112話 行く・帰る
「この子を今日一日俺に預けてみないか?行先は言えないが何とかなるかもしれない。自己紹介が遅れたが俺はクロスという。」
言われた内容に、思考の理解が追いつかないのか二人は固まってしまった。
そんなことはお構いなしにクロスは返事を急かす。
「それでどうなんだ?」
「えーっとそれはどういうことでしょう?」
母親の方が先に復帰し、クロスに尋ねてきた。
「そのままの意味だが?ちなみに付いてくるのであればこの件は無しだ。」
「………それでこの子は……メルティは助かりますか?」
ティーナは真剣な表情で確認してくる。
「分からないな。魔法力は増えるとは思うが…何とも言えないところだ。」
魔法力が0の子を例の泉に浸けたとして魔法力が増えるかは疑問だった。
アリスや他の者など魔法力がある者であれば増えるだろうが、元が0の場合はどうなるのか分からない。
ただ、魔獣のコアを口に含ませることにより、そのコアの魔法力を手に入れるというのであれば、あの泉に浸けてやれば増えるのではないか?と思ったのだ。
少しの間ティーナは悩んでいたが、何かを決心したのか返事をする。
「わかりました。よろしくお願いします。」
「しかし!「トニーは黙ってて!」………。」
何かを言おうとしたトニーを黙らせて、メルティの額へとキスをすると、母親はメルティを大事そうにこちらへと預けに来た。
久しぶりに抱いたメルティはクロスが少し力を入れただけで折れそうであり、生まれてからまだ栄養を取っていない為かやせ細っているように見える。
メルティを預かり部屋を出ようとすると、トニーが縋るように聞いてきた。
「お願いします!行先だけでも教えてください!」
「場所は言えないが北の方に行くとだけ言っておこう。まあ今日中には戻る。」
そう言ってから部屋を出る。
扉を閉めて家を後にする。
家を出て始めに教会へと向かった。
教会の黒水晶にてメルティのステータスを初めに確認するためだ。
メルティの負担にならないように抱いて駆け足で進む。
教会へと辿り着き、黒水晶のある部屋へと進む。
以前調べた時にどの部屋にあるのかはばっちりと把握済みだった。
部屋には誰も居なかったので、黒水晶にて確認しようとしたが、表示されなかった。
何故かと考えて思い至る。
世界への登録がされていなかったのだ。
アリスの時にも世界への登録が必要だったのを思い出し、名前を登録することにした。
(まあ俺が登録してしまうが仕方ないよな?)
本来は10日後にするのが通例のようだが、全く理由が分からないので無視して登録することにする。
「≪メルティ≫『ゼーゲン』」
メルティ
魔法力 0/0
筋力 1
魔力 水20/木20
速度 0
状態 瀕死
金銭 0リラ
(初めて見るな…。瀕死ってことはほんとにやばいんだな………。)
教会にて確認が終わったので、人が周囲に居ないのを確認して時を止める。
そこからは、バルトの森へと駆け足で急いだ。
本当はもっと速度を出してもいいのだが、メルティの体が耐えれるのか分からない為である。
何かのはずみで首の骨が折れてはたまらないと、クロスとしてはかなりゆっくりではあったが移動を行った。
バルトの森へと辿り着いたので、無属性魔法にて魔法無効化を詠唱する。
ここからは、思い出しながら泉へと向かうことになった。
以前泉に来た時にはシャルロッテが案内役としていたが、今回は居ないので、最悪しらみつぶしを覚悟していたが、半刻程移動した所で泉を見つけることが出来た。
その泉の近くには、シャルロッテが体育座りをして泉を眺めていた。
シャルロッテの視界の外にて時を戻して、クロスは泉にメルティを浸そうとする。
クロスを見たことでシャルロッテはうれしそうにするが、クロスのやっていることを知るや否や、またしても止めに来た。
「クロスさん~。戻ってきてくれたのはうれしいですが~それはやめてください~。」
「今回は訳ありだ。」
「なんと言おうと駄目なものは駄目なんです~。」
