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1話 始まり・分岐

 夜7時。


 会社からの帰宅途中に家からの最寄駅を降りると腹の虫がなった。


 意識をすると小腹が空いてくるが家までの道のりはそれなりだ。


 結局我慢できずに、コンビニでパンとコーヒーを買ってから、帰る途中にある近くの公園で軽く食べて帰ることにした。


(駅から微妙に家まで遠いんだよな…。駐輪場も金がかかるから徒歩だし…。)


 家から駅まで歩くと、約三十分…運動としてはよい距離と時間だが、会社後の帰宅時間と考えるとどうしても遠く感じてしまう。


 家では嫁が夕食を作って待っているはずだが、週に一度はお腹の減り具合に我慢が出来ず、公園で軽く食べてしまっていた。


「ん?」


 パンも食べ終わり、そろそろ帰ろうと公園内の時計を見た際に、時計の下の空間が蜃気楼のように揺らいでいるように見えた。


 気になって近づくとそこだけがはっきりと見えない。


 目が疲れているのかと眼鏡を外し、目を揉んで眼鏡をかけ直し見てみたが、変わらなかった。


(変な現象だな…)


 更に手を近づけると、その揺らぎは手に吸い込まれるようにして入っていく。


「うわっ!?」


 急いで手を引っ込めたが遅かったようで、手を通して体の中に何かが入ってくる感触があった。


「!!!」


 異様な感触に混乱し全速力で家に向かって走る。


(一体なんだっていうんだ!くそっ!…腕から頭に向けて何かが流れ込んでくる!?)


 急いで家に帰り着き、鍵を開けようと焦るが、こういう時に限りなかなか鍵穴に入らない。


(こんな時に!!落ち着け俺!)


 やっと鍵を開けると、鍵を開ける音が聞こえたのか、嫁と息子が玄関で待っていた。


「あなた、おかえりなさい。」


「パパおかえり~。」


 気持ちに余裕がないうえに息も絶え絶えの為返事もせずに急ぎ風呂場に向かう。


 服を脱ぎ捨て、異様な感覚のあった手から腕へと確認してみるが、特に異常はみられなかった。


 頭への圧迫感はあるが、鏡を見る限りでも手と同様に体全体に異常はない。


(一体なんだったんだ?)


 息を整え考え込んでいると、視線を感じたのでそちらを見る。


「…大丈夫?」


 扉の隙間から嫁と息子が覗いて様子を窺っていた。


「あぁ…多分大丈夫…だと思う…。」


 自分でも自信がもてないので、曖昧な返事をしてしまい、嫁が更に不安そうな顔をしている。


「とりあえずただいま。ゆうきはもう風呂に入った?」


「まだ入れてないよ。帰って来てから入れてもらおうと思ってたから。」


「わかった。このまま風呂に入る。ちょっと今日は疲れたしご飯はいいよ。」


「疲れてるなら私が入れるよ?」


「いや、それは大丈夫。風呂から上がったら寝るよ。」


「うん…わかった。」


 それから息子と一緒に風呂に入り、風呂から出た後は、息子を嫁に任せて布団に入り、先に寝ることにする。


(今日はさすがにびっくりしたな…。あれから頭は少し重い感じだが特に痛くはない…。病院に行くべきかな…?)


 そんな事を考えているうちに思考は途切れた。


 意識が覚醒し目を開けると周りは全て黒一色となっており、一瞬自分が失明したのかと焦ったが、自分の体だけははっきりと見えていた。


(なんだ?明晰夢ってやつか?)


