは経験不足なのかそれとも仕方がないのか微妙な所だ。
二度目の想定外というのは、相手が様子見…つまり本気だと分かったことだった。
以前手合わせした時のユフィの実力を考慮すれば、様子見などではなく初っ端から勝負を掛けにきたのだろう。
流石に自分の全力の攻撃を回避されまくったら、文句のひとつも出ようというものだ。
クロスも、一度出してしまった武器(ハリセンを武器というのかは不明だが)を仕舞わずに、相手が諦めるまで叩くことにした。
もし木剣にて攻撃し、家名持ちに怪我でもさせようものなら、後でなにをされるか分かったものではないからである。
そういったことも含め、既に手合わせを行い速度と戦法を知っているからこそ出来ることかもしれないが…。
ユフィのトリッキーな戦い方は、圧倒的な速度差で出先に潰しているので、ユフィは非常にやりにくそうではあった。
もともとユフィは速度重視のスタイルであるため、相手が自分よりも速度が遥かに上の場合どうしようもないのだろう。
周りにしても、ハリセンで叩くという戦い方が受けたのは最初だけで、近くの観衆からは拍手喝采が得られたが、しばらくすると同じようなやりとりに飽きたのか、応援する声がヤジへと変わってきた。
内容的には早く終わらせて次の試合をしろとのこと。
たしかに、せっかく見るのであれば色々な試合を見たいものだろう。
クロスとしても、何時までもそうしているつもりもなかったのが、なかなかユフィは諦めが悪かった。
仕方がないので、ハリセンを反対側に持ち直し、細い板状にしてから相手の隙が出来るまで機会を待った。
機会はそれほど待たず来た。
クロスが避けてばかりなのと、攻撃が弱かったからだろう。
ハリセンの一撃を受けることを前提にしたように、ユフィが大上段の大振りをしてきたのである。
クロスは待ってましたとばかりに、振り終えた体勢の顎に向けてハリセンを振り抜いた。
それにより、脳を揺らされたユフィは、前のめりに倒れた。
もし意識があったとしても、身体が言うことを利かないだろう。
審判員が勝負ありの合図を行ったのを確認し、ユフィの方を見てみると、意識はあるようで泣きながらこちらを見ている…と言うより睨んでいる…。
(こちらを恨むより自分の実力不足を恨んでくれよ…。)
そう思いつつユフィから視線を外し、勝者用の扉へと審判員に案内されて行った。
このハリセンを出したことが、後の戦いに影響するとは夢にも思わなかったクロスであった。