さすがにしつこいとは思ったが、よく考えると魔法力の吸収が出来ればいいかと思い直し、近くの葉にて泉の水をすくいメルティの口へと注ぐ。
注がれた水は、クロスの予想通り口の中に入るとすぐに吸収された。
これでもし呼吸が止まっていたらどうしようかと、少し考えていただけに一安心である。
ただここからが大変だった。
魔法力が復帰したからだろう、メルティの意識が回復し急に大声で泣き出したのである。
しかも掠れた鳴き声であるため、かなり悲痛に聞こえる。
「その子はどうしたんですか~?」
「この子は魔法力欠乏症という病気だったみたいなんでな。とりあえずここの水を吸収させようときたわけだ。魔法力欠乏症っていうのはずっと昏睡状態になるらしい。栄養も満足に取れないからいずれ死ぬらしい。まあらしいとばかり言っているが、俺もよく分からん。」
「魔法力欠乏症………ですか~?聞いたことが無いですね~。」
エルフには無縁な気がするので、シャルロッテの言葉は無視して戻ることにした。
「では邪魔したな。思う存分黄昏てくれ。」
「待ってください~。置いて行かないでください~。」
またしても泣きながら外套を掴んでくる。
非常に涙もろい奴である。
「そうだな…。まずはその弛みきった話し方の矯正から始めるか……。」
アリスが居なくなり、少しさびしいと思っていたので丁度よかったりする。
「お手柔らかにお願いします~。」
何やらシャルロッテは連れて行ってもらえることに安堵したようで、今度はうれし泣きを始めてしまったようだ。
シャルロッテにメルティを抱かせてそのシャルロッテを抱き上げる。
俗にいうお姫様抱っこである。
「えーっとどうするんでしょう~?」
「とりあえず、そのうるさい赤ん坊を親に返す。」
「よくわかりませんが分かりました~。」
とりあえずバルトの森を出るまではシャルロッテに案内させて、森を出てからは王都へと駆け足で急いだ。
王都へと入りまずは教会にて確認を行う。
黒水晶の置いてある部屋には未だに誰も居なかった。
そこにて時を戻し、シャルロッテを下してメルティを預かる。
そして再度黒水晶にて表示させた。
メルティ
魔法力 500/500
筋力 1
魔力 水20/木20
速度 0
状態 普通
金銭 0リラ
魔法力に関しては一般人と大差ない程度には増えたようだ。
状態に関しても、瀕死から普通に戻っておりこれで一安心である。
確認を終えたことで、部屋を出た。
シャルロッテが居たので、怪しまれるかと少し警戒したが徒労だったようで、特に気にする人もなく教会を出ることが出来た。
そこからはメルティの両親の元へと向かうと、家の前にて二人が待っていた。
「何か忘れ物でしょうか?」
確かに、この二人にとっては大して時間は経っていないだろう。
家の前にて見送りをしていたような時間と言える。
ぐずっているメルティに気付いたのか、ティーナが驚いたような顔をしてこちらへと駆けてきた。
ティーナにメルティを渡してもう大丈夫であることと、既に世界への登録をしていることを説明すると、二人から涙ながらに感謝された。
「とりあえず、礼はいいからさっさと母乳でも飲ませてやれ。掠れた声で鳴かれるとさすがに気分が悪い。」
「ありがとうございます。すいませんが失礼します。」
ティーナはそういうと家の中へと入っていった。
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
大声で礼を言っているせいだろう、道行く人の視線を集めている。
「あんたは色々とやることがあるだろう?」
そういうとトニーは、はっとして家の中に入り袋を携えてこちらへと来た。
「ありがとうございます。これが今回のお金です。本当にありがとうございます。」
頭を下げながら袋を差し出してくる。
「いや。そっちではなくてギルドの依頼を取り消したり、商店への依頼の取り消しについて行ったんだが…。その金は赤ん坊にでも使ってやることだな。じゃあな。」
とりあえず未だに感謝の言葉をひたすら言い続けているトニーを後ろに、昼食を取るべく大通りへと戻っていった。