103話 甘え・突進
ギルドに入り受付の奥に居たサラに開口一番文句を言う。
「門衛くらいには俺の事を伝えておけ。」
「あら。おかえりなさい。」
あくまでマイペースな感じで挨拶をしてくる。
「言うことはそれだけでいいか?」
サラに向けて殺気を向けると、サラはカウンターの方からこちらへと来ると、クロスの手を取って奥のギルドマスターの部屋へと連れて行った。
部屋へと入り、サラはクロスに抱きつくと甘えるようにクロスの胸で頬ずりをする。
「ごめんね。クロスはあんまり自分の事を広めるのは好きじゃないと思って言わなかったの。それとも言った方が良かった?」
「確かに俺のことについては吹聴しては困るが、俺の外見と名前くらいは伝えておいても良かったんじゃないか?」
サラの言った通り、何でもかんでも離されては困るが、全く言わないのも困りものである。
「許してね。」
サラは更にギュッと抱きつく。
「あ~あ~あの~。」
クロスの後ろから聞こえてきた声にサラはびくっとし、クロスに抱きついたまま、上半身を傾けてクロスの後ろを覗き込む。
「あなたは誰?いま大事な所なんだけど?というかなんでこの部屋に入ってきてるの?」
「えーっと~。私はシャルロッテと言います~。この部屋へはクロス様についてきました~。」
クロスにはついてきているのが気配で分かっていたが、別にいいかと思いそのままにしていたのである。
「あなたはクロス君のなんなの?」
「ん~。なんなんでしょう~?」
「私が質問してるの!」
会話が進まないようなのでクロスも口をはさむことにする。
「気にするな。ただの治療用だ。」
「何処か怪我したの?」
「私の存在意義はそれくらいですよね~…そうですよね~…。」
「特に怪我はしてないが、何かあった時に役立つかもしれないと思ってな。」
シャルロッテはガックリと肩を落とし、扉の横で座り込んでしまった。
そんなシャルロッテを横目に、アリスのことを確認する。
「ところでアリスはどこにいるんだ?」
「朝から魔法の練習をしたかと思ったら、たぶん魔法力を使いすぎたんだと思うけど、そのまま倒れたから2階で寝かせてるわよ。」
「そうか。」
どうやらクロスが居ない間もきちんと魔法の練習をしていたようだ。
アリスを見るべくサラを体から引きはがして2階へと向かう。
「待ってよ~。」
サラはそんなクロスについてきて、シャルロッテはというと、未だに扉の横に座り込みいじけていた。
部屋を出るとサラは先ほどまでのやり取りが嘘のように静かになり、大人しく後ろをついてきている。
ギルド職員の居る中を2階に上がり、部屋を聞くと一番奥の部屋とのことだった。
部屋の中へ入ろうとすると、部屋の中から詠唱している声が聞こえてきた。
部屋へと入る前に聞いていると、いろいろな物を作っているようだ。
ゆっくりと扉を開けて中を確認すると、椅子に座りテーブルに向かっているアリスが見える。
アリスはこちらには気付かないようで、テーブル上に集中していた。
アリスの後ろに立ちその様子を確認する。
「土よ。更に形を剣へと変えたまえ。『ザント』」
ボールのように固まっていた土が、アリスの詠唱に従い剣へと形を変える。
(やはり、詠唱中に次にやることを言うのは、イメージしやすいとはいえあまり得策ではないな。)
アリスの詠唱を聞いて改良すべきだと納得し、改善させるべくアリスに声を掛ける。
「アリス。」
アリスは声を掛けられた瞬間にテーブル上の剣を掴みこちらへと振りぬいてきた。
「まったく。所詮は土だという認識を持つべきだと思うぞ。」
振られた剣を片手で掴み少し力を入れるとボロボロと崩れ始めた。
これがもし当たったとしても浅く斬られる程度で重傷にはなりえないだろう。
「おかえりなさい。」
「ああ。ただいま。きちんと練習していたようだな。」
「おもしろい。」
「いいことだ。」