 こんな何も無い夢を見ることがあるんだな…と関心していると、しばらくして声が聞こえてきた。


「やっと話せる程度には回復出来た。」


「誰だ?」


「私は時の管理者かな…?まぁ自称だけどね。」


「自称なのかよ…。」


「先ずは先にお礼を言わせて。君があの場に来てくれて助かったよ。ありがとう。」


「これって…俺は人から感謝されたいという欲求でもあるんだろうか…?夢ってその人の願望が現れるって言うし…。」


「いやいや、私はあの公園にいた者だよ。ちょっとした事情で力を使い過ぎて存在自体が消えそうになっていた所に君が来たという訳さ。」


「えっ!?ということはあの頭に流れ込んできた変な感触か!もしかして…今…俺は…体を乗っ取られてる最中!?」


「ふっふっふ…その通り!…な訳ないよ!力の回復の為に少し頭の中に居候させてもらってるだけだよ。だから体の自由に関しては全く関与してないから安心して。」


 相手はかなりノリがよく、現在の状態を教えてくれる。


「じゃあこの空間はなんだ?声はすれども姿が見えないんだけど?」


「ここは君の頭の中だよ。姿が見えないのは僕に決まった形は無いからかな。」


「ふーん。ところで力っていつ頃回復する予定?」


「(ふーんって…質問されたから答えたのに…まあいいか。)回復には三日位かな。」


「では…三日分の家賃を頂きましょうかね!」


「ええええぇぇぇ!」


 黒の空間に絶叫が響き渡った。


「冗談冗談!」


「…まあ無料(ただ)でとは言わないよ。」


「ん?何かくれるの?」


 期待が膨らみ、次の言葉を待つ。


「私と同調してる間は、時の流れをある程度調整することが可能になるよ。」


「つまり?どういうこと?」


「時の流れを遅くすることが出来るってことかな。具体的に言うのであれば、生活するうえで流れている時間を1とすると、それを0までの間で調整することが可能ってこと。」


「それって…時間を停める事も出来るってことじゃないか!?」


 自分でもかなりテンションが上がってきているのが理解できていた。


「まぁ三日間くらいだけど、家賃代わりと思ってもらえればいいよ。」


「オーケー。オーケー。どうやったら使えるの?」


「時に関してどうしたいのか頭に浮かべれば言うべき言葉が自然と浮かぶよ。ただ周りの時間を早めたり、戻したりは出来ないから注意してね。」


 時を止めようと思い念じてみると、確かに言葉が浮かんでくる。


「時よとまれ!『ツァイト』!」


 確かに言葉を言ったはずなのに、何も起きなかった。


「何も起きないんだけど?」


「それは無理だと思うよ。実際に言葉を発しなければ効果は発揮されないはず。」


 寝ている間や水中など言葉が出せない状況では使用不可が確認された。


「そっか…。ところで頭の中で話してるわけだけど、これって話している間に時間が経ってるんだよね?」


「そうだね。結構な時間が経っていると思うよ。」


「そうか…、一旦起きたいんだけど…、どうすれば起きれる?」


「もうすぐ時間がくるから勝手に起きるけど、早くというのであれば、この空間を解除して起こすね。」


 時の管理者が言い終わったとたん、意識が遠のく感覚に襲われていった。


〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


「!?」


 目が覚めて、周りを確認すると、外は薄明るくなってきていた。


 枕元にある時計を見てみると、朝の6時少し前を指している。


(そろそろ起きる時間じゃないか…。)


 隣を見てみると、息子がすやすやと気持ち良さそうに寝ていた。


(かなり早い時間に寝たのになんか寝た気がしないな…。なんか夢を見たような気がしたけど…思い出せないな…なんだったっけ…。まぁいいか、とりあえず会社へ行く準備だ。)


 気だるげな体に鞭打って会社へいく準備に取り掛かる。


 嫁が作った朝食を食べ、心配そうに見る嫁を宥めて会社へいく。 


〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


 会社には、いつもどおり到着し、デスクワークに励んでいたが、途中で喉が渇いたため、自動販売機へ飲み物を買いに行くことにした。 


 この会社に設置してある自動販売機は、たまに紙コップが出てこないことがある為、同僚内からは貯金箱などと言われている曰く付ではあるが、値段が外に設置してある自動販売機よりも格段に安く、量もまぁまぁあるため重宝されている。


 お金を入れて今日は甘めのコーヒーを飲むことにした。


(甘いものを飲んで頭に糖分を送ればすこしは疲労軽減になるかな?)


 コーヒーで砂糖・ミルクともに最大にしボタンを押す。


 そこでまさかの光景を見てしまった。


「げっ!?カップが出てきてない!?上に引っかかってやがる!あーーーーーコーヒが出始めた!とまれ!出るな!とまれ!」


 この時に、止まれと念じたためか、頭の中に言葉が浮かんできた。


 軽いパニックに陥っていたため、その言葉を無意識に叫び、時間が停止した事にも気づかず、どんどんコーヒーが流れ落ちているように見える様を呆然と見ていた。


 いつまでも同じ光景が続いたため途中で気付く。


「あれ?これって…コーヒーが固まってる?」


 自動販売機の蓋を開けコップを外し、そのコップでコーヒーをすくってみると簡単にカップ内に入れることが出来た。


(これは…そういえば夢の中で…!!!)


 慌てて周囲を確認し、誰もいないことを見てから窓の外へと確認するために寄っていった。


(人も車も停まっている!?)


