建設現場の指揮者とドット絵の記憶
【ちく:第2話】建設現場の指揮者と、ドット絵の記憶
1980年代後半、名古屋の街は再開発の熱に浮かされていた。
あちこちで古い建物が壊され、空を突くようなビルが次々と姿を現す。その喧騒の真ん中に、ちくはいた。
彼は今、中堅建設会社の現場監督として、栄の交差点近くに建つオフィスビルの施工を任されている。
「おい、そこ! 図面と5ミリズレとるぞ! やり直しだ!」
ヘルメットの下から鋭い声を飛ばす。1982年、中学の教室でぼーっとしていた面影は、今や厳しい勝負師の顔に上書きされていた。荒くれ者の職人たちも、ちくの「ミリ単位」のこだわりには一目置いていた。
ちくがこれほどまでに正確さにこだわるのには、理由があった。
彼にとって、建設現場は巨大な「画面」のようなものだった。一つひとつのレンガや鉄筋は、あの頃ゲームセンターで夢中になった、一粒のドットと同じだ。それが完璧な場所に配置されなければ、美しい「全クリ」の画面には辿り着けない。
夕暮れ時。作業が終わり、静まり返った工事現場の足場に登り、ちくは街を見下ろした。
眼下には、バブルの夜を楽しもうと着飾った人々が溢れている。
「……みんな、浮かれとるなあ」
ふと、ポケットの中で100円玉がチャリンと鳴った。
風の便りでは、かつての仲間の一人は東京でアフロになって脚光を浴び、もう一人は「UMA」を捕まえると息巻いて山へ消えたらしい。
あいつらは、今も「目に見えない巨大な何か」と戦っている。それに比べて、自分はどうだろうか。ただ決められた図面通りに、コンクリートを積み上げているだけではないだろうか。
そんな不安に襲われた時、ちくは中学時代の「おむつマン事件」を思い出す。
あの時も、突拍子もない作戦を立てたのは他のやつらだったが、それを「どう実行に移すか」を地味に計算し、準備していたのは、いつも自分だった。
「形にするのは、俺の役目だわな」
ちくは独り言を漏らし、満足げに微笑んだ。
たとえ自分がスポットライトを浴びるアフロになれなくても、誰にも見つからない怪獣を追えなくても、自分には「この街に確かな形を残す」という戦い方がある。
ちくは足場を降りると、その足でいつものレトロゲームセンターへと向かった。
最新の派手なゲーム機を横目に、一番奥にある1982年製の古い筐体の前に座る。
コインを投入する。「ピコーン」という電子音が、一日の疲れを癒していく。
明日もまた、ミリ単位の精度で、新しい時代を積み上げていく。
ちくの「攻略」は、まだ序盤のステージをクリアしたばかりだった。




