100話 紹介・魔法
「まずは改めて自己紹介しておこうか。私が村の長であるビスマルクだ。それと妻のホルン。」
「このままでごめんなさいね。ホルンです。よろしくね。」
ホルンは動くことなく、首だけを動かしてお辞儀をする。
「すまないね。妻は身体の自由が余り利かないんだよ。」
「謝ることはないと思うが……、俺の名前はクロスという。ゼーロー村から来た。」
「と言うことは、エレンはゼーロー村というところに居るのかい?」
どうやら、エレンの居場所すら知らなかったようだ。
「ああ。ゼーロー村でギルド職員をやっている。手紙にいろいろ書いてあると思うが?先ずは読んでみたらどうだ?」
未だに封を開けずにいるので、これでは宛先と差出人の名前しか分からないだろう。
「そうだった!そうだった!」
ビスマルクがそういうと、ホルンの風魔法によってペーパーナイフが運ばれてきた。
(なんでも魔法で済ましているが、魔法力はどれくらいあるんだ?寧ろ、魔法に依存しているせいで、身体が退化したんじゃ…。)
そんなことを考えていると、ビスマルクは手紙を読み終えたようで、テーブルの上に手紙を置いた。
手紙は風によってホルンの元へと運ばれていく。
「あの子は元気でやっているようだね。伴侶を見つけたようで嬉しいよ。子供が出来たら連れてきてくれるそうだ。」
その後も嬉しそうに手紙の内容について話してくれたが、エレンがどういう存在なのか分からないので、話の区切りで問いかけてみた。
「結局あんたたちとエレンさんの関係はどういったものなんだ?」
その言葉にビスマルクは軽く驚くと思案顔になった。
「言ってなかったかな?…エレンは私たちの娘だよ。あの頃は若かったな。」
「そうですね。50くらいの時に生まれた子ですからね。周りからみたら、かなり早かったと思うでしょうね。…クロスさんで例えると、十になろうかという子供が結ばれるようなものですよ。」
そう話す二人だったが、見た目は二十代から三十代といったところに見えるので、あまりピンとこないものがある。
「一体年は幾つなんだ?」
そう尋ねると、二人は顔を見合わせて笑うと、ビスマルクが濁した感じで答えてくれた。
「まあ、妻の年齢まで分かってしまうので詳しくは言えないが、200は越えているよ。」
全くもってそんな風には見えなかった。
「それよりも、エレンについて教えてくれないか?」
ビスマルクは少し身を乗り出して尋ねてくる。
「私もお聞きしたいですね。」
クロスは二人にエレンについていろいろと話した。
日常的なことや結婚までの馴れ初めなどなど。
ビスマルクは興味津々と言った感じで相槌をうったり頷いたりし、ホルンは話を聞いて嬉しそうに微笑んでいた。
窓の外を見ると外は完全に暗くなっていた。
クロスが窓の外を見たので気付いたのだろう。
二人も窓の外を確認する。
「長々とすまなかったね。少し遅いが食事としよう。」
そういうと、ここでも魔法を使って食事の準備を始めてしまった。
(魔法力がどれくらいあるのか気になるな…。)
これだけ魔法を使用していて魔法力が尽きないことにクロスは軽く驚く。
三人分の食事がテーブルに並べられたので、ホルンはどうするのだろうと思っていたら、椅子ごと魔法にて移動してきた。
「それでは食べましょう。」
ホルンの発声でそれぞれが食べ始める。
出来た料理は肉なしポトフのようなもので、なかなかおいしかった。
食事が終わり片付けまで魔法を使っているところをみると、流石に驚くということが無くなってきた。
とりあえず疑問に思っていることを尋ねておく。
「魔法ばかり使っているようだが、魔法力は無くなったりしないのか?」
「魔法は確かに使っているが………魔法力?というのはなんだね?」
「魔法力というのは各人によって違うが………、魔法を使うと魔法力が減って、魔法力が0になると強制的に眠ってしまうことになると思うんだがそんな経験はないのか?」
「あなた、もしかして子供の頃のあの事が関係してるのではないですか?」
「恐らくそうだろうな…。」
「あのこと?」
どうやら二人には何か心当たりがあるようだ。
「これは口外しないでもらいたいんだが…。」
「ああ、特に口外するつもりはない。」
特に口外するつもりはないが、気になるので先を促す。
「私たちが、先祖代々この土地に居るのには理由があるんだよ。」
「理由?」
「この森の中心部に泉があるんだが、魔法について学習した子供たちはその泉にて魔法を使えるまで使い、身を清めることになっている。」
森の中心部に泉があるのは分かったが、それがどうつながるのかが分からなかった。
「身を清めたものは、目を覚ますと魔法をいくらでも使えるようになるんだ。」
とてつもないことが判明してしまったようだ。