 そこには、人はもとより、鳥や雲に至るまで全てが停まった世界だった。


(これが夢の中の話か…話が本当なら三日間とは言え好きなことが出来るが…、どれくらい時間がとまっているのかも分からないしとりあえず停め方の練習でもしてみるか…?)


 それからは仕事も程ほどに時間の流れを色々と実験をしてみた。


 実験をした結果分かったことは

 ・停めた時間に係らず、時間を戻したときに軽く疲れること。

 ・触っても物自体は停まったままだが、口の中に入れた物は時間が元に戻ること。

 ・時間を停めるだけではなく遅くすることが可能なこと。

 ・自分に話しかけたり念じたりしてみても夢の中で聞いた声は反応しないこと。

 などが分かった。


(とりあえず、あの時の話の内容はおぼろげだが、覚えてる範囲では間違いではなさそうってことかな…。後は家に帰ってから色々とやってみるか。)


 それから仕事が終わるとすぐに家へ帰った。


 帰宅すると嫁と息子に「ただいま」と言ってから、食事・風呂と終わらせ、子供を寝かせた後に嫁に対して実験を行った。


 嫁を立たせてから小さく言葉を紡ぐ。


「時よとまれ『ツァイト』」


 時計やテレビで、時がとまっていることを確認してから実験を開始する。


 まずは触ってから、嫁の時が流れているか確認する。


「反応なしっと。」


 次に嫁の手を口に加えてみると、これには反応があった。


「あなた?なにしてるの?」


「わんうぇをわい。(なんでもない)」


 手を口から離すとまた嫁はまた動かなくなる。


 続けてこちらの手を嫁の口に入れてみたが、反応はなかった。


(俺の中?に入っていれば、時間停止は解除されるのか…。後はどれくらい持続出来るのか…と、停止に伴う体への影響がどれくらいあるかだが…。)


 現状では考えても仕方がないため、実験はここまでとし今日は寝ることにした。


 次の日の朝、嫁に起こされ時計を見ると、いつもの時間よりもかなり遅い時間になっていた。


 この時慌てていたため、嫁の「傘を持っていって」という言葉を聞かずに急いで着替えて家を出る。


 駅へと走っている途中に、時をとめればいい、ということに気付いたのは、駅が見えてきたところだった。


「時間よとまれ『ツァイト』」


(最初からこうしておけばよかったな)


 それからはゆっくりと駅に向かい、いつもの電車に乗ることが出来た。


 仕事中にこの力が、何に使えるかいろいろと考えてみたが、浮かぶのは泥棒などの犯罪程度で人助けに使おうなど思いつかない辺り、本人の性格面が窺える。


 会社も終わり、電車に乗って家の最寄り駅まで向かっていると、雨が降ってきた。


(ついてないな…。しかし雨を停めたらどうなるんだ?)


 疑問に思ったため駅から家に帰る際に試すことにした。


「時よとまれ『ツァイト』」


 時間をとめると雨は落ちずに空中へ漂っていた。


 空中に浮いている雨に触ってみると普通の水と同じで多少の感触はあるが簡単に弾いてしまう。


 途中トラックが弾いた泥水をカバンで退かしつつ家に帰り、玄関先でついてきた雨を横に除けていく。


 そして一通り除けたところで時間を元に戻した。


「時よ戻れ『ツァイト』」


 頭や顔に少し濡れたような感じはあったが、全体的にほとんど濡れることなく帰宅することが出来た。


(いつもより少し早いし驚かせるか。)


 もう一度時間をとめてから鍵を開け家に入る。


 嫁は夕食の準備をしており、息子はTVを見ていた。ゆっくりと嫁の後ろに立ち時間を元に戻す。


「時よ戻れ」


「あっ!パパおかえり~。」


「ただいま…。」


 息子の声で振り向いた嫁は、びっくりした顔をしていたが、息子に脅かす前に気付かれるとは思わなかったため、想定していたことがはずれ、ちょっとがっくりしてしまう。


「おかえりなさい。いきなり音もたてずに後ろに立っていたらびっくりしますよ。帰ってきていたら教えてください。」


「あぁ悪かったよ。少し早く帰れたからびっくりさせようと思ってね。まあ、ゆうきには見つかってしまったけどね。」


 そういって脚にまとわりついていた息子の頭を撫でた。


 その後は食事し風呂に入りTVを見たあと団欒して寝た。


 この日が分岐点だとも知らずに…。


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