106話 ギルド・マスター
ギルドに行くと、どういうわけか扉は閉じられて鍵が掛かっていた。
(もしかして休みか?町中で何かやってたかな?)
ゼーロー村の頃は休みはほとんどなかったが、何かの行事があればギルドを休みにしていたので、ここのギルドについても休みだと思ったのである。
しかし、入ってからここに来るまでに騒がしいというほどもなく、特に明るい場所は無かった。
敢えて言うなら宿屋くらいだろうか。
仕方なくクロスは宿へと向かう。
宿に入ると、パルヒムが言っていた通り宿が取られており、しかも宿代まで支払われていた。
ここまでされると何やら別の思惑があるのではと疑ってしまう。
とりあえず受付を済ませて部屋へと向かう途中で、受付をしていた従業員に呼び止められた。
「済まない。言い忘れてたが、お連れさんが食堂でお待ちだよ。」
「分かった。」
そう答えてから部屋へと向かう。
部屋へと入り、先ずはアリスを着替えさせた。
未だに服は汗で濡れた状態である。
布で体を軽く拭かせる程度にし、着替えが完了を確認してから食堂へと向かう。
食堂には数名がテーブルに着き食事をしていた。
そんな中奥のテーブルにパルヒムを見つける。
パルヒムもこちらに気付いたようで、立ち上がり呼び掛けてきた。
「クロス様こちらですよ!」
クロスとしては、人が多いわけでもなく、また聞こえているのでわざわざ大きめの声を出して注目を集めて欲しくはなかった。
案の定数人がこちらを見ている。
食堂ということと、酒が入っている者が大半だったですぐに視線を外された。
パルヒムの居るテーブルへと着き、一言言っておく。
「見えているのだし、大声を出す必要はないだろう?」
「大きかったですかな?それはそうと食事は用意してありますので、どうぞお食べください!」
以前、少量飲んで居た時にはこれほど酔ってはいなかったので、かなりの酒の量を飲んでいるのだろう。
近寄っただけで酒の匂いが漂ってくる。
「まあいい。聞きたいことは他にもある。俺は食事を奢ってもらうようなことをした覚えはないんだが?」
「よいではないですか!さあどうぞどうぞ。しっかり食べて明日もお願いいたしますよ!」
どうやら明日も同行するのが確定しているような口ぶりである。
(王都へ向かっているのだし別に構わないか…。)
クロスは損得勘定を軽く行い、条件付きで了承する。
「同行している間は食料はそちら持ちなら構わないが。」
「もちろん出しますとも!クロス様は酒は何を飲まれますか?」
パルヒムはそんなことは当然だと言わんばかりで酒を進めてくる。
実際、同行中の食料を提供するだけでランク7が雇えるのであれば、パルヒムにとっては願ったり叶ったりだろう。
クロスとしても、護衛ではなく同行であったのでこの内容には了承し、二人の利が一致したのだった。
その後、パルヒムと酒を飲み、気分よく部屋へと戻ったが、ベッドへと入り寝ようとした際に、先にベッドへと入っていたアリスに「くさい」と言われて、近くの川に酔いを醒ましに行ったのだった…。
翌朝、昨日川で大量に汲んできた水を使い、アリスに髪を洗うように言い、クロスは筋トレを始めた。
筋トレ後は剣術のイメージトレーニングと体術の訓練を行う。
途中アリスは髪を洗い終わると魔法の練習を始めた。
一通り訓練も終わったのでありすに声を掛けて食堂へと向かう。
食堂では、パルヒムが既に朝食を取っていた。
「早いな。」
「いえいえ。商いをするものとしては当然ですよ。」
どうやらパルヒムは昨日の酔いが全く残っていないようだ。
「初めにギルドに行きたいんだが構わないか?」
「ええ。終わるまでお待ちしておりますよ。」
「そういえば、昨日ギルドに行くと閉まっていたんだが何か知っているか?」
丁度良かったので何か知っていたらと思い聞いてみる。
「確かこの町のギルドは、日が沈んでからしばらくすると閉めたような気がしますな。朝は早かったと思いますが、時刻については存じません。まあ夜明け前の今の時刻であれば開いているとは思いますが…。」
ギルドのある場所によって運営の仕方が色々と違うようだ。
クロスにしてみたら緊急の依頼などについてはどのように扱っているのか気になるところではあるが…。
「わかった。行ってみよう。ただ、ギルドの状況によってはこちらへと戻るのが遅れるかもしれないが…。」
「構いません。私たちはゆっくりと待つことにしますよ。」
「では行ってくる。」
「はい。お気をつけて。」
食堂を後にしてギルドへと向かう。
ギルドはパルヒムの言っていた通り開いていた。
中に入ると、あまりの人気の無さに驚いてしまう。
依頼板の方を軽く見てみるが、依頼自体もほとんどないようだ。
張ってある依頼も他の町への買い物や薬草などの仕入れなどで、特に目に留まるようなものはなかった。
クロスは依頼書を持ち受付へと向かう。
この町のギルドは受付が二つしかなく、またその二つも中に居る人が一人であるため、全く役に立っていなかった。
「依頼の報告とカードだ。」
受付へ依頼書と盗賊のカードを出す。
「はいよ。そっちの水晶板におたくのカードを置いとくれ。………はいおわったよ。こっちのカードは………少し確認するから待っとくれ。」
そういうと奥の部屋の扉に入って行き、手紙らしきものを持って出てきた。
「改正されてからさっそく盗賊を討伐してくる冒険者がいるなんて驚きだね。えーっとランク3が一人にランク2が二人、ランク1が三人と………。報酬は140万リラかあ………。なんか奢っておくれよ。」
かなり図々しいおばさんである。
「断る。さっさと処理をしたらどうだ。」
間髪入れずに即答し処理を促す。
受付のおばさんは「けちくさいねえ」と言いつつ処理を進める。
「現金は無いからカードへの振込になるけどかまわないかい?」
「ああ。」
カードを再度水晶板へと置き処理が終わるのを待つ。
「これで完了だよ。どうだい?これから一緒に町の散策でもしないかい?」
受付の方で話していることを無視してカードを確認する。
クロス
ランク 7
魔法力 -/-
筋力 75
魔力 無2/時1
速度 80
状態 普通
金銭 20,290,000リラ
どうやらきちんと金は振り込まれていたようだ。
あまりにもふざけた態度だったので少し心配だったが、さすがにギルド職員がそのような不正はまずしないだろう。
金が振り込まれたのを確認すれば、このギルドに用はないためさっさと出ていくことにする。
出ていこうとした際にも、受付の方でなにやら「ギルドマスターの話を無視するのかい!」などと幻聴が聞こえてきたが無視してさっさと宿へと向かった。
(もしあの幻聴が本当で、あれがギルドマスターだとしたらこの町は終わってるな…。)
そんなことはないだろうと思いつつ、クロスは歩みを進めるのだった。