深まる謎と週末の潜伏工作
【やおた:第2話】深まる謎と、週末の潜伏工作
1980年代後半。日本中が空前の好景気に沸き、誰もが株や不動産、あるいはディスコでの華やかな夜に夢中になっていた頃、やおただけは全く別の「熱狂」の中にいた。
平日の彼は、名古屋のオフィス街を軽自動車で駆け回る、ごく普通の営業マンだ。
「やおた君、この見積書、また数字がズレてるよ」
上司に叱られながら、「申し訳ありません!」と頭を下げる。だが、そのヘコヘコと下げた頭の中で、彼は全く別の計算をしていた。
(……今夜、月齢は新月。湿度は80%。絶好の『やつ』が現れる条件は整った……)
金曜の午後五時。定時とともに会社を飛び出したやおたは、そのまま高速道路を北へと走らせた。
向かったのは、岐阜と福井の県境に位置する、地図にもまともに載っていないような深い原生林。最近、その周辺の村で「夜な夜な、家畜の餌が盗まれ、奇妙な足跡が残されている」という、やおたにとって垂涎ものの情報をつかんでいたのだ。
漆黒の闇に包まれた山中で、やおたは一人、テントも張らずに潜伏していた。
彼が今、目の前に並べているのは、なけなしのボーナスを注ぎ込んで購入した、当時最新鋭の「ビデオカメラ」と、高感度の「集音マイク」だ。
世の中の若者が豪華なディスコで大音量の音楽に身を任せている間、やおたはただ、森の木の葉が擦れる音や、遠くで鳴く獣の声に全神経を集中させていた。
「……都会では、今頃みんな浮かれているんだろうな」
やおたは、魔法瓶から注いだ冷めかけのコーヒーを啜りながら、ふと遠い空を眺めた。
風の便りでは、かつての仲間の一人は東京でアフロになって夜を徹して踊り、もう一人は大阪から東京へ笑いの武者修行に出かけているという。
1982年、中学の教室で机を並べていた頃、自分たちは同じ時間を共有していたはずだった。しかし今、彼らはそれぞれが選んだ「全く別の宇宙」で、自分だけの戦いを続けている。
「俺は俺の、こいつを見つけるまでは帰れないんだ」
やおたが狙っているのは、地元で古くから伝わる『山和尚』という未確認生物だった。猿のような、人間のような、それでいて鳥のような鳴き声を出すという。
深夜二時。集音マイクが、背後の茂みで「ガサリ」と鳴る音を捉えた。
心臓が爆発しそうなほど高鳴る。やおたは震える手でビデオカメラのスイッチを入れた。
……だが、画面に映し出されたのは、一匹の大きなアナグマだった。
「……また、君か」
やおたは力なく笑った。
結局、この週末も収穫はゼロだった。月曜日になれば、またネクタイを締め、数字の合わない見積書を抱えて頭を下げる日常が待っている。
けれど、やおたは不思議と悲しくなかった。
見つからないからこそ、追いかけ続けることができる。
誰も信じないものを信じ続けること。それが、この狂乱のバブル時代において、彼が自分自身を見失わないための、唯一の「錨」だった。
朝日が山際から顔を出し、森を黄金色に染めていく。
やおたは機材を丁寧にバッグに詰め込むと、都会へと戻る準備を始めた。
彼の冒険は、これからも週末ごとに繰り返される。かつての仲間たちがそれぞれの場所で、見えない何かと戦っているように。




