105話 山頂・シュテルン
その後は、山の頂上付近にて野宿の準備を行った。
準備と言っても、以前と同じようにアリスに雨風を凌げる家もどきを魔法で作らせただけの物に、クロスが出したシートと毛布で終わりである。
次の町へ行ってから宿に泊まっても良かったが、特に急ぐ必要もないのでパルヒムたちに同行しているのである。
一応念のために寝ることに関しては時を止めた中で行い、周囲を警戒していたが、それは徒労に終わった。
夜明け前になり、御者たちが起きだした頃にこちらも片付けを行う。
片付けが終わってからは、パルヒムから差し入れとして持ってきた食事を取り、取り終わってからすぐに出発となった。
途中でパルヒムから提案があった。
「クロス様。まだ先はあるのですし荷車にて休まれてはいかがですか?乗り心地は少し悪いかもしれませんが、昨夜持っておられた毛布を敷けばだいぶ違いますが。」
「特に疲れるわけでもないので構わない。」
「ではアリス殿を乗せてはいかがですか?」
「アリスに関しては体力を付けなければならないから駄目だな。」
「それはとんだお節介をいたしました。申し訳ありません。」
「好意だけは受け取っておく。」
パルヒムの言葉にアリスはパルヒムを見つめるが、次に続いたクロスの返答で溜息を漏らし、再度魔法の練習を始めた。
クロスたちはそのまま山を下って行く。
上りと一緒で下りの石についてもある程度除去しておいたのと、荷物がだいぶ減ったことによって移動速度は上がっていた。
しかし、クロスにとっては競歩程度の速度あったが、アリスは少し早いようで、急ぎ気味の駆け足程度で進んでいた。
下山出来たころにはアリスは息も絶え絶えの状態になっていた。
それもそうだろう。
アリスは駆け足状態のまま魔法を使っていたのである。
駆け足での移動であったため、いつもより遥かに遅い詠唱だった。
喋りながら走るのと一緒であるため、かなりの体力を消耗したのだろう。
パルヒムから休憩の提案を受けたが、そのまま走らせることにした。
襲われている最中に、息も絶え絶えだからと言って襲ってくる側がやめるとは限らない。
アリスには魔法もそうだが、体力面でも鍛えないといけないと思っていたので丁度良かったのである。
下山してからは平地となり、駆け足からジョギング程度の速度になったためだろう。
アリスは速度に慣れたのか、息を整え始めた。
(この速度では、アリスには負荷にならないな…。)
アリスに対して体力を付けさせるべく違うことを思い立つ。
「アリス。これを持て。」
マントの中から木剣を2つだし片方をアリスへと投げ渡す。
「?」
アリスは受け取ると、これをどうするのかと不思議そうな顔をこちらへと向けてくる。
「俺が軽く打ち込むからそれで防げ。」
そういうや、クロスは進行方向とは逆を向き、後ろへと進みながらアリスへと木剣を振るう。
手始めにホーンラビットくらいの速さをイメージしながら行う。
アリスは初めの方こそ受ける際に立ち止まっていたが、次第に歩きながら受け止められるようになってきた。
(まあ力も入れてないし、これくらい出来てもらわねば困るな。)
そして、この打ち込みは昼になるまで続けられた。
昼はバルトに行く途中にて取っておいた肉を焼いて食べた。
パルヒムたちにも食料を貰った礼に渡しておく。
昼食も食べ終わり、再度移動を開始する。
移動を開始と同時に今度は進行方向の横から木剣を打ち込む。
打ち込む速度と威力は先ほどと同じである。
今度は、進行方向に気を付けながらの受けであったためか、慣れるまでにかなりの時間を要した。
夕刻になり、遠くに町が見え始めたころにはアリスは汗だくになっており、下山した時と同じように息も荒くなっていた。
アリスには、これで終わる旨を伝えて、町へと着くまでに息を整えるように言う。
「もうすぐだな。」
「ええ。ご同行ありがとうございました。」
「同行しただけだ。礼を言われることは何もない。それに聞いていたのだろう?あんたたちが囮であることは。」
「ええ。勿論です。しかし、囮というのは私からもお願いしましたのですよ。クロス様を指名したうえでですがね。」
「まあそんな感じはしてたがな。それにしても今回かなりの損を被ったんじゃないか?」
「ええ。被害は被りましたが、今回の物資にて結構な利潤が出ましたので微々たる損で済みそうです。」
「利潤と言っても、荷車には袋がいくつかあるだけのように見えるが?」
荷車の方へと目を向けると、いくつか中身に入っている物のせいか外観が凸凹になっている小さな袋があった。
凸凹具合から見ても硬貨には見えなかったため、あれで利潤が稼げたのかと不思議に思ったのである。
「ああ。あれの中身は宝石の原石なのですよ。あの町は近くに炭鉱があったのですが、そこから色々な鉱石が取れるようになったのです。恐らく流れてきた盗賊たちも理由の一つにそれが含まれていると私は考えてますがね。」
「なるほどな。」
町中を見た感じでは、特産品となりえるような物が見当たらなかったわけがこれでわかった。
確かに、鉱山からの採掘に労働力を持っていったのであれば、食料に関しては外からの物資で賄った方が効率はいいだろう。
ただし、今回のように補給路を潰されてはどうしようもないが…。
「クロス様は今後どうなさるつもりですか?」
「王都の武闘祭に出るつもりだ。その間の期間は依頼でも受けようと思ってるがな。」
「なるほど。クロス様でしたらかなり上の順位まで行けそうですな。」
「その辺は出たことが無いので何とも言えないな。」
クロスは正直な感想を漏らす。
そんなことを話しながらいると、夕刻も過ぎ辺りはだいぶ暗くなってきた頃に町へと到着した。
町へ入る際に、門衛が少し文句を言っていたようだが、パルヒムとしばらく話しているとなにやら急に態度を変えて町の中へとさらっと入ることが出来た。
「今のは賄賂か?」
「ええ。手続きを飛ばす分には楽でいいですよ。ただし、顔が売れてないとなかなか使えないとは思いますが…。」
「そうか。」
クロスにとっては時を止めて入るだけなので特に問題はないが、行商人だとそういった手もあるようだ。
「クロス様も以前泊まられた宿にお泊りになられるのですか?」
「ああ。というよりもそこ以外あるのか?」
「そうですね。他と言えば、確か教会もありますがあまりお勧めは致しかねますな。」
「教会?そんな建物は見かけなかったと思うが…。」
クロスは以前来た時のことを思い出すが、協会については思い出せなかった。
「教会とは言ってますが、普通の一軒家です。入口に十字架が飾ってあるくらいしか違いはありません。」
「なるほど。だからお勧めではないというわけか。」
「そうです。恐らく普通の家のようなので泊まりにくいと思われます。」
確かにそうだろう。
教会とはいえ、建物が普通の一軒家では、いざ泊まる時に家主…神父にかなり気を遣いそうである。
「まあ宿屋だな。その前にギルドに行くか…。」
「では私が先に予約をしておきます。」
「ああ。頼む。」
クロスはアリスを連れてギルドへと向かった。