早い話が、クロスと同じ状態になるということだろう。
それに加えて寿命まで長いとなれば、魔力が高レベルになるのも頷けるというものだ。
「昔はそれを狙って人間が争っていたらしい。元々この近くに居を構えていたご先祖様が、争いを収めるべくこの森に幻惑魔法を掛けたそうだ。本来魔法は掛けた本人が死んだら解けるものなんだが、解けないように工夫してくださった。それから私たちエルフがここを外部から守ってるという話になっている。」
「工夫というのがかなり気になるがよければ教えてもらえないか?」
二人は顔を見合わせる。
ホルンが頷くと、ビスマルクはこちらに向き直った。
「教えることは出来んが、方法なら見せよう。」
そういうとビスマルクは魔法にてカップに水を入れる。
その後二人は互いの手を取り合い詠唱を始めた。
「水よ。風よ。我らが意図に沿いて凍らせたまえ。『ツィッターン』」
『ツィッターン』:小範囲を凍らせる【水属性10、風属性10】
詠唱は二人がシンクロしたかのように紡がれた。
詠唱が完了するとカップに注がれていた水が全て凍っているのが分かる。
「………。」
「こういうわけだよ。」
これまで、魔法について教わってきたが、それぞれの魔力を使って合成魔法を使うなど聞いたことが無かった。
もし誰かが使っていたら、すぐに広まっているだろう。
「これは………この村に居るものなら誰でも使えるのか?」
このことが、この村にとって普通の事であるなら、かなり魔法について進んでいると言ってもいいだろう。
「そうだな。今だと半分以上は使えると思うが。」
「すごいな…。」
素直に感心してしまう。
「ただ君がこの森を出てからも覚えているかは分からないが…。」
「というと?」
「この森の幻惑魔法には、効果範囲内にて起きたことを忘れさせてしまう効果があるようなんだ。我々エルフには効果がないようだが、人間にはあるようでね。君がそれまで覚えているかは分からないんだよ。」
どおりでエレンの知り合いとはいえ簡単に教えてくれたわけである。
「そうだったのか。」
言われたことで今までの説明に対して納得する。
「確か、昔この泉を使った人間たちが偉くなっているようだね。」
どうやら、今の家名持ちの先祖がここにある泉を使ったのは間違いなさそうである。
確かに、アイリを見た時に他の者と違い明らかに魔法力が多すぎたことの理由がよくわかった。
「色々と理解できた。あと魔法についてだが、一度の詠唱で複数の行動をしていたようだがどうやっていたんだ?」
これは本当に分からなかった。
詠唱文から意図に沿い…と言っていたことから、思考したことをそのままさせているのだろうが以前それをしようとして失敗している。
魔法を詠唱しながら剣にて戦うことは出来るのだが、魔法の並列作業は出来たためしがない。
また、周りがしているところなど見たこともなかった。
「これは恐らく才能の問題だと思っている。私には使えないからね。使える者は若いころから使えるし、使えない者はいつまでも使えない。各言う私も練習したんだがね…。全く成功しなかったよ。」
「あなたは頑固だからですよ。良い言い方をすれば一途だからでしょうか。空間全体を把握してそこでどうしたいのかを俯瞰的に捉えればいいだけです。」
「簡単に言うがね…。それが出来ないから言ってるんだよ。」
何やら凄いことをさらっというが、空間をそういった風に捉えること自体は出来ても、並列して違う動作考えながら行うというのはかなり次元が違うように感じてしまう。
魔法と剣術であれば、剣術を肉体の反射に任せて魔法を唱えればいいが…。
「とりあえず、練習あるのみということはよくわかった。」
クロスには出来そうにないなという感想が浮かんだので、さっさと閉めることにする。
「最後に確認なんだが、この幻惑魔法はこの森全体に掛かっているのか?」
「ああ。そのはずだ。」
(ということは、この森の中心に行くにはエルフに案内してもらうか、無属性の無効化魔法を使ったまま進むしかないということか…。)
少し考え込んでいると、ビスマルクがそろそろ寝ようと提案してきた。
「ああ。色々と質問してすまない。遅くまでありがとう。」
「いやいや。こちらこそエレンについて聞けてよかったよ。寝る場所だが、昔エレンが寝ていたそちらの部屋を使ってくれ。ではお休み。」
そういって二人はもう一つの部屋へと入っていった。
ホルンに至っては空中に浮かびながら…。
クロスは割り当てられた部屋へと入り、ベッドへと腰を下ろし今日の事についてまとめることにした。
(これは今後アリスの魔法についての教育を変えた方がよさそうだな。)
それから簡単に体を拭いて服を着替えベッドへと潜り込み寝ることにした。