113話 昼食・風呂
クロスはいつぞや入った軽食店へと入り昼食を取ることにした。
「立ってないで向かいの椅子に座ったらどうだ?」
クロスは落ち着きの無く、周りをキョロキョロと立ったまま見回すシャルロッテへと椅子に座るように促す。
「私こんなに人がいっぱい居るところは初めてです~。」
シャルロッテは椅子に座ってからも落ち着きなく周りを窺っている。
ここまで田舎者丸出しだと、ある心配が浮上する。
今までは付いてきているかだけに注意を払っていたが…。
「シャルロッテ。確認したいことがあるんだがいいか?」
周りをキョロキョロと見ているシャルロッテをこちらに向かせる。
「いいですよ~。」
「まず始めに、店で物を買うのに硬貨が必要なのは知ってるか?」
「馬鹿にしてますね~。さすがに知ってます~。」
シャルロッテは怒っていますと表すように頬を膨らませる。
「それはよかった。ところで今はいくらくらい持ってるんだ?」
人との交流がなさそうなので、そんなに沢山は持っていないだろうと思いつつも、あえて話題を振る。
「え~っと~。確か~。ここに~。」
シャルロッテは、担いできたリュックのポケットをごそごそと漁り始める。
探す様子を黙って見ていると、シャルロッテの顔は、どんどんと焦ったようなものへと変わっていき、ついには泣きそうな顔へと変わった。
「ないです~。貰ったお金がないです~。」
「(やはりな…。)」
これだけ田舎者丸出しで歩いていれば狙われるのは間違いないだろう。
向こうにしてみたら逆に挑発しているように見えたかもしれない。
「まあ。とりあえずは俺が出すから気にするな。」
「穴も空いてないのに何故無くなったんでしょう?」
人が争うということを知っていて、盗むということも知っているのだろうが、そこへと思考がいかない辺り純粋なのか世間知らずなのか微妙なところである。
「すみません~。どこかに落としたみたいです~。」
このまま世間知らずでは困るので、教えていくことにした。
「それはな、盗まれたんだよ。」
「それはないですよ~。私ずっと持ってましたから~。」
教えたのに理解出来ていないようだ。
「物覚えはいいのに頭がお花畑なのはよく分かった。」
軽く微笑みながら言ってみる。
シャルロッテは首を傾げ考え中のようだ。
この言葉の意図すら分からないとなると、満足に1人歩き出来そうにない。
シャルロッテは分かった!という顔をした。
少し顔を赤くしながら、もじもじとしつつ答える。
「そんなに褒められるようなものじゃないですよ~。」
とりあえず完全に勘違いしているようだ。
注文したサンドイッチと紅茶が届く。
サンドイッチを食べながら、シャルロッテを観察する。
シャルロッテは俯き加減でサンドイッチを食べている。
どうやら恥ずかしがっているようだ。
(よくわからんな。)
昼食を終えて宿へと向かう。
宿へと入り、一応アリスの代わりにシャルロッテが泊まることを伝えておく。
もし宿で見られて不審者扱いされては堪らないからである。
説明は最初にしておくに限る。
部屋へとついてから荷物を置かせて、クロスは風呂に行くことにした。
「風呂ですか~?」
「ああ。シャルロッテはどうする?」
「風呂とはどういうものなのでしょう~?」
「まあ簡単に言うと身体を休ませるところだな。」
ざっくりと言ってみる。
「では私も行きます~。」
シャルロッテに着替えを準備させて風呂へと向かう。
アリスの時の経験を生かして事前に風呂の事を説明しておく。
何も言わなかったら付いてくるのは間違いない。
浴場にクロス一人だけならまだしも、恐らくアインス家が居る状況で、余計なハプニングは回避すべきところなので、説明しているわけである。
「というわけで、中に入ったら240と書かれた箱があるからそのなかに服を入れて更に奥の部屋に行ってくつろいで来い。」
説明し終えたクロスは、男湯の方へと入る。
入る際にきちんと札の確認も怠らない。
同じ失敗は二度しないよう心掛ける。
脱衣所にて服を脱いでいると後ろから誰かが入ってきた。
(また家名持ちか?軽く挨拶しておけばとりあえずはいいだろう。)
上半身裸のまま後ろを振り返ると、シャルロッテが立っていた。
(俺はちゃんと説明したはずだ…。)
「なぜこちらに来た?」
「初めくらい一緒に行ってもいいじゃないですか~。」
「こっちは男湯…つまり男専用なわけだ。女は隣。」
「そんな意地悪しないで下さいよ~。」
「意地悪とかそんな話じゃなく決まってることなんだ!」
なかなか理解を示さない。
そんなことを言っていると、浴場の方から従業員が出てきた。
どうやら風呂の掃除をしていたようだ。
どこかで見たことがある従業員だと思ったら、いつぞやのドジ娘だった。
シャルロッテは、クロスの腰に縋りつくような体勢であり、クロスはクロスで上半身裸である。
ドジ娘はこちらを見るなり両手で顔を隠し(余裕で指の隙間から見ていたが…)「私は何も見ていません~」と言いつつ去っていった。
(またしても立入禁止にせずに作業してやがったな…。)
クロスは入口の方を見ると、<清掃中につき立入禁止>の立て看板が脇にポツンと置いてあった。
(抜けすぎている…。)
溜息を洩らしつつ、シャルロッテを腰からはずし、立て看板を外に出した。
「もう好きにしろ。」
クロスはそう言って服を全て脱いで浴場へと入っていく。
途中で「全部脱ぐんですか~!」と悲鳴のようなものが聞こえたような気がしたが幻聴だと割り切った。
中は予想通り誰も居なかったので一番奥の風呂へと行き、体を洗ってからお湯に浸かる。
風呂の中でゆっくりしていると、シャルロッテが入ってきた。
「結局はいることにしたのか。」
「なんで置いて行ったんですか~。」
シャルロッテはタオル代わりの布を身体に巻いているが、身体のラインが丸分かりである。
「これに入ればいいですか~?」
シャルロッテはそういうと、そのままお湯へと入ろうとした。
「まて!まずは体を洗ってからだ!」
「えーっと~。もしかして風呂っていうのは身体を洗うところですか?」
今頃理解したようだ。
「そういったつもりだったんだが?」
「聞いてませんよ~。服を脱いでくつろいで来いとしか言われてません~。」
「そのままじゃないか?」
「服を全部脱ぐなんて聞いてませんし、身体を洗うなんて言うのも聞いてません~。」
知識として知らなければ、理解できないということだろう。
クロスは考えることをやめてくつろぐことにした。
シャルロッテは体を洗うと風呂へと入った。
(さて、これからどうするべきか…。)
これからの事を色々と考えていると、隣のシャルロッテの入っていた風呂の方から呻き声が聞こえ始める。
何事かと思いそちらを見ると、真っ赤に茹で上がったシャルロッテが居た。
「なんでそんなに真っ赤なんだ?」
「もうらめれす~。」
どうやら逆上せてしまったようだ。
まさか入って数分程度で逆上せてしまうとは思わなかった。
(なんという手のかかるやつだ…。)
ゆっくり浸かるのを諦めてシャルロッテを抱き上げて風呂を出る。
身体を拭いて着替えさせ、部屋へと寝かせて軽く扇いでやる。
シャルロッテはなかなか触り心地がよかったのは内緒である。