108話 風呂・他人
「お風呂がいい。」
教会の前を通り過ぎようとした時に、アリスが自己主張してきた。
アリスから言ってくるのは珍しく、余程あの宿屋が気に入ったと見える。
「金はあるから一応そのつもりだ。」
クロスとしても、ゆっくりと足を伸ばすことの出来る風呂は、とても魅力的であるため断る理由が無かった。
宿屋に入ると、受付カウンターのフロアに数名の人だかりが出来ていた。
何やら宿の者を叱りつけているようだ。
「全く!どういうことです!そういった情報はすぐに寄越すことが出来ないのですか!?」
「報告が遅れ誠に申し訳ございません。以後はこのようなことが無いよう努めま「そんな言葉は聞きたくありません!早く彼の足取りを教えなさい!」………それが…、従業員を含め彼の居場所を知る者は無く…。」
どうやら誰かを探しに来ていたようだ。
クロスは受付を済ませるべく、隣のカウンターにて手続きを行う。
数名の応対をしているのは宿の責任者であり、その光景を奥の方の部屋から、こっそり見ていた従業員に手招きして受付をさせる。
従業員は、少しオドオドとしながら、小声で案内を始める。
横が騒がしいせいで聞こえずらかったが、以前聞いたものと同じであろうことは分かったいたので、用紙に記入し従業員に手渡す。
従業員はまたしても奥の方の部屋である250号室の鍵を渡してきたので、もっと若番側にならないかと交渉してみると、240号室まででしたら可能との返答があった。
以前のものは、特例であると分かっていたので仕方がないと諦めて、240号室の鍵を受け取り20日分の宿代である36万リラを払った。
クロス
ランク 7
魔法力 -/-
筋力 75
魔力 無2/時1
速度 80
状態 普通
金銭 18,530,000リラ
2階へと上り240号室へと入る。
マントなどを置いて風呂に入る準備をし、アリスと共に浴場へと向かった。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「ではあなたたちは、この責任をどう取ってくれるの?」
「どうかご容赦願いないでしょうか。」
クロスが立ち去った後も、宿の責任者はある女性にぐちぐちと言われ続けていた。
「許せるはずがないでしょう!何のためにあの部屋の使用を許可したと思ってるの!それくらいは意図を察しなさい!」
「あの~。」
そこへ先ほどクロスの受付を行った従業員が、申し訳なさそうに責任者へと声を掛けようとするが、責任者はそれどころではなかったため、従業員を部屋へと引かせる。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「どうだった?」
「駄目みたい。たぶん話をしているのはこの人の事だと思うんだけど…。」
従業員は、さきほどクロスが記入した紙を持って内容を見ていた。
「この調子だと、あの人たちの眠気か、空腹になるまであのお小言は続くと見たわ。」
「それは長すぎじゃないかなあ…。」
「じゃあ賭けをしましょ。夕刻まで続けば私の勝ちで今度の休みにケーキを奢ってもらうわよ。」
「夕刻になるまでに決着が付けば私の勝ちなのね?」
「ええそうよ。」
「じゃあ私も今度の休みのケーキにしておくわ。」
「ふっふっふ。夕刻までは2刻ほどとはいえ、あの様子では余裕ね。」
「それはどうかしらね。」
従業員の女性は違う部屋へと入っていくと、しばらくして違う従業員の女性と先ほど入った従業員の女性が出てきた。
「何してたの?」
「ちょっと掃除をお願いしたの。」
「あの子に任せて大丈夫なわけ?」
「むしろあの子じゃないといけなかったり?」
「?」
従業員の女性はなぜあんなドジな女性に掃除を頼むのか理解できなかった。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「これを手渡すように頼まれました!」
さきほど他の従業員にドジと言われた従業員の女性は、色々と言われている双方を気にもせずに言われた役割を果たすべく責任者に一枚の紙を差し出す。
「こんな…時に…。」
色々と怒鳴りつけたいのを我慢し、紙へとさっと目を通すと、見る見るうちに責任者の顔色は良くなる。
「よくやってくれた!」
「はあ…。」
紙を手渡した女性は、なぜ褒められたのかさえ分からないまま生返事をする。
「お手数おかけして申し訳ありませんでした。彼の居場所が分かりました。」
「見つかったの!?」
「はい。彼は…。」
「彼は!?」
「当宿へと先ほど受付をして部屋へと入られたようです。」
「は???」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
そんな会話がされているとは露知らず、クロスはアリスと共に風呂を満喫中であった。
今回もアリスには、女湯へ行くように言ったのだが、結局は着いてきてしまった。
しかも、身体を洗って風呂に浸かるなり、クロスが脚を伸ばして風呂の縁に頭を乗せている上に、自分の身体を乗せて目を瞑り寝始めてしまったのである。
クロスとしては特に重いわけではなく、疲れたのだろうと思っていたが、アリスからすると寝ても大丈夫な風呂用ベッドのようなものだった。
ただ、第三者から見ると大分印象は違うが…。
そんなことで、風呂を満喫し他の人が来る前に、さっさと着替えて部屋へと戻ると、部屋の前に宿屋の責任者を叱責していた女性が立っていた。
「お風呂に入っていたのね。…また居なくなったかと心配したわ。」
「何か用か?」
クロスには、目の前の女性に見覚えはないし、何かした覚えも勿論なかった。
「あなたに用は無いわ。あなたの後ろにいるクロス君に用があるのよ。」
どうやら女性は、アリスの事をクロスだと思っているようだ。
確かに背丈が一気に伸びたため、すぐには気付かないかもしれないが、顔立ちなどは面影が残っているので知り合いであれば分かっただろう。
そう言った事からも、目の前の女性には会ったことがないことを確信する。
「特に用は無いな。」
そう言ってクロスは部屋へと入り、アリスも自分の事じゃないと分かると、クロスの後について部屋へと入り鍵を掛けた。
女性はその光景を見て固まっていたが、アリスが鍵を掛けた音で再起動し扉を乱暴に叩き始めた。
「ちょっと!開けなさい!用があるって言ってるでしょ!」
その後も、女性は粘って扉を叩いたり叫んでいたが、誰かが近づいて来て何か話したと思ったら急に静かになり、気配が遠ざかっていった。
アリスは魔法の練習をしていたため、クロスが部屋の外を確認すると、廊下には誰も居なくなっていた。
「一体何だったんだ?」
よく分からないので、忘れることにしたクロスだった。