【やおた第8話】重力の解放と星空のダンスホール
【やおた:第8話】重力の解放と、星空のダンスホール
2020年代半ば。標高800メートルの自社所有地。
50代後半になったやおたは、ある日、最新鋭の天体望遠鏡のレンズを拭きながら、ふと、猛烈な「飽き」を感じていた。
学術的に正しい観測、ノイズのないデータ、静かな夜……。
「……つまらん。何が『観測』だ。俺は、これが見たくて山を買ったのか?」
彼は立ち上がり、棚の奥に眠っていた埃だらけの段ボールを引っ張り出した。
中から出てきたのは、1980年代に大流行した特大のラジカセと、当時のディスコサウンドが詰まったカセットテープの山だ。
「よし。今夜は『宇宙の真理』なんて、どうでもいい」
やおたは、天文台のデッキに巨大な業務用スピーカーを4機、四方に向けて設置した。
夜の帳が下り、満天の星が広がった瞬間、彼はボリュームのつまみを最大まで回した。
山々に響き渡る、暴力的なまでの重低音。マイケル・ジャクソンの『ビート・イット』が、静寂を切り裂いてこだまする。
麓の村の住人が見れば、山火事かUFOの襲来かと思うだろう。だが、やおたは構わなかった。
「サクサク! 宇宙も、銀河も、全部サクサクだ!」
彼は、膝の痛みを無視して、デッキの上でデタラメなダンスを踊り始めた。
1982年、裏山で木の棒を振り回し、見えもしない怪物と戦っていたあの頃の血が、一気に逆流してくる。
飛蚊症で視界がチラつこうが、それが何だというのだ。チラつく光は、自分専用のレーザー光線だと思えばいい。
彼は望遠鏡の接眼レンズに、あえて安物のプリズムを無理やりガムテープで固定した。
星の光が虹色に分散し、視界の中でサイケデリックな幾何学模様を描き出す。学術的には無意味。だが、最高に「ヤバい」映像がそこにはあった。
「ははっ! これだよ、これ! 俺が見たかったのは、この滅茶苦茶な輝きだ!」
翌朝、音楽を止めたやおたの耳には、心地よい耳鳴りと、久々に味わう筋肉痛が残っていた。
賢く、静かに老いることなんて、最初から彼には向いていなかった。
やおたの50代後半は、自ら作り上げた聖域を、自ら「爆音」で破壊し、自分だけの宇宙を再構築する、狂騒のフェスティバルとなっていた。




