107話 準備・王都
宿屋では、準備を終えたパルヒムが待っていた。
「他に用事はございませんか?」
「特にないな。アリスもいいか?」
「ない。」
アリスは短く返事をして、昨日渡しておいた木剣を短く振り回していた。
昨日は、前に進む分には受け止められたのに対して、横を向きながらになると途端に受け止める手際が悪くなったことを気にしているのだろう。
その証拠に振り回すのも、横に対してがほとんどである。
「では出発しましょう。」
そういってクロスたちは町を出た。
町を出る際に、クロスとアリスを怪しんだ目で見てくる者が居たのでよく観察してみると、初日にこの町に来た時に気絶させた男だった。
長居して怪しまれるのも嫌だったので、カードにて確認した後は素知らぬふりをして町を出たのであった。
町を出た後は昨日のおさらいとして、まずはアリスの進行方向から打ち込みを行い、それに慣れてきたら横からの打ち込みに変えていく。
そんなことを休みなく続けていると、いつの間にか日は真上に上っていた。
「そろそろ昼食としませんか?」
「そうだな。」
アリスへの打ち込みを止める。
アリスは昨日ほどではないが、結構な量の汗をかいていた。
アリスに魔法にて適当な椅子を作らせてそこで休憩させる。
「熱心に続けておられますがお弟子さんかなにかですか?」
パルヒムには、アリスがクロスの弟子に見えたようだ。
確かに間違いではないが、実際はアリスに子供の面影を多少重ねており、この世界では強くないと簡単には生きてはいけないので鍛えているのであって、弟子という事ではなかった。
「気に入ったから鍛えているだけだ。」
「羨ましい限りですな。高ランクの人から教えを頂けるというのは。」
「そうなのか?」
確かに高ランクにて教える人間は少ないかもしれないが、ギルドなどに依頼を出せば誰かが受けると思ったのだ。
実際にクロスもランクが低い時とは言え、剣術相手の依頼などを受けている。
「もちろんです。気まぐれというだけかもしれませんが、誰かを鍛えようという方は冒険者にはほとんどいません。冒険者の方は自分を鍛えることに重きを置いておられる方ばかりですので…。」
そういう意味では、以前護衛していたスワードは珍しいタイプの人間だったのだろう。
クロスはアリスだけを鍛えているが、スワードは低ランクの冒険者に対して経験を積ませていた。
(まあ死んではいないし、部位欠損してるから逆に後輩指導に力を入れるかもしれんな。)
そんなことを考えつつ、パルヒムから食料を貰い、アリスと共に食べる。
昼食を食べ終わり一服してから移動を再開した。
移動を再開してからは、アリスに前方と側面からの打ち込みに変える。
ただ、打ち込みの速度と強さは変わらないが、打ち込み場所の移動は一瞬で行っているので、アリスは辛うじて受けているだけとなった。
来るときに襲われた森の中へと入る。
それでも変わらずにアリスへの訓練を続けていると、途中でまたもやハンドモンキーが襲いかかってきた。
それにより驚いた御者はホース車を止めてしまう。
クロスとしては移動したままでも良かったのだが、丁度よいので一匹を残し殲滅することにする。
その後は、一匹以外を瞬殺し、残った一匹をアリスに戦わせようと思ったが、他のハンドモンキーが一瞬でやられたせいだろう。
残った一匹は逃げ出してしまった。
仕方ないので逃げる先へと先回りしホース車へと追い込んでアリスと戦わせようとしてみたが、ホーンラビットの時とは違い、戦意を完全に失ってしまったハンドモンキーは、戦うことすらなく座り込み両手を組んで拝むような仕草を取り始めた。
これでは訓練にならない為、残ったハンドモンキーは無視することにしてホース車の移動を再開させた。
「それにしてもクロス様はお強いですな。幼少の頃より鍛えておいでだったのですか?」
「まあ父親に鍛えられてな。手加減が下手だったから嫌でも自分を鍛えないといけないだろう?」
「厳しい方だったのですな…。」
特に父親のせいではなく、自分自身の考えで鍛えていたのだが、パルヒムが納得しやすそうな答えを返しておく。
色々と突っ込まれそうではあるが、父親のせいにしておけば父親の方針だったというような言い訳で、いろいろと聞いてくる内容を躱せると思ったからである。
夕刻になる前には森を抜けて平原に出た。
その頃には、アリスは昨日と同じように汗だくになってしまう。
「そろそろ夕刻になりますので、そろそろ野営の準備をしたいのですが構いませんか?」
「ああ。今日はここまでだ。」
アリスへの訓練を終了させて、野営の準備をする。
野営と言ってもアリスに言って魔法で家もどきを作らせるだけだが…。
いつも通りの工程を通り、パルヒムに食料を貰ってから、アリスに汗を拭かせて服を着替えさせる。
着替え終わってから、アリスと共に食事を取りアリスに毛布を渡して、クロスは壁面に体を預けて寝ることにした。
夜中は、火が途切れないようにパルヒムが用意した薪をくべてゆく。
仮眠のような状態にはなったが、寝ようと思えば十分に寝ることが出来る為、クロスとしては問題なかった。
何事もなく朝を迎え、起きてきたパルヒムと挨拶を交わして食料を貰い、アリスを起こす。
朝食を取ってシートや毛布を収納し、魔法にて家もどきを消し去る。
「だいぶ工程的に早いので、昼過ぎには到着できそうです。」
どうやら、荷物が少ないこともあり来た時よりも早く進んでいたようだ。
軽く返事を返して出発する。
そして、今日も剣術の訓練を行った。
手始めに進行方向に対して側面からの打ち込みを行い、慣れてきたら前方と側面の打ち込みを行う。
さすがに一瞬で移動するクロスに対して、どうしても追いつくことが出来ずに何度か打ち込まれながらも、昼ごろまでには慣れてきたのか前方を向いたまま、横からに対しての打ち込みに関しては受け止めることが出来るようになった。
昼食を取り、昼からの進行では魔法の練習をさせた。
王都までの時間を考えると、少し短いので魔法の練習にしようと思ったのである。
魔法に関しては、以前に教えたとおりに詠唱文を「我が意図に沿いて~」に変えたことにより最初は綺麗な物が出来にくかったが、今はしっかりとした物が出来上がっている。
アリスは魔法に関してはかなりの才能があるに違いなかった。
こうも早く吸収してしまうとはクロスも思っていなかったのである。
魔法の練習をしているうちに王都へと辿り着くことが出来た。
クロスとしては、聞いていたとはいえ、昼までに辿り着いて良かったと思うのみである。
以前のように、日が沈んだので入れないなどと言われて日には、魔法で強行突破するしかないので面倒だと思ったのである。
王都に入る際にカードの確認を受けて中に入る。
「クロス様。ご同行ありがとうございました。また何かしらの機会があればよろしくお願いいたします。」
「ああ。またどこかでな。」
パルヒムと別れを告げ、宿を取るために歩き出す。