111話 寝坊・依頼
宿へと戻り部屋に入る。
やはりいつもいるアリスが居ると居ないでは、部屋の雰囲気が全く違うと感じてしまうようだ。
クロスは気分転換に風呂へと向かった。
深夜ということもあり、風呂には誰かが入ってくるということもなくゆっくりと風呂に浸かることが出来た。
それから部屋へと戻りベッドに入って眠った。
窓から日の光が入ったことでクロスは目が覚めた。
今日は久しぶりに夜明け後に起きたが、十分に寝たおかげだろう。
心身ともに万全で、頭の方もすっきりとしている。
呼び紐を引き朝食を注文して、朝食が来るまでに軽く体を動かしておく。
朝食を食べ終えてギルドへと向かった。
ギルドでは、未だに冒険者が溢れかえっていた。
依頼板の方を見てみるが結構な枚数が残っているところを見ると、どうやらここに居る冒険者は依頼の選り好みをしているか、新しい依頼が貼られるのを待っているのだろう。
クロスはランク7になったことで受けれる幅が増えたので、高ランクの依頼を見に行った。
こちらの方の依頼板には、冒険者と思しき人が数人いるだけで依頼を見るのに楽だった。
枚数的にも少なく、ほとんどが討伐であり、護衛の依頼も少数ではあったが貼ってあった。
中には採取の依頼も入っていたが、どこにあるのか不明な物を受ける気にもならず、残りの依頼から選ぶべく悩んでいると声を掛けられた。
「あの。ランク6以上の方でしょうか?」
その言葉に、高ランクの依頼板に居た数名がクロスも含めて振り返った。
そこに居たのは年若い男だった。
年若いと言っても、二十代前半程度ではあったが…。
「ギルドでこのようなことを言うのは良くないとは知っているんですが、私の依頼を受けてはいただけないでしょうか…。」
どうやら、待つことが出来ずにギルドにて声を掛けることにしたようだ。
「あんたの依頼ってのはどれなんだ?」
数人…といってもクロスを含めて4人だが、その内の一人が男に問いかける。
「そこに貼ってあるのですが、タートルシェルの捕獲なんです。生死は問いません。お願いします。」
依頼の内容を見てみると、確かにタートルシェルの捕獲で生死問わずになってはいるが…。
「おいおい、タートルシェルのランクは知ってるんだよな?まあ確かにこの金額には目を奪われるが…。」
男は依頼を見る。
確かに金額の欄を見てみると、報酬は200万リラとなっている。
クロスとしては一匹捕獲するだけで200万は大きいと思うのだが、実物や生態を知らないので正確な所は何とも言えなかった。
ただ、ランク6以上というところに貼ってある所から察するに、タートルシェルもランク6以上なのだろう。
ランク6と言えば魔法を使用する個体のはずである。
「ただなあ、その後の期限が後7日ってのは無理だろ…。タートルシェルの住んでる地域は確かアルテンから北東に言ったとこにある海岸だよな?あそこに行くまでに7日なんて経っちまうに決まってんだろ。どんなに急いでもアルテンまで戻ってくるのが精いっぱいだ。そんな依頼は違約金を支払うために受けるようなもんだ。諦めるんだな。」
年季の入った冒険者によりダメ出しを喰らい、男は俯いてしまったが、今度は土下座してまで頼んでくる。
「お願いします!タートルシェルのコアが必要なんです!ランク6以上の魔獣で一番やりやすいのはタートルシェルと聞きました!ですが、コアさえ手に入れば何でもいいのです!どうかお願いします!」
男は必死に頭を下げて頼み込む。
その大きな声に、ギルド内に居た冒険者や受付の者もこちらへと振り向き何事かと見てくる。
周りの外聞すら気にせずに、男をそこまで必死にさせるのは何なのだろうか?と疑問が浮かんだ。
「なんでコアが必要なんだ?」
「娘が…生まれたばかりの娘が魔法力欠乏症だったんだ…。」
男が悲痛な声で絞り出すように言うが、どんな症状なのかが全く分からなかった。
男の言葉を聞く限り魔法力が無い状態なのだろうか?
「それは気の毒にな…。それならまだ商店に頼んで近隣の町にも確認してもらった方がいいんじゃないのか?」
男は提案するが、男は涙ながらに答える。
「それは…もう…頼んである。俺に…出来ることと言ったら…ギルドに依頼を出すことだけだ…。」
確かに男の体を見る限り、鍛えているようには見えず、どこかの店で商売をしてそうな感じであった。
「魔法力欠乏症とはどんな症状なんだ?」
興味が沸いたので聞いてみる。
「魔法力欠乏症は生まれた時…まあ母親との接続が切れてから分かるんだが、接続が切れた時点で昏睡状態に陥り、生まれたての赤ん坊では最大でも10日後には死んじまう病気みたいなもんだ。昏睡状態だから自力で乳も飲めないし、他の栄養を送ろうにもそこまで体がもたないからな…。助ける方法は、魔獣のコアを口に含ませることで、その魔獣のコアの分の魔法力を体に宿すらしい。まあ普通の魔獣では碌に魔法を使うことは出来ないが、生活する分には困らないだろうよ。」
初めて聞く症状に興味が沸くと同時に試してみたいことが出来たので、少し考え込んでいると、他の冒険者はさっさと違うところへ行ってしまったようだ。
「おねがいします!」
未だに土下座にて頭を床につけている男に、考えたことを実践するべく話をする。
「とりあえず依頼はここに置いておくとして、あんたの言ってる娘に会わせてもらえないか?」
「受けていただけるんですか!?」
男はこすり付けていた頭を上げてこちらを見てくる。
「それはまず会ってからだな。」
「是非お願いします!こちらです!」
男についてギルドを出た。
それを見ていた他の冒険者はの思いはそれぞれだった。
希望をもたせて酷い奴だ…と高ランクの冒険者は思い、きっといろいろな条件でおいしい思いをするのか?などと低ランクは思っているものがほとんどだった。
ギルドを出て、小走りで進む男についていくと、一軒の民家に到着する。
家の中へと入り、奥の部屋に入ると、ベッドに赤ん坊とその赤ん坊を胸に大事そうに抱く母親と思わしき女性が居た。
「お待たせティーナ。メルティの様子はどう?」
「おかえりなさいトニー。メルティは…目を覚まさないわ…。」
男…トニーはベッドの横の椅子へと座り、赤ん坊…メルティの小さな手を包み込むように添えた。
目を瞑り男はこちらへと振り返ると、再度土下座し頼み込んでくる。
「お願いします!この子を助けてください!お願いします!」
(メルティか…メイを思い出すな…。)
少し感傷に浸り、クロスは考えていた提案を告げることにした。