アリスの頭を撫でてやり、魔法について軽くレクチャーして、後ろに居るサラに向き直る。
「ところでいつごろ出ればいいんだ?」
「あなたがすぐ出れるというのであれば、準備をするから一刻ほど時間を頂戴。」
「わかった。ではすぐにでも準備を始めてくれ。」
「了解よ。」
そういうと、サラは部屋を出ていった。
アイリはというと、先ほど教えた詠唱方法にて詠唱を行っている。
「アイリ。魔法をもっと使いたいと思わないか?」
「もっと使いたい。最近すぐ眠くなる。」
「それは使用回数が多すぎるからだと思うが…。まあいい。一刻ほどしかないようだから急ぐぞ。」
アリスを連れて1階のギルドマスターの部屋へと向かう。
そこでは未だにいじけているシャルロッテがいた。
サラはどこかに行ってしまっているようで部屋の中には誰も居ない。
「おい。いつまでいじけている?少し用があるからまずは立て。」
「私はどうせ救急薬品なんですよ~。それくらいしか価値はないんですよ~。」
かなりネガティブな思考に陥っているようだ。
「安心しろ。それ以外の役割を与えてやる。」
「ほんとですか~?」
シャルロッテは疑わしそうな目をこちらへと向けていたが、クロスが頷くと気を取り直して立ち上がった。
「わかりました~がんばります~。」
そこからは時を止めて、身体強化を施し、アリスとシャルロッテを連れてバルトの森へと向かった。
さすがに2回目ということもあり、見たことのある風景を横目に走り続ける。
森へと辿り着いたので、二人を下して時を戻す。
「私は何をすればいいんでしょ~?」
どうやらアリスは周りの風景が全く視界に入っていないようだ。
こちらへと要求を聞いてくる。
アリスはというと、周囲をキョロキョロと見回していた。
「この森の奥にある泉に連れて行ってもらいたい。」
「えーっと~ここはどこなんですか~?」
「バルトの森だ。」
「そうですか~。バルト~……えっ?」
どうやら今頃気付いたようで、周囲の状況を今更ながらに確認し始める。
「とりあえずあまり時間は無い。早くしろ。」
「はい~。わかりました~。」
特に悩むでもなく森の中を進み始める。
それを確認してクロスも無効化の魔法を詠唱した。
その後シャルロッテの後をついていく。
アリスはそんなクロスの後をついてきていた。
半刻程だろうか、歩いていると、泉が湧き出ている箇所に辿り着いた。
そこは直径5メル程度の小さなものであり、中心から水が湧き出ているにも関わらず、それがどこにも流れていってはいないという不思議な場所だった。
「アリス。とりあえず魔法力を使い切れ。」
「なぜ?」
アリスに理由を説明すると、納得したようで魔法を使い始めた。
「えーっと~。アリスさんもエルフかなにかなんですか~?」
シャルロッテはアリスをじろじろ見ながらこちらへと尋ねてくる。
「いや。そうではないと思うが?」
「それだとまずいですよ~。外の者が使わないようにエルフが管理してるんですよ~。争いの火種になりかねません~。」
「気にするな。お前は既にこの森の者ではないんだ。掟の事は忘れろ。」
「そうなると~…。」
シャルロッテはぶつぶつと何事か考え始めてしまった。
クロスはそんなシャルロッテからアリスの方へと意識を向ける。
アリスは魔法を使い切ったようで、フラフラとしながら倒れこもうとしたので、クロスはアリスを抱える。
「シャルロッテ。アリスを泉にいれるんだ。」
シャルロッテはクロスの言葉に振り返ると、反論した。
「やっぱり駄目です~。入れるわけにはいきません~。」
「では、お前はこのままここにいろ。」
クロスはそういうと、無効化魔法を解除して、合成魔法にて紐を取り出しアリスへと巻きつける。
そしてゆっくりと泉にアリスを沈めた。
「だめなんですよ~。やめてください~。」
そういうとシャルロッテはこちらへと突進してきた。