110話 提案・断り
アイリは半眼でアリスを睨んでいた。
「こいつはアリスという。まあ弟子?みたいなもんか?」
「弟子?まさかあなたの子供じゃないわよね?」
「それは無いな。アイリはちょっと訳ありで俺が面倒見ているだけだ。」
「ふーん…。パッと見は男の子と思ったけど女の子でしょう?まさか一緒に生活してるわけじゃないわよね?」
「一応一緒に暮らしてはいるな。と言っても旅をしているから宿屋に泊まったり野宿したりと色々だが。」
正直に言うと、アイリは慌てだした。
「だめよ!そんなこと!許されないわ!」
「いったいどうしたんだ?」
「ミランダ!」
アイリが呼ぶと、部屋の外に待機していたミランダが入ってくる。
「この子の住む場所を準備して。もちろんこの屋敷に。それから…。」
どうやらアリスを引き取る気のようだ。
一応アリスの意思を確認しておく。
「アリス。おまえはどうしたい?」
「どういうこと?」
どうやらアリスは、自分がどうなるのか把握できていないようだった。
「アリスはここで生活したいか…それとも俺と一緒に旅を続けるか…だな。ここに住めばまあ食事に関しては不自由することは無いだろう。他は不自由するかもしれないが…。」
ちらりとアイリの方を窺うと、アイリはミランダへの指示が終わったのかこちらへと向き直る。
「というわけでその子はドライ家で預かるわ。」
「おいおい。本人の意思は確認しないのか?」
「クロスの傍で生活させるなんて危険よ!」
何が危険なのか全く分からないクロスはやれやれとかぶりを振る。
「なによ…。まるで私が駄々を捏ねてるみたいな扱いして!これは決定なのよ!誰にも覆させないんだから!」
アイリの意志は固いようで譲る気はないようだ。
それでも本人の意思を尊重するためにもアリスに確認しておく。
「というわけでアリスはどうする?」
「………わからない。」
「まあ突然言われても分からないかもな。そうだな。武闘祭が終わるくらいまでここで暮らしてみてはどうだ?武闘祭が終わったらまた来てアリスの意見を聞こうじゃないか。」
「わかった。」
アリスが納得したことでアイリへと向き直る。
「ではアリスをよろしくな。」
「クロスもここに住むの!」
アイリの脳内では、クロスがこの屋敷に住むことはアリス以前に決定だったようだ。
「俺は堅苦しいのはあんまり好きじゃないから遠慮しておくよ。それにしてもそんな権限がアイリにあるのか?」
先ほどから色々なことをアイリの独断で決めていたりしていたため、気になって聞いてみる。
「それはね。私がドライ家の家督継第一位だからなの。」
「え?」
「え?じゃなくて!私がここでは2番目に偉いの!」
クロスにとっては驚くべき事実であった。
他家では、若いとはいえ数人いたのでアイリの年齢で第一位というのが信じられなかったのである。
「普通他にも居るだろ?なんでアイリが一位なんだ?」
「私が本妻の子供だから?かな?私が小さいころにあの村に居たのには理由があって、…その頃貴族は、誘拐事件や暗殺事件があったらしくて王都の治安は悪かったらしいわ。噂では隣のワルシャワ王国かアンドラ王国の仕業じゃないかって言われていたけど…、まあワルシャワとの戦争終結したばかりだったし、アンドラ王国とは未だに水面下で争ってばかりだから怪しまれたんだろうとは思うけど…本当のことは分からないままなのよね。」
だからと言って、王都よりもその国に近い村にアイリを置く理由が分からなかった。
「その頃に私の上位の人は殺されたみたい。だから生まれたばかりの私を王都から離すために、雇っていた女性に託したみたいよ。ほら、私を育ててくれた人いたじゃない?あの人実はランク5だったんだって。しかもあなたのお母さんとの知り合いだったから、あの村で育てることにした見たい。まあ丁度その頃に砦も出来て襲撃者も少なくなってたみたいだから丁度良かったのかもね。」
どうやら、あの村には意外と環境的には整っていたようだ。
確かにあんな村に家名持ちの子供が居るとは思わないだろう。
それに加えてあの村には、他の町や村に比べてランクの高い元冒険者が居ついているとなれば願ったり叶ったりなのかもしれない。
「なるほどね。」
「納得してくれた?では部屋に案内するから。待っててね。」
「いや。気遣いは無用だよ。ここからだとギルドまで遠くなるし、さっきも言ったけど堅苦しい場所は好きじゃないんだ。あの宿は結構いいんだよ?風呂もまあ近いし、いつでも風呂入れるし…。まあ便利だよね。」
「お風呂の事ばっかりじゃない…。でも確かにそうなのよね…。家名持ちの人ですらあの宿に泊まるくらいだし…というか家名持ちで出資してるんだけどね。」
どうりでアインス家の人間がいたはずである。
「アイリは泊まったりしないの?ん~ドライ家はあんまり人が居ないから私が頑張らないといけないのよね…。だからやっぱり行けない…。姉さんには出ていかれちゃうし…。まあ家の中で大人しくペンを取るような人じゃなかったけど…。」
「姉さん?が居たのならその人が一位じゃないの?」
「違うよ。私が姉さんって言ってるだけで実際は従妹ってことになるのかな…?私よりも継承的には低くなるわ。こっちに来た時に色々とお世話になったの。…そういえばクロスも会ったはずよ?私がここを離れるわけにはいかないからクロスの様子を見てきてほしいって姉さんに頼んだんだし。」
クロスにとって初耳である。
「もしかしてナタリアって人の事かな?」
「そうよ?そういえば姉さん何してるのかしら?クロスがここに居るってことは戻ってきてもおかしくは無いと思うんだけど…?」
(完全にだまされたな…。家名持ちのどっかの従者とは思っていたが、まさか家名持ち本人とはね…。)
会ったころのことを思い出して苦い顔をする。
その後も話をいろいろ聞きたいとせがむアイリに根負けし、アリスをドライ家の従者に任せてアイリが寝るまで話し相手として付き合った。
アイリが寝た後に部屋を出ると執事が待機していた。
「お付き合いありがとうございます。だいぶ精神的に参っていたようですので助かりました。」
「礼を言われるようなことをした覚えはないな。」
礼を言われても、アイリと話しただけで特に何かをした覚えはなかった。
「いえ。十分になさっておいでですよ。部屋の外へと聞こえたお嬢様の声から明るくなっておられるのは分かります。」
「そんなことも分かるのか。」
執事というのは万能だなと思いつつ呟いてしまう。
「お嬢様については、数年前より従っておりますのでわかります。…本日は遅いですしお泊りになられてはいかがですか?」
ここでも泊まりを進めてくる。
「いや。さっきもアイリには言ったが堅苦しいのは好きじゃないんだ。宿に戻らせてもらうよ。」
「そうでございますか。ではお送りいたします。」
「流石に迷子になることは無いさ。とりあえずあの宿を拠点に武闘祭まではいるから、何かあったら連絡を寄越してくれ。じゃあ失礼するよ。」
「分かりました。でしたら敷地を出るまでは見送らせていただきます。」
それからクロスは宿へと戻っていった。