失われた時間を求めて
ちくのその後・第1話 失われた時間を求めて
1982年、愛知の中学校。
「ちく」は、いつも輪の中心にいた。特別に何かが秀でているわけではないが、彼がいないと「おむつマン」の作戦会議も、エロ本の品評会も、どこか締まらない。そんな不思議な存在感を持つ男だった。
あれから数年。
「ちく」は、名古屋のテレビ塔が見えるオフィス街で、中堅建設会社の現場監督として働いていた。
ヘルメットを被り、図面を広げ、荒くれ者の職人たちを相手に声を張り上げる毎日。かつての少年の面影は、日焼けした肌と、少しだけ出てきたお腹に隠されていた。
しかし、彼には誰にも言えない「秘密の放課後」があった。
毎週水曜日。ノー残業デーの夜、彼は決まって、名古屋の栄にある古びたゲームセンターに姿を現す。
最新のVRゲームや対戦格闘ゲームには目もくれず、彼が向かうのは、フロアの隅っこで埃を被りかけている「レトロゲームコーナー」だ。
「……これだ。これしかないんだよ」
ちくが握りしめるのは、今の若者が見たら「洗濯バサミか?」と疑うような、カチカチと音の鳴る古いジョイスティック。
画面に映るのは、ドットの荒いシューティングゲームや、単純なアクションゲーム。
1982年、あの頃のゲームセンターで、100円玉を積み上げて夢中になったあの頃のままの世界だ。
「ちくさん、またそれっすか? 飽きないっすね」
バイトの大学生に苦笑いされても、彼は動じない。
ジョイスティックを動かしている間だけ、彼は現場監督の「ちくさん」ではなく、1982年の「ちく」に戻れるのだ。
ある夜、彼はゲーム画面の反射の中に、ふと自分の顔を見た。
「ケメ子は東京でアフロになったらしい。きよぴこは大阪でスベり倒してるらしい。やおたは……相変わらず山で何かを探してるんだろうな」
そんな噂を風の便りに聞きながら、ちくは100円玉を投入した。
自分だけが、何も変わっていないような気がしていた。
だが、職人たちをまとめ上げ、大きな建物を造り上げる今の仕事も、思えば中学時代にみんなをまとめて「バカな作戦」を立てていたあの頃の延長線上にある。
「……よし、今夜こそ全面クリアだ」
ちくは、誰も見ていない小さな画面の中で、世界を救う戦いを始めた。
かつての仲間たちがそれぞれの戦場で戦っているように、彼もまた、ドット絵の宇宙の中で、失われることのない「あの頃の情熱」を燃やし続けていた。




