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【ちく第6話】錆びない 魂と受け継がれる ハンマー

【ちく:第6話】錆びない魂と、受け継がれるハンマー

 2010年代後半。名古屋。

 50代前半になったちくは、長年背負ってきた「代表取締役」の名刺を、ついに長男へと譲った。

 会社はリノベーション事業で安定し、若手職人たちも育っている。周囲からは「これからは隠居してゴルフでも楽しんだらどうだ」と言われるが、ちくの辞書に「隠居」という文字はなかった。

「……あいつら、まだ筋がいいとは言えんな」

 ちくは、一職人として現場に戻っていた。ただし、昔のように力任せに鉄筋を運ぶことはもうない。古民家の歪んだ柱をミリ単位で調整し、失われかけた伝統技法を若手に叩き込む。「技術顧問」という肩書きよりも、彼は現場の隅で黙々とノミを振るっている時間が一番落ち着いた。

 しかし、50代。身体は正直だった。

 雨の日の前には、40代で痛めた腰がズキリと疼く。重い工具を持つ手が、たまに思うように動かないこともある。

「……ちくさん、無理せんといてくださいよ。あとは僕らがやりますから」

 若い職人にそう言われ、ちくは「ふん、100年早いわ」と鼻で笑う。だが、その瞳には、自分の技術が若い手へと確実に受け継がれていくことへの、静かな喜びが宿っていた。

 ある日の仕事帰り、ちくは一人で寂れたゲームセンターの跡地に立ち寄った。

 そこは今、真新しいコンビニに変わっていたが、目を閉じればあの日、1982年の夏の喧騒が蘇る。

 おむつマンの作戦を練った放課後。あおちゃんが青い仮面で戦っていた夜。サクサクと叫ぶ黄色い男子。

 ふと、SNSで見かけた仲間たちの「今」が頭をよぎる。

 ケメ子は、50代の美学を形にするために、東京と地方を飛び回る多忙な日々を送っているらしい。

 きよぴこは、ステージの上で「スベる勇気」を説き、多くの大人たちに希望を与えているという。

 やおたは、自分の山にある天文台から、数万光年先の光を見つめ、宇宙の孤独を楽しんでいる。

「みんな、それぞれの『現場』で、まだ引退しとらんようだな」

 ちくは、少し汚れた自分の手を見つめた。

 かつてドット絵の世界で勇者だった少年たちは、今、現実という名の巨大な構造物を、それぞれの方法で支え続けている。

 57歳になった自分が、この継承の時期を振り返った時、「俺が伝えた技術が、どこかの誰かの家を今も守っている」と、酒を片手に静かに笑えるように。

 ちくの50代は、第一線を退く寂しさよりも、自分が遺せる「形」を研ぎ澄ましていく、職人としての最終章へと向かっていた

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