表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/44

【きよぴこ第7話】マイクの重さ

【きよぴこ:第7話】マイクの重さと、鏡の中の饒舌家

 2020年代、大阪。

 50代後半になったきよぴこは、関西のビジネス界ではちょっとした有名人になっていた。

 「喋りのプロ」として、企業の研修や自治体のイベントに引っ張りだこの毎日。彼の武器は、どんなに冷え切った会場でも5分で爆笑の渦に巻き込む、あの天性の明るさとサービス精神だった。

 だが、最近、ステージに上がる直前、マイクを握る手がわずかに震えることがある。

 それは緊張ではない。ふとした瞬間に襲ってくる「自分は一体、何をそんなに必死に喋っているんだろう」という、言いようのない空虚感だった。

「……あかん、今日も喉が鳴っとるな」

 楽屋の鏡の前で、彼は自分の顔をじっと見つめた。

 深く刻まれたほうれい線。笑いジワの奥にある目は、かつて中学の教室で「おむつマン」の作戦を立てていた頃の爛々とした輝きとは違い、どこか疲れを帯びている。

 

 世の中は急速にデジタル化し、AIだのメタバースだのと、彼が最も苦手とする「体温の通わない言葉」が主流になりつつあった。

 講演の依頼も、以前のような「笑わせて元気にしてくれ」というものから、「効率的なコミュニケーション術を教えてくれ」という、味も素っ気もない内容に変わってきている。

 ある日の講演後。

 アンケート用紙に書かれた「きよぴこさんの話は面白いけど、少し時代を感じますね」という若い受講生の一言が、胸に深く刺さった。

 その夜、彼は一人で行きつけの居酒屋に入り、冷めた熱燗を啜った。

 かつては「沈黙」を敵だと思っていた。

 間が空くのが怖くて、常に何かを喋り、笑いを取り、場の中心にいようとした。

 でも、50代後半になった今の彼は、誰もいないリビングや、夜の帰り道に訪れる「静寂」を、どこかで求めている自分に気づき始めていた。

 無理に声を張り上げるのをやめてみた。

 次の講演では、あえて派手なジョークを封印し、自分が本当に大切にしている「失敗の痛み」について、静かに、ゆっくりと言葉を選んで話した。

 会場は静まり返った。スベったかと思ったが、終わった後の拍手は、これまでで一番長く、温かいものだった。

「……喋らんほうが、伝わることもあるんやな」

 きよぴこは、夜の御堂筋を歩きながら、小さく独り言をこぼした。

 饒舌であることだけが、自分の価値ではない。

 彼はようやく、自分の「本当の声」を見つけようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