アフロの女王と孤独な都会の夜
【ケメ子:第2話】アフロの女王と、孤独な都会の夜
六本木のディスコで「伝説のアフロ・クイーン」として降臨したあの夜から、一週間が過ぎた。
あの日、空調の故障による湿気と熱気で、封印していた野生の髪質が爆発したケメ子。しかし、不思議なことに、その姿は嘲笑の対象ではなく、むしろ「最先端のスタイル」としてフロアを熱狂させてしまった。バブルという時代は、多すぎる熱量のせいか、少しばかり常軌を逸したものを「パワー」として受け入れてしまう、寛容というか、どこか壊れたところがあった。
ケメ子は、大学の講義室の片隅で、窓の外に広がる東京の青い空を眺めていた。
あの日以来、彼女は毎朝のヘアスプレーによる封印をやめた。
「どうせ湿気が来れば負けるんだし。これが私の『地毛』よ」
開き直った彼女の頭は、今や大学内でも注目の的だ。肩パッドをさらに強調したDCブランドのジャケットに、巨大なアフロ。その姿は、かつて愛知の田舎で「漏れ姉」と呼ばれ、中学のプールサイドで絶望していた少女とは、完全に別人のようなオーラを放っていた。
「……都会って、自由ね」
ケメ子は小さく呟いた。
地元の愛知にいれば、アフロになれば指を刺され、昔の失敗をいつまでも掘り返されただろう。しかし、この巨大な東京という街は、誰もが自分のことで精一杯で、他人の奇妙な髪型さえも「個性的だ」の一言で片付けてくれる。それが冷たいようでいて、今の彼女には心地よかった。
昼休み。ケメ子が学食のテラス席で、慣れないクロワッサンサンドを頬張っていた時のことだ。
ふと、隣のテーブルから聞こえてきた話し声に耳が止まった。
「……昨日、大阪から来たって男が合コンにいたんだけどさ、もう最悪。自分のこと『キヨ』って呼ばせて、スベり倒してるのよ」
ケメ子の箸がピタリと止まった。
――キヨ? 大阪?
脳裏に、1982年のあの教室で、常に煩悩の塊として君臨していた男、きよぴこの顔が浮かんだ。
あいつ、大阪の大学に行ったはずなのに、わざわざ東京にまで遠征してスベり散らかしているのか……。
「……ふっ、バカね」
ケメ子は思わず吹き出した。姿は見えなくても、あいつがどこかで相変わらずの「残念なエネルギー」を振り撒いている様子が手に取るようにわかる。
きよぴこだけじゃない。山の中でツチノコを追っているはずの「やおた」や、名古屋のゲーセンで100円玉を積み上げているだろう「ちく」。
背伸びをして手に入れた「東京」という仮面の下で、自分たちが本質的には一歩も「1982年」から動いていないことに、彼女は気づいていた。
巨大なアフロを風になびかせながら、ケメ子は一人、クロワッサンを口に運ぶ。
たとえ離れていても、あいつらの「無様で一生懸命な日常」が、この都会で戦う今の自分を支えてくれている。
「さて……今夜も踊りに行こうかな。湿気が多いみたいだし」
ケメ子は満足げに独り言を漏らすと、次の講義へと向かった。
彼女の東京物語は、まだ始まったばかりだった。




