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ハイヒールと変わりゆく街の風


【ケメ子:第3話】ハイヒールと、変わりゆく街の風

 1980年代も終わりに近づき、東京の街はいよいよ熱狂のピークを迎えていた。

 大学生活も後半に入ったケメ子は、それまでの「女子大生」という気楽な肩書きから、一歩踏み出した場所にいた。周囲の友人たちは、競うように海外旅行へ出かけ、ブランドもののバッグを肩に下げている。

 ケメ子もまた、その熱気の中にいた。しかし、彼女の心には少しずつ、形のない「焦り」のようなものが芽生え始めていた。

 毎朝、鏡の前で自分の姿を確認する。トレードマークになった天然パーマのボリュームは相変わらずだが、彼女は最近、それを少しタイトにまとめ、落ち着いた色のスーツを着る練習を始めていた。

「……いつまでも、踊っているわけにはいかないわね」

 就職活動、という現実が、ヒタヒタと足音を立てて近づいていた。

 ケメ子が志望したのは、当時花形だった広告業界。華やかで、実力主義で、何より「自分」という個性を武器にできる場所だと思ったからだ。

 ある晴れた午後。ケメ子は銀座にある大手代理店の最終面接に臨んでいた。

 履き慣れないハイヒールが、大理石の床に「カツン、カツン」と乾いた音を立てる。面接室の重厚な扉を開けると、そこには威厳に満ちた年配の面接官たちが並んでいた。

「君のその髪型……ずいぶんと個性的だね。会社に入っても、そのスタイルを貫くつもりかな?」

 真ん中に座る面接官が、眼鏡の奥から鋭い視線を向ける。1982年、中学のプールサイドで「漏れ姉」と笑われた時の、あの冷たい視線に似ていた。

 一瞬、背筋に冷たいものが走る。だが、今のケメ子は、あの頃の泣き虫な少女ではない。東京の荒波に揉まれ、自分の欠点さえも武器に変える術を学んできた。

「はい。これは私の『地毛』であり、私の誇りです。個性を重んじる貴社において、私はこの髪型のように、誰にも真似できないアイデアを爆発させてみせます」

 ケメ子は、真っ直ぐに面接官の目を見て言い放った。

 一瞬の沈黙。その後、面接官の一人が「……面白い」と小さく笑った。

 面接を終え、銀座の並木通りを歩くケメ子の耳に、街頭のテレビから流れるニュースが飛び込んできた。

 新しい時代の足音、そして少しずつ変わりゆく経済の予感。

 ふと、かつての仲間の一人が、大阪で「新しい時代の笑い」を模索しているという噂を思い出した。あいつはあいつで、泥臭く、必死に自分の居場所を作ろうとしているのだろう。

「……負けてられないわ」

 ケメ子は、少しだけ痛む足を我慢して、力強く地面を蹴った。

 1982年のあの日から数年。彼女は今、確実に「大人」への階段を上り始めていた。

 バブルという時代の追い風を受けながらも、その先にある「本当の自分」を探して。

 ケメ子の20代は、眩しい光に包まれながら、静かに、そして激しく加速していった。


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