【ちく第8話】轟く ハンマーと 目隠しの真剣勝負
【ちく:第8話】轟くハンマーと、目隠しの真剣勝負
2020年代半ば。名古屋の古い町並みが残る一角。
50代後半になったちくは、ある古民家再生の現場で、若い一級建築士と真っ向から対立していた。
「ちくさん、レーザー測定器の結果を見てください。この柱、3ミリ歪んでます。構造上、取り替えるのが正解ですよ。今はもう、勘で直す時代じゃないんです」
スマートなタブレットを突き出す若手に、ちくは鼻で笑った。
「……3ミリ? 測らな分からんのか、お前らは」
ちくの胸の奥で、1982年にあおちゃんと屋上でバカな作戦を立てていた頃の、あの「根拠のない反骨心」が煮えくり返った。
彼は作業着のポケットから、使い古した手ぬぐいを取り出すと、それで自分の目を固く縛った。
「おい、何するんですか!?」
「うるせえ。黙って見てろ」
視界を完全に遮断したちくは、指先の感覚と、足の裏から伝わる床のわずかな傾斜、そして鼻をつく古木の乾燥具合だけに全神経を集中させた。
若手たちが呆然とする中、ちくは暗闇の中で迷いなく手を伸ばし、柱の一点をグッと押さえた。
「ここだ。ここが、100年分の疲れを溜めとる場所だわ」
彼は愛用の玄能(金槌)を振り下ろした。
正確無比。音。木が「溜息」をつくような、乾いた音が現場に響く。
目隠しを外したちくは、若手に顎をしゃくった。
「……もう一回、そのハイテクな機械で測ってみろ」
測定器の数字は「0.0」。完全な垂直。
若手建築士は言葉を失い、タブレットを落としそうになった。
「な、なんで……目隠しして……」
「サクサクだわ」
ちくは、口癖でもないのにそう呟き、ニヤリと笑った。昨日、やおたから聞いた妙な言葉が、なぜか今の気分にぴったりだった。
腰痛も、指の震えも、全部「経験」という名の重りに変えて、使いこなしてやる。
夕暮れ、彼は一人で現場の床に寝転び、木の匂いを嗅いだ。
引退して楽に隠居するなんて、死ぬほど退屈だ。
たとえ身体がボロボロになっても、この「指先の魔法」が消えない限り、俺は一生現役の勇者でいてやる。
ちくの50代後半は、最新技術を「裸足の感覚」でねじ伏せる、最高にガラの悪い、そして最高に格好いい「職人の逆襲」となっていた